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そういうことなのかな(小説17)

朝、電車に揺られながら街の中心へ向かう。

大人の多くがスマホとにらめっこしていたり、目を瞑っているなか、子供の声が響く。

子供と言っても、そんなに幼くはない。中学生くらいだろうか。

さすがにそのくらいとなると、朝の電車の静寂に合わせて声のボリュームを小さくする配慮を持ち合わせている。

しかし、声をいくら落としても、電車の中が静寂である以上声は多少響く。

耳を澄ますと彼らの会話が聞こえてくる。

「無人島に持っていくとしたら何を持っていく?」

よくある質問だった。「ナイフかな」ともう1人が答える。なるほど、これもよくある答えだ。

最近の子となると何か突拍子もないことを言いそうだと勝手に期待していたが、いつの時代でもナイフは強い。

答えを聞いて、質問した彼は「やっぱりそう答えるよな」と、落胆と関心が入り混じった様子で誰に向けるでもなく言った。

「じゃあ何を持っていくの?」と聞き返してほしいところだが、そう簡単に行かない。彼は自分の意見を補足し始めた。

「もちろん、ナイフが絶対的に1番だとは思わないけど、パッと出てくるのはナイフだし、無難だと思うけど。」

その様子をみて、「確かにその通りである」と思うと同時に、「最近の子はなんだかしっかりしてるんだな」とも思う。

またしばらく沈黙が流れる。

「確かに、ナイフって答えに対して異論を唱えようとも思わないし、間違っているとも思わない。ただ、そういうことなのかなって少し思うんだよね。」

「どういうこと?」

今度は思った通りに聞き返してくれた。

「無人島っていうのは単なる比喩表現だと思うんだよね。本当に聞きたいのは、何もないところに何か持っていくなら何を持っていく?ってことじゃないかな」

「何もないところの代名詞として、無人島が使われているってこと?」

「そう。この質問って多分、その人の人間性を知りたいから質問するんだと思うんだよね。何もないところであなたはどうやってその人生に意味を見出すのか、あなたの人生において、これだけあればいいってモノは何?とかそういうことを聞きたいんじゃないかな」

「なるほどね、確かにそれだと、その質問にナイフって答えるのはなんかおかしいね。」

「そう、もちろん質問の仕方も悪いってのはあると思うんだけど、ほとんどの人があの質問に対して、あの状況からどうやって生き残るか、みたいなサバイバル的な話を想定してる気がする」

「確かに、まぁそれはそれで面白いとも思うけど、話がズレてる感は否めないね」

気が付けば、2人の会話を聞き逃すまいと、前のめりになって耳を傾けている自分がいる。

最近の子供は大人びているなと感心する。

もし自分が彼らの年齢だったら、話について行けず、ぽかんとしていることしかできないだろう。

でも、言われてみるとそうなのかもしれない。

一番最初、「無人島にひとつだけ持っていけるなら何を持っていく?」と尋ねた人はナイフやライターといった答えを想定していなかっただろう。

近くで話半分に聞いていた人が、質問の表面だけを読み取り、面白い話題だから後に友達に問いかけてみようと思った。

それがきっかけで、誤った認識が広がった可能性はある。

なんだかいい話を聞いた気がした。


後日、僕は3対3の合コンに参加していた。

そこであの質問が飛び出す。

「無人島にひとつだけ持っていくなら何を持っていく?」

質問した人が順番に答えを聞いてくる。次は僕の番だった。

質問が振られると、僕は静かに大きく息を吸い、一拍置いてから言葉を発する。

「そういうことなのかな」

そう言わずにはいられなかった。

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