わかってるじゃんって話


街は暗くなり、街灯の明かりだけが照らす時間に私は彼と散歩をしている。


嫌なことがあった日の夜、私は決まって眠れなくて、そんな夜に彼は決まって私を散歩に誘ってくれた。


9月とは言え、残暑も消えかけているこの頃の夜は冷えるというのに2人ともサンダルで外に出る。

歩き始めると彼は楽しそうに身振り手振りを使いながら私の方を見て、決まってよくわからない話をする。

今日もよくわからない話を聞かされた

「海が青いのってさ、空が青いからなんだよ。ほんでね、空が青いのってさ光の中の青だけが空気の中のちりにぶつかって落ちてきちゃうんだって。ワーって降ってくるの。すぐに落ちちゃうのがブルー。でも海は空色に染まるのに雲は空色に染まらないのって不思議だよね。どっちも水なのに。」


「なるほど」

彼のよくわからない話に私は決まってその一言を返す。

「そうなんだよね〜、不思議でさ〜」なんて言っている彼の話に相槌を打っていると、次第に会話はなくなり、話しているときの彼は散歩中の犬のように私の方を見ているのに、話終わると決まって彼は水平線を眺めるようにする。

住宅街なのだから水平ではないのだけれど、目の前に見える建物と空のちょうど境の辺りを見るように低く上を見る。


それを私に対しての「どうぞ話してください」の合図だと勝手に決めていた。


それから私は話した。「嫌なこと」を。

よくある社内のいざこざだ。私はその話の中心とも言える女性社員と、そのいざこざにわれ関せずとしながらも、的を射ていない文句を私にだけそっとぼやく中途半端な男性上司の話をした。


一通り事実を話すと少し間を開けたあと、彼は決まって

「それでどう思ったの?」

と聞いてくる。

「めんどくさい!だるい!つかれた!アイスたべたい!」

私は感情を出すのが苦手で、職場のような場所であればなおさら。ただ出さないだけで感情が無いとか薄いとかではなく、ちゃんと思っている。それでも不満とか文句とか、それを言葉にすることに抵抗がある。

そういう感情を捨てる場所を彼はくれる。

「それじゃあピノ買って帰ろうか。」

私が好きなアイスももちろん彼は知っていて

「わかってるじゃん」

そういって私は彼を肘で小突いたあと、「コンビニまで競争!」といって走り出す。

すぐ先にあるコンビニの明かりに向かって、サンダルが脱げないようにかばいながら二人で不格好に走って行く。



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