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記念写真、撮っていますか?


先日祖母の家に行ったら、「そういえば昔のアルバム見せたことがあったかしら」と引き出しから年季の入った、かつては綺麗な赤色だったと思われるアルバムを押入れから取り出して色々見せてくれた。御年91歳の祖母、戦後すぐの女学生だった頃の写真。演劇部にいた頃のものや、伊豆に遠足にいった時のもの、美術部の制作展での集合写真。その中に写っている自分を指さして「なんで戦後すぐの食糧難の時代にわたしだけ丸まるとしているのかしらね~」とケラケラ笑ったりしている。半世紀以上前の記憶がぎゅっと詰まって、古ぼけたアルバムの中に記録として残っているのだ。

当時は焼き増しと言っても、大きく引き伸ばしたりせず密着焼きといってネガと同じサイズのプリントもあるので小さなプリントの中に5人くらいが並んで写っている。それを一枚一枚説明する祖母の顔にはどこか嬉しげな表情を浮かべている。

祖父が撮った祖母

ああ、本来の写真のあり様というのはまさにこういう事なのではないのか。

アートとしての写真、歴史的価値のある写真とは別に、いやそれらですら写真というメディアの根底にあるのは、過去の思い出を鮮明に呼び起こす装置としての機能なのかもしれない。祖母のアルバムにあった記念写真というものこそ、写真の本質のように感じるのだ。

今のようにスマートフォンも含め誰もがカメラを持つようになる前、それとてたった20年くらい前の話であるが、写真を趣味としない大半の人にとって写真を撮る行為とプリントしてそれを写っている人に渡すことまでが一つのセットだったと思う。それは時間を共有したという証明でもあるし、人間の持つアイデンティティを維持しようとする想いがきっと無意識にもあるのだと思う。


一昨年あたりの結婚写真

自分には記念写真を撮ることが欠落している。そしてそのことが何を意味しているのか考えてみようと思った。昔から母に「あなたはなんで撮った写真を焼き増ししないの?」と言われることが多かったし、最近妻にも「どうしていいカメラ持っているのに集合写真の一枚も撮らないのよ」と言われてハッとしたのである。

そもそもワタクシにはその思考がもとより持ち合わせていないのだ。個展や写真集を制作するわけでもないのに「撮る」というアクションに思考がリンクしない。おそらく自分にとって記念写真は、「仕方なく」相手のために撮るものになっているのだろう。

考えてみればこれは非常に傲慢なスタンスに思える。自分の欲するものしか撮らない、被写体が人であれ都市風景であれ感謝の気持ちを長いこと忘れていたように思うのだ。他者の為に撮ること、これをもっと大事にしていかなくてはいけない。写真を始めて20数年してこんなことに気づくとは愚かなり。もう少し記念写真を撮ろう。

記念写真の中にはその枠を超えてすぐれた作品となっているケースもある。例を挙げればキリがないが、Terry Richardsonのワンショットは母のエネルギーも相まって印象的な作品の一つだ。

©Terry Richardson

祖母のアルバムは誰かが開かない限り他人の目に触れることはない。ただ物質としてそこにあり続けえる記憶の箱。SNSに投稿される写真は世界中の誰もが見える反面、物凄い速度でもってインターネットの闇に消えていく。非常に対照的な構図である。

記念写真というのは第三者に見せるべくして撮るものではない。ゆえに発表を考えて撮る時点でそこには何かしらの私欲が入り込み純粋な記念写真にはなり得ない。そういうものは見る人に伝わってしまうものである。

記念写真が持つ写真の本質を忘れかけていた、ということに気づけただけでも良かったとしよう。写真の持つ力はおよそ言葉にならないところで脈々と受け継がれているものだと今は思う。

ある時使用済みのフィルムを間違えて使ってしまったことがある。そのカメラを持って祖母と三浦半島に行って海岸の近くで数枚のポートレートを撮った。現像してみてミスの気が付いたのだが、もともと撮影していたのがスタジオの空き時間で撮った自分のセルフポートレートだった。その中の一コマが以下の写真である。

見事首で繋がっている。これを見た時なにか言葉で説明しがたいものが写真にはあるのだと実感した。





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