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自由を手にした男と、男女平等に耐えられない女たち(りゅうちぇるの件)

画像:Yahoo!ニュース

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朝起きたらぺこ&りゅうちぇるカップルが"アップデート"していた。

「僕たちの家族についてお伝えしたいことがあります」と切り出したryuchellは、「メディアで自分のこれまでの生き方や、“夫”としての生き方についてお話しさせていただく機会が増えていく中で、“本当の自分”と、“本当の自分を隠すryuchell”との間に、少しずつ溝ができてしまいました」と正直な気持ちを告白。

気づくと“男”でいなきゃいけないという気持ちが強くなり、「父親であることは心の底から誇りに思えるのに、自分で自分を縛りつけてしまっていたせいで、“夫”であることには、つらさを感じてしまうようになりました。もちろん自分が覚悟して決めた道なのだから、どんなにつらくても、愛する家族のために自分の本当の気持ちを押しころす事が愛だと、強く強く思う反面、誰にも、そしててこにさえ、本当の自分のことを言えずにいる苦しさを、毎日1人で抱え込んでしまいました。こんなに愛する家族がいるのに、生きていくことさえ辛いと思ってしまう瞬間もありました」と自らを縛りつけてしまっていたことを明かした。

このままではダメだと感じたryuchellは、正直にpecoに伝えたと言い「打ち明ける事は本当に怖かったし、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。てこに何と言われるかも想像が出来ませんでした。だけどてこは、『今まで辛かったね』と泣いて抱きしめてくれました。その深い愛に涙が溢れて、僕が思っていた以上に、僕がどんな人間であれ、てこは僕という存在を理解し、大切に思ってくれました」とpecoの思いも受け、家族として、親として何があってもこの幸せを守りたいという思いも強くなったという。

そして「それから2人で今後についてよく話し合い、これからは“夫”と“妻”ではなく、人生のパートナー、そしてかけがえのない息子の親として、家族で人生を過ごしていこうね。という形になりました。もちろん、今まで通り家族で暮らします」と新しい形の家族として歩んでいくことを報告した。

peco、パートナー・ryuchellの告白に思いつづる「最高の彼氏だったし、最高の旦那さんだった」 - モデルプレス

何を言っているのかよく分からない文章だ。メンヘラの話を聞いているような気分である。
だが、これまでの"夫婦"の形がアップデートしたことは間違いないだろう。既に離婚も済ませているようだ。

このニュースを見た時、私が最初に思ったのは「やっぱりか。思ったより早かったな」である。

りゅうちぇる氏がメディアで発言している事は極めてリベラルであり、その姿は"歩くハフポスト"である。

しかし、やってる事は「沖縄に生まれ、高卒で上京、若くして結婚し子を授かると、”理想の父親像”を世間に啓蒙する」というとても保守的なマイルドヤンキーそのものであった。

故に彼のそんな"漢らしい"姿には違和感しかなく、長くはもたないだろうと思っていた。

氏は"男らしさから降りた男"なのではないか?

さて、この一件だが、りゅうちぇる氏が散々メディアで世の父親(男性)に偉そうに説教していたのは何だったのか?と思う方もいるだろう。

言いたい事はもちろん分かる。

だが、氏自身が「メディアで自分のこれまでの生き方や、“夫”としての生き方についてお話しさせていただく機会が増えていく中で、“本当の自分”と、“本当の自分を隠すryuchell”との間に、少しずつ溝ができてしまいました」と語っている以上、そこを責めるのはいささか酷にも感じる。

氏の言動が本心なら、むしろ「良い父親像」を求めるメディアや女性が加害者であり、氏に非はないのではないか?

事実や背景が何であれ、もし貴方が真に多様性や男女平等を信仰する"リベラリスト"ならば彼を称えてあげてほしい。

少なくとも私は今回のりゅうちぇる氏の決断を100%尊重しているし、それを受け入れたペコ氏を称えるつもりだ。

令和の漢の"アップデート"に付いてこれるか?

今回の件で気になるのは、このニュースに不満を述べている(左派の)女性達である。

「結婚したら良妻賢母になろう」と決意している保守派の女性や、イデオロギーはともかく、夫を支え、子を育てた母親がりゅうちぇる氏を批判するのは分かる。

しかし、日ごろは「有害な男らしさ」だの「男が困窮するのは他人に助けを求めないから」だのと意味不明な事を言っている人間の中にも氏に批判的な人間がいるのはうんざりさせられる。

声明を見ればわかる通り、りゅうちぇる氏は妻を愛していなかったわけでも、子を捨てた訳でもない。
自分の家族観を開示し、すれ違いを防いだだけである。

なぜか妻(ぺこ氏)に迷惑をかけたかのように言う人もいるが、苦しむマイノリティ男性を包括するこのような女性こそ、弱者男性が夢見る"理解ある彼女ちゃん"である。

すなわち、男女逆なら大した話では無く、気に留めるに値しない。

(なんなら、男性は最初から相手の不遇や困窮を理解していてもなお全面的に養うのだから、これくらいで大騒ぎしているのを見ると、女の甲斐性のなさに改めて驚かされる。)

女性が男女平等を是とするなら、もっとこうした女性を増やすべきだ。

少なくとも、"男女平等"という思想が"女の我儘"を言い換えたに過ぎないと気付いていない若い男性達は、それを期待しているだろう。

女は男女平等に耐えられない

以前、Twitterで「女は男女平等に耐えられない」という揶揄を見かけたが、これはまさしく"(左派的な)男女平等に耐えられない女"を炙り出す事例だろう。

目覚めた女性たちは何かと偉そうに主張してきた。

「家父長制は差別的」
「男の生きづらさは自業自得」
「夫婦別姓を選べるようにすべき」
「法律婚にこだわらなくても良い」
「シングルマザーも当たり前の存在」
「男が苦しむのは"有害な男らしさ"に囚われ弱音を吐かないから
「男は安心してホームレスになれる!」

しかし、いざ男性が弱音を吐き、自分に正直なライフスタイルを選択し、既存の結婚観を否定するような言動をしたら、怒り狂い文句を言う。

男性が結婚後に"本当の自分"を見つけてはいけないのか?妻に支えてもらってはいけないのか?

夫でも父親でもなく、一人の男性、いや"自分"として生きてはいけないのか?

女性が母になったことを後悔したりママになっても「自分らしさ」を諦められなかったりと"母"や"妻"である事に疑問を持ち、"一人の女性"として生きる様はメディアでも多く取り上げられている。

それにも関わらず、男性が同じように自分に正直に振舞ったら身勝手であるかのように(日頃は「男も弱音を吐いてよい」等と偉そうに宣っている左派の女が)罵詈雑言を浴びせるのだ。

結局、日頃はリベラルな主張をしている女性達も、「妻子を死ぬまで守り、支える"男らしい男"」を求めているのだ。

旧来の"男らしさ"や"父性"に頼っているのである。

りゅうちぇる氏が苦しみながら発信していた"父親論"に共感していた女性達とは、世の男性に父性を、男らしさを、マチズモを求める有害な女たちだったのである。

悲しきかな。

令和になってもなお、女性達が求めるのはマチズモだ。「男らしさ 2.0」「家父長制 2.0」とはよく言ったものである。

だが、結婚してもなお男性には自分らしく生きる権利があるし、結婚や愛の在り方は多様なのだ。

妻子の為に身を粉にして働いて、それがなんだ?
懸命に働いたところで、女達はこう言うぞ。

「私が一生懸命に育児をしている間、男はどこかで遊んでいる。仕事?稼ぐのは子育てじゃない!」

男性が如何なる時も自分の気持ちを、人生を大切にすることを女性は認めるべきであるし、認められないなら、「男女平等」などという世迷い事を吐くのは止めて、良妻賢母を目指すべきだ。

女性が責任や旧来の生き方から逃れるなら、男性にもその権利を与えるべきだ。

本件は家父長制や夫婦同姓、旧来の夫婦観に否定的な態度を示し、男女平等や多様性を主張する女性たちに、男女平等社会や多様性社会を生きる覚悟、または能力があるのか?を問う試金石であると私は思う。

余談

そういえば、「企業は子育てする女性に配慮・支援しろ!」などと言うから言われたとおりにしたら、子無し女性のバックラッシュを喰らって崩壊した職場もあった…

資生堂ショック「産まない女子」と「産んだ女子」が職場で大ゲンカ(週刊現代)

(ポリコレ社会ゆえに公には言えないが、資生堂ショックは"ありふれた話"である)

りゅうちぇるの件といい、資生堂ショックといい、そろそろ保守派以外の女性達も気づくのではないだろうか?
自分たちの主張が間違っていたことに。もしくは、自分達も相応の覚悟を決めなければならない事に。

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