何かを大衆に信じさせる技術【『プロパガンダ[新版]』読書感想文】


読書感想文

エドワード・バーネイズ著、中田安彦訳・解説の『プロパガンダ[新版]』を読んで驚いたのは、1928年に書かれたこの本の内容が、少しも古さを感じさせないことだった。

「プロパガンダ」と聞くと、大衆を扇動するための政治的活動を想起するが、もともとの意味は「カトリック教会の外国伝道に責任を持つ枢機卿委員会」を指す言葉であり、本来悪い意味は内包されていない。プロパガンダとは、広義には「広めること」、「宣伝」を指す言葉である。この本ではプロパガンダとパブリックリレーションズ(PR)は同義のものとして扱われている。どちらも本質は「何かを大衆に信じさせる」という説得の技術である。
本書ではそのような技術を紹介している。そのエッセンスをいくつか挙げてみよう。

  • 大衆はリーダーに従う

  • 繰り返して習慣にする

  • 連想させるプロセスの重要度

  • 「継続的アピール」と「話題づくり」

本書で紹介されているテクニックは、人の本能に訴えかけて利益を生み出すという構造が根底にある。人間がしばしば直感的に行動し、非合理な結果に到達するという事実は、社会心理学や行動経済学が明らかにしてきた。プロパガンダは、そのような人間の性質を利用し、効果的に作用する。それは非倫理的な行為のように映るが、本書においてバーネイズは、倫理規範を重視し、「PRコンサルタントは良心的に活動するべきだ」と繰り返し述べている。

しかし中田によれば、バーネイズの実績には倫理的でなかった部分も少なくない。巻末の訳者解説では、原著が書かれた背景が考察されている。バーネイズは、戦後の1919年に広報・宣伝会社を設立した。しかし戦時下の「戦争プロパガンダ」の実態が戦後徐々に暴露されていき、「広報・宣伝業」が失墜した。本書は「広報・宣伝業」のイメージ回復を図ろうという側面があった。

だからこの本は、「プロパガンダという技術をプロパガンダする」目的で書かれた本なのである。そのため、プロパガンダの負や陰の部分、彼自信が戦時下で関わってきた活動についての自己批判は一切書かれていない。

本書p.233

とはいえ、本書で述べられているような方法が現代でも十分に通用することを、我々はよく知っている。コミュニケーション技術が発達した現代において、誰もが不特定多数に対して情報を発信でき、また自由にアクセスできる。そこでは真実よりも「真実らしさ」が重視される。人々が理性を行使しづらい状況下において、プロパガンダは効果的に作用するであろう。

社会心理学や行動経済学は、人間がそれほど理性的ではないという事実を明るみにした。しかしながら、直感による誤りを正すのは、理性を行使しなければ為し得ない。ジョセフ・ヒースの『啓蒙思想2.0』は、直感と理性の有用さ、脆弱性を分析し、理性により正気を取り戻すことを提唱している。理性的に振る舞うためのファーストステップは、人間がいかに直感に流されやすいかを知ることだ。その意味で、人の本能を利用して大衆を操作する手法を紹介する本書が、反面教師として役立つのではないかと思う。

参考

  • エドワード・バーネイズ(2010), 『プロパガンダ[新版]』, 中田安彦訳, 成甲書房

  • ジョセフ・ヒース(2022), 『啓蒙思想2.0〔新版〕──政治・経済・生活を正気に戻すために』, 栗原百代訳, 早川書房



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