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東の海神 西の滄海

読み終わったテンションで、そのまま書く٩( 'ω' )و
読むの2回目?3回目?結構内容を忘れてしまう。

小野不由美著 『東の海神 西の滄海』 (新潮文庫、2013)

もしかしたら、これが十二国記で1番好きかもれない。
十二国記シリーズは読む度、あーマジ最高っす…これ最高…ってなるから、
最高がいくつもあるみたいになってるけど。

『東の海神 西の滄海』
これは、本当に色んな読み方で楽しめる。

尚隆と六太。
この2人に頭を悩ます朱衡、成笙、帷湍。
(個人的には朱衡が最も好き)
更夜と斡由。
斡由と尚隆。
王を失い、苦しんでいた雁州国の民(王を望む者たち)
尚隆も斡由も天意を試したのだろうか?
(尚隆、天に見離されそうになった?)

『東の海神 西の滄海』が1番最高かもしれないって思うのは、
いくつもの視点で見ることの出来る楽しさ。
そして、なんといっても物語のテンポが良い。
気持ち良いくらい物語は進んでいく。


同じように捨てられた境遇の者のその後が書かれていくのに、
それぞれの立場なのか?天意のするところなのか?
この物語は、光と陰のように明確な差を見てしまう。
六太が明るいのであれば、陰は更夜だ。
誰にも信じてもらえない、知られない。
そういうさびしさを、更夜は知っている。
彼は人から知られない存在であることを、知っている。

「どういう意味?」
「よふけ」
子供はそれで納得した。

小野不由美著 『東の海神 西の滄海』 (新潮文庫、2013)、71頁。

更夜、名前の通りになってしまってるじゃないかぁ!!!!
暗いよ。
深夜だよ。
真っ暗だよ!!
改めて名前って大事だなって思いました、はい。

ちょっと、十二国記から話がそれますね。
以前、私は”FABLE 3”ってゲームをして、結局何をしても苦しかった記憶があるんです。
プレイヤーが王となって、国を統治するゲーム。
常に選択肢を迫られる。
ゲーム開始後、さっそく幼馴染の女の子か、暴動を起こす民かを
選ばないといけない。
私情で幼馴染を助ければ、民の暴走を止めるのが大変だし、
その後の国にも影響が当然出てくる。
ここは未来を見据えて、民を選ぼう。
しかし、そうすると内心どうしても非情さを抱えないといけない。
ここを抜けても、民の生活が苦しければ税金を上げるのか?
てか城の残高はいかほどに?
国を統治する者としては最高の王、国が求める王となれるんですよ。
でも、それが苦しくて楽しくなくて遊ばなくなった思い出のゲーム。
今、遊んだら分からないけどね。


さて、話を十二国記に戻そう。
その(この)世界の理に従い、玉座に就く。
王である理由がなんだと言われたら、麒麟に選ばれたからだというのも
1つの大きな理由だろう。

でも、でも!!それだけじゃないんよ!!
尚隆は同じようなことを、3回くらいこの話の中で言ってるんだよ。
自分の存在する理由を。
天意なくとも、玉座でなくとも!!

「連中は俺の人柄に惚れ込んでくれたわけでもなければ、俺の器に感じ入ってくれたわけでもないぞ。ただ俺がいつか主になるから、ただそれだけでいちいち俺を立ててくれたのだ」
「……お屋形さま」
「それがどういうことなのか、分かるだろう。お前たちもそうではないのか。のちの世の平穏を願うから、俺を立ててくれたのではなかったのか!」
………「俺一人生き延びて小松を再興せよだと?ーー笑わせるな! 小松の民を見殺しにして、それで小松を興せとぬかすか。それはいったいどんな国だ。城の中に俺一人で、そこで何をせよと言うのだ!」
臣下一同、平伏したまま身動きもない。
「俺の首ならくれてやる。首を落とされる程度のことが何ほどのことだ。民は俺の身体だ。民を殺されるは身体を刳られることだ。首を失くすことよりそれのほうが余程痛い」

同上、239頁。

「国が滅んでもいいだと?死んでもいいだとぬかすのだぞ、俺の国民が!民がそう言えば、俺は何のためにあればいいのだ!?」
更夜は瞬いて尚隆を見上げる。
「民のいない王に何の意味がある。国を頼むと民から託されているからこそ、俺は王でいられるのだぞ!その民が国など滅んでいいと言う。では俺は何のためにここにおるのだ!」

同上、293頁。

「更夜、言ったろう。俺はお前に豊かな国を手渡すためにあるのだ。受け取る相手がいなければ、一切が意義を失う」

同上、321頁。

尚隆の存在理由。
ガチでかっこいいやつ。
でも、これだけ明言しているのに天意を試した(よね?)
それは尚隆も、斡由も。

国か、王か。
王自身も、その選択を迫られる。
百万どころではない、一国がたった1つの身体に重くのしかかっている。
そりゃ六太だって、蓬莱に逃げたくなってしまうだろう。
でも逃げた先で王を見つけてしまうあたり、天意から逃げられない感がね。
もうね、これさぁ…本当にさぁ…
六太も天意を試すまではいかなくとも、知りたかったのではないか?

「お前は天意を試したかったのだろう。ーーその機会をやる」

同上、315頁。

尚隆が斡由に問う最後のところで言われること。
今まであった色んなこと ー 天意に関してーは、この一言でまとめ上げられた感じがする。

「若、と呼ばれるたびに、よろしくと言われている気がした。……国をよろしく、我らをよろしく、と。ーーだが、守ってはやれなかった」

同上、327頁。

尚隆は蓬莱にいた頃から、盛者必衰の理を知っていた。
それでも天意を受けて玉座に就いた。
計り知れない重責を、蓬莱にいた頃から負わされていたのだと思うと
この尚隆の言葉の重みで、つぶれそうになる。

六太は蓬莱で全て失ったこいつ(尚隆)が雁州国を滅ぼすんだろう、と思う。
麒麟もまた己の存在理由が明記されており、六太もそれを知っている。
王のためだけに存在するようなもんじゃないか。
そうですよね、そう考えてしまう六太も分かる。
自身の存在理由が最初から決まっているなんて。

そして戦わないで済むなら、そんな理想はない。
それでもやっぱり、攻撃は最大の防御なんだろうね。
人の愚かさが露呈してしまう。
なんとも残酷で、冷酷で、暗いんだろう。
まるで夜更けだ。

だが六太の金色の髪は、すでにそれが陰らしくない。
陰に対して光というような、将来を明るくさせる存在である王を選ぶんだ。
国が暗かったら、どうしようもない。
それは民を含めて、一国が傾いているのだから。
天に与えられたそれが、だ。

それでも、更夜同様、私自身も時々思うんだ。
国が滅んだら、なぜいけないのか。
滅んで欲しいわけではない。
その存在理由や存在意義が知りたいのだと思う。
更夜に関しては、つら過ぎたんだ。
暗闇を歩き過ぎてしまった。いや、歩まされたのか。


最近どうありたいか、そう対話したのがとても楽しかった。
ちょい待って、考えてみようや。
そういう時にも最高の1冊。

昨今の状況を考えてみたら、尚隆のような者がトップに立って欲しいとシレッと思ってしまった。
失敗を認められない斡由のような者では困るし、
自身がそうなりたくないと願ってやまない。
隠しても隠しても、逃げても逃げても、それらは顕にされてしまうものだ。

存在、自身の在り方や理想がある。
だが、その理想が万人にとっての理想であるとは限らない。
だから選択しなくてはならない。

延王が出てきたなら、勝った!!
この安心感の裏には、その重責を負ってきた延王、尚隆の過去がある。
盛者必衰の理を蓬莱ですでに突きつけられ、
天意を試した者が、それでも玉座に就いたから。
そして玉座につく者の存在理由を知り、従っているから。


理想や存在、国や王について考え巡らせ過ぎてしまったので
今回はこの辺で。


『東の海神 西の滄海』めっちゃくちゃ楽しい。
ガチで最高です!!!!
これ1冊でも分かりそうだから、面白そうだと思った方、
ぜひ読んでいただきたいです。








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