【17. はじめての場所】

「どうぞ…何にもないけど…」
「おっ邪魔っしま~す♪…」
階段を上って奥から2番目のドア、初めて入る彼の部屋は、あの独特な真新しい匂いで彼女を迎えた。
玄関には、仕事用の革靴とプライベート用のスニーカーが一組ずつ。
どちらも見覚えがある。
間違いなく、彼のもの。
左手には、ピカピカだが料理するにはちょっと狭いキッチン。
その奥には洗濯機。
その向かい側には浴室、手前がトイレ。
正面奥のドアを潜り抜けると、白い壁紙のフローリングの部屋で行き止まり。
一般的な8畳の1K、バストイレ別。
部屋の中で真っ先に目に付いたのは、閉じられたdynabookとA3サイズまで印刷出来るだろう大きめのプリンターが乗るパソコンラック。
それと結構小さめのTVが置かれた棚。
TVの横にはすぐにお湯が沸く“アレ”。
彼女が来るのを解っていたからか、きちんと畳んで脇に寄せてあるお布団。
あとは、部屋干し用の物干し竿と漫画の単行本が10冊位積み上がった山がふたつ。
それくらい。
こざっぱりした部屋、そう言っても良いだろう。
それと…クローゼットの中まで覗いてみたが、女の気配はなさそうだ。
グルッと一通りその部屋をチェックし終えた彼女は、
「よいしょっとぉ…」
蹲み込み、ガサゴソと大きめのバッグを漁る。
─ん?…お土産か何か?─
と思ったのか、彼は突っ立ったままだった。
そこで彼女が取り出したのは、ダイソーから買ってきた折り畳み式の小さめのピンチと洗濯物1枚。
無言のまま、濡れてもいないその洗濯物をニコニコしながら徐に干す。
─何でそんなもの持ってきたの?─
彼の頭に浮かぶ疑問を遮るように彼女は言った。
「これ…絶対触んないでね?触ったら判るから…」
彼女の部屋から出張に来た洗濯物…
それは、花柄レース付きの水色のショーツ。
「ん?…」
彼は、一瞬考える。
「あ~!」
浮気防止器、兼、検知器というお土産。
─そんな気を遣わなくてもいいのに…─

クッションなんてハイカラなものは、彼のこの部屋には存在しない。
硬く冷たいフローリングに直接座らせるのはどうかと思った彼は、敷布団を拡げる。
「とりあえず…」
それに2人は腰を下ろす。
久々に交えた抱き合いながらするキスに反応し、つい高揚してしまう2人。
既に彼の右の掌は、彼女の左胸を服の上からしっかりと包んでいる。
恍惚とした表情を漏らし、つい彼女もそれに応えてしまう。
今にも2人は布団に倒れ込んでしまいそうな雰囲気。
─まだお昼前なのにぃ…─
と思いつつも、彼に触れられる心地良さに流される彼女は、
「…ぁ…んっ…」
と小さな吐息さえ彼に示していた。
確かに、このままSEXに雪崩れ堕ちてしまえば、折角のデートの時間を大幅にロスしてしまう。
それは勿体無い。
と言うのも、事後に襲われる眠気と気怠さに、外出することさえ億劫になるのが目に見えて解る。
どうにか自制出来た彼のほうが、彼女の唇と胸から離れることに成功した。

先日、彼女が遊びに来ると決まった彼は、
「この辺でどっかいいとこない?」
「この辺でどっか“美味しい店”っていうと、どこにあるの?」
仕事先の地元勢に訊いて廻っていた。
そういった引き出しを沢山抱えた上で、改めて彼女の一泊二日の予定を確認する。
「明日何時頃帰るの…?」
「まだ決めてないよ?でも20:00くらいの新幹線には乗りたいかな…それ過ぎるとウチ着くのがかなり遅くなっちゃうし…」
「どっか行きたいとこは?ある?」
「ん~…任せる。こっちのほう…わかんないし…」
「じゃあ…これから…どっか食べに行く?」
「うん、いいよ?何かお薦めは?」
「焼き鳥屋は…まだやってないか…もっちもちの美味しいうどん屋さんでしょ、最後まで熱すぎて食べるのが大変な節系のラーメンとつけ麺で有名なお店、牧場で経営してる温泉と道の駅みたいなのが一緒になってるとこ…etc」
指折り数えながら、行ったことの有り無し関係なく、思い浮かんだ全部を列べ挙げる。
その中でも彼女が最も反応を示したのは、
「オムライスって?」
「こないだドライブしてたら見付けたんだよ。ちょっと遠いけど、とりあえず行ってみる?」
「うん!」
その他も、全部が行きたいところではあるが、これから何度も埼玉に来ることは間違いない。
─ちょっとずつ…色んなとこへ連れてってね?─
彼女はそんな願いを抱いていた。


そこは、オムライス専門のお店。
ヨーロピアンな外観も然ることながら、店内も含めて全体的に、“とてもお洒落なレストラン”…といった感じ。
でもその割りには、入りにくい雰囲気では決してない。
事実食事時の客席は、制服姿のOLや子供を連れた家族で賑わっている。
2人は、ちょうどひとつだけ空いていた左奥のテーブル席に座ることが出来た。
テーブルクロス、グラスや水差しといった小物類に至るまでデザインや機能性への拘りが伝わってくる。
「ん~と~、何にしよっか?…」
彼が彼女に向けてパッと開いたメニューは、数十種類。
じっくりと眺めて決めた彼女は、海老とキノコのスープオムライス。
彼は予想通りシーフードのトマト系を選択。
「美味しそうだね?」
「ねぇ?」
スプーンを入れるとトロットロの卵がピラフに絡む。
口に入れた瞬間、彼女は笑顔で一杯になった。
「すっごい美味しいねっ?こんなの初めて食べたぁ♪そっちも…ちょっと貰ってい~ぃ?」
そして、彼も微笑んだ。

「また来たい!他のも食べたいし…」
と、店を出てすぐの彼女が言う。
「そうだね。また来よう」
─ほんと、気に入ってくれて良かった─
幸せな一時を過ごし満足した2人は、駐車場を後にした。

「すぐ近くに公園有るからちょっと寄ってってみる?」
「うん、いいよ?」
本当に目と鼻の先にあった運動公園。
駐車場に車を停め、手を繋いでの散策を開始。
今日は土曜日、何かの大会か練習試合なのだろう。
野球場から中学生とみられる男の子の掛け声や父兄の声援が聞こえていた。
「向かいの公園はまだ咲いてない…よね?」
「うん、もうすぐ…でも、早く来ないとすぐ散っちゃうよ?」
桜の舞う遊歩道を歩む2人は、周囲の目を気にしながらも、時々立ち止まってはキスを交わす。
気にする理由は、他にもある。
公園…と聞いただけで、何をすることになるかを考えれば大体の予想は付くだろう。
それが2人にとっては自然な成り行き。

「こっち来る時、下着…穿かないで来てね?」
「え~!?……ヤだぁ…」
昨日、電話では否定していた彼女が、今日は忠実に彼の意向に沿った姿でここにいる。

「お利口さんだね?ちゃんと言うこと訊いてくれたんだ?」
本来不可視であるべき大切な恥部を、近くにいる誰の目にも触れないように、尚且つ、いつ目に触れてもおかしくないように、彼はスカートを捲り上げて気遣う。
そのまま2人は散策を続行。
彼の言葉に加え、久々の露出プレイへの期待や緊張、見知らぬ土地という開放感が入り乱れ、彼女からはその高鳴りが液体となって滲み出る。
「ぁん…ジュース……垂れてきちゃった…」
すぐ傍には階段がある。
遊歩道からは少しだけ死角になる位置だ。
2人はそこに並んで腰を下ろす。
90°に拡いた脚の間を彼が掬うと
…トロットロ…
な粘液が纏わり付いた。
「ほんとだぁ…すごく…エッチだね?」
耳元で囁きながら、彼はその3本の指を一本ずつ丁寧に彼女に見せ付けながらしゃぶった。
「もう…」
この状況のせいか、それとも彼のその行為によるものなのか…彼女の頬が紅潮しているように見える。
再び彼の指を招き入れた彼女の襞は、
…ピチャッピチャッ…
とイヤらしい音を周囲に響かせた。
更にその奥へと侵入すると、その音は指の動き具合に合わせ
…クチャックチャッ…コポッコポッ…
と卑猥に変化する。
彼の鼻先まで、その匂いが伝わってくる。
より複雑な快感に襲われた彼女は、漏れ出る喘ぎを抑えようと自ら上の口を両手で塞ぐ。
それを見計らったように、彼は勢い良く指を引き抜いた。
…シャ~ッ…
と迸る音のする方へ目を遣ると、アスファルトの上には大きな水溜まりが出来ていた。
そこで突然…
「雨…?さっきまで晴れてたのにね?」
彼女はその素脚にひんやりとした滴を感じる。
「戻ろう!」
彼は彼女の手を引き、大急ぎで車に戻った。
「ん?あれ?止んじゃったね?」
「そうだね…?」
─この程度の通り雨ではしゃいでいた“うちら”って一体…─
2人は大声で笑い出す。
あの足元に遺した2人がいた証拠は、完全に隠蔽されることもなく、後に通り過ぎる誰かの目に留まったのかも知れない。

公園からの帰り道、橋を渡ってすぐ左手に見掛けたパン屋さんに少し立ち寄り、
「あれも…これも…美味しそう…」
の結果、トレーに一杯とちょっと…2人で食べ切れないほどの量を買ってしまう。
いざ会計となって、我に返る2人。
車に乗るや否や、
「結構、買っちゃったね…?」
「だね?」
ここでも大笑い。
「今晩は私が何か作ってあげるから」
と彼女が言っていたのは、翌日までお預けに。
一応、スーパーに寄って適当な食材やおやつを買い溜めした後、ホームセンターにも脚を運ぶ。
食器、キッチンとバス・トイレのマット類、その他、彼女が思い付いたものを購入。
それから
「ちょっと寄ってっていい?」
と彼が言った高速道路か新幹線の高架下の本屋さんに立ち寄った。
一緒に中を覗いてみると、漫画や雑誌が半分、もう半分はアダルトグッズやDVDが占めている。
店内をキョロキョロと眺めているうちに見失った後ろ姿を探すと、彼はレジに。
─もしかして…?─
と考えなくもない状況。
よく見てみると、彼の部屋で山になっていた漫画本の買取りをして貰っているところ。
彼女はホッと胸を撫で下ろす。
幾らかのお金を受け取った彼は、彼女の傍へ近付くと
「ちょっとあっちの方見てかない?」
彼が小さく指差すのは、当然アダルトコーナー。
彼女の答えも、当然…
「うん…い~よ?」
沢山のグッズが並ぶ棚の前。
彼は何か物言いたげな顔付きで、ピッタリと身体を密着してくる。
彼女は気付かない振りをして
「これってなんか…凄いね?」
と一つ手にとって彼に同意を求める。
「うん、そうだね…買ってあげる…」
と言った彼のイヤらしい目つきは、彼女の太腿へと向けられていた。
レジを済ませた2人が店内を出た時、透明な滴りが再び彼女の脚を伝い出していたことを彼は知らない。


翌朝の2人は、思考回路の起動に時間が掛かった。
昨日まで逢えなかった分まで愛し合ったせい。
特に彼女は、彼とオモチャの二人に責められたこともあって、身体もまだ正常に機能していないのか、段差もないところで少し蹌踉めいたりもする。
その症状が落ち着いて来たところで、結局食べ切れなかったパンの残りと軽めの手料理を摂りながら
─夕べは隣の部屋まで聴こえちゃったかなぁ…
今日はどこへ連れてこうかなぁ…
今夜もう帰っちゃうんだよなぁ…─
そんなことを彼は考えていた。
「今日は、ドライブしながら昨日言ってたとこ…行ってみる?」
「うん…」
─けど…ドライブしながら…ってどっちの意味?─

相変わらず、かなり遠回りなドライブをしながら辿り着いた場所は、オープンテラス風の大型フードコートといったところ。
隣接してあるのはレストラン、ハムやソーセージなどの肉類を中心にした土産物や地域食材を集めた物産館、温泉入浴施設、子供向けのアスレチックなど。
彼が
「温泉と道の駅みたいなのが一緒になってる…」
と言ったイメージそのままだ。
日曜ということもあり、駐車場は一杯。
ようやく停められるも、場内はかなりの人集り。
オープンキッチンのひとつ、やけに長い列の最後尾に並ぶ。
2人も含めて大抵の人は、網焼きのスペアリブが目当て。
他にもプリップリのソーセージ、肉汁が滴る豚串やら何やらと、待った分だけより美味しくなるものを、並んでは口に…並んでは口に…と放り込む。
出掛ける少し前、2人は朝食とも昼食とも言えるものをそれなりに胃の中に納めてきた筈なのだが…そこは別腹。
その上、2人共〆にレストランでトンテキまでをも平らげた。
「も~お腹一杯…結構食べたね?」
美味しいものに目がない彼女だとは解っていても、彼は驚いた様子を見せる。
彼女はニコニコしながら、
…まだ食べれるよ?…
と言わんばかりに
「だって美味しいんだもん♪」

満腹で動くのも億劫になった2人は、それから結局どこにも寄らず、部屋で抱き合いながら時間までゴロゴロと過ごした。
「帰って欲しくない…」
「私も帰りたくない…」
「もう一日泊まってったら?」
「けど、帰んなくちゃ…」
残念なことに、彼女は重い腰を上げた。

20:00過ぎ。
大宮駅のホームで次の仙台行きの新幹線を待つ。
「もう帰っちゃうんだね…」
「そんな顔しないの…こっちにも来てよ…?」
「うん…近いうちに行く…。また来てね?」
「うん…」
「待ってるから…」
「私も…」
束の間の終末を楽しんだ、別れを惜しむ2人。
ふと彼は、想い出したことを言葉にした。
「俺を見送ってくれたあの時…新幹線に乗る前…何であんなこと言ったの?」
「私…何か言ったっけ?覚えてない…」
筈がない。
─「身体だけの関係でもいいから…」
間違いなくそう言った。
そう言ったら…
また会えるような気がして…
また会えたら…
いつかやり直せるような気がして…
私を…独りにしないで欲しくて…
でないと…─
浮かんでくるどんな想いも顔に出さぬようにしたつもり。
なのに、
「いいよ…今の、気にしないで…」
と言ったのは、もしかすると彼には伝わったからなのか…。

新幹線の乗車口をひとつ占領し、最後にそっとキスをした2人は、出発の合図を示すチャイムの中、
「愛してる」
の言葉を交わすと、すぐにメタリックな色のドアによって遮られた。
ガラス越しに手を振り続ける。
互いに、見えなくなるまで。
見えなくなっても。

彼が部屋に戻ると、最も目に付く場所に飾ってある洗濯物が待っていた。
彼は肺の空気を出し切った後、思いっきりクロッチの匂いを嗅いだ。
仄かに…
─彼女の匂いがする…─
そんな気がした。
変態さんである彼は、一瞬考える。
─っていうか、どうせ干すなら彼女の匂い付きが良かったのに…何で思い付かなかったんだろう…
あ、そっか…「穿いて来ないで…」って自分が言ったんだった…
次に来たときは履いてきたやつを干して貰おう…─

これが2人の仙台-埼玉間のはじまり


2019/06/28 更新

《凡例》
蹲み…しゃがみ
徐に…おもむろに
然ることながら…さることながら
拘り…こだわり
滲み…にじみ
掬う…すくう
迸る…ほとばしる
目を遣る…めをやる
蹌踉めいたり…よろめいたり
人集り…ひとだかり
仄かに…ほのかに


注釈
※文中に登場する順に並んでいます
※下記は、その章によっては該当しない場合があります
【造】…造語
( )…ねおが汲んで欲しい意味合い

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