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マッドボール

俺の名前はディック・デーカー。金玉の置き場所を探している。仲間には「そんなものはねぇ」と鼻で笑われたが、俺はあると信じてる。その仲間が全員殺された。フグリ一味の奴らに。復讐。俺のやる事リストに追加された。俺は愛車のタマーキン00(ダブルゼロ)に乗り込むと、荒野を駆けた。

198X年。ギョク兵器戦争が勃発。世界は荒廃し、人類はシェルターに逃げ込むことが出来た少数だけになっていた。俺の街、マタンキも例外ではない。
ちなみに、ギョク兵器は金色の2つの球が連なった高威力の爆弾だ。球一回の爆発でひとつの都市を破壊し、約0.7秒の時間差でもうひとつの球が爆発。半径13kmを完全に無に帰す。
ギョク兵器の残骸(通称カガヤキ。以下カガヤキとする)は、ドロドロに溶かせば車やバイクの燃料になる。売れば高額だ。
そんな各地に散らばるカガヤキを求め、人々は奔走する。残骸になっても金色に光っているので、比較的見つけやすい。
しかし、似たようなゴミをばら撒き、カガヤキだと思って近づいた人の物資を奪う奴が多くいるので、簡単ではない。
そこを逆に利用する。

車の燃料は確保できた。鉄屋に向かう。
鉄屋。カガヤキを溶かすには欠かせない場所だ。製作を依頼することも出来る。
鈍器、銃、マグカップに至るまで、実に多彩だ。それもこれも、職人たちのおかげである。なのでどんな凶悪な奴らも、鉄屋を襲うことはない。もしそんな事をする奴がいれば一瞬で噂が広まり、袋叩きに合うだろう。鉄屋は善人にも悪人にも平等だ。

「よぉ」
「これはこれはディックのダンナ」
「カガヤキ持ってきたぞ、よろしく。しかしまぁ、あいつらも罠が単純っつうか」
「ダンナみたいになれたら、生きるのも楽だろうねぇ」
「この時代に楽なことなんてねーよ」
「そうかねぇ。この歳になると不安でしょうがないよ」
「心配ない。ここは襲われる事なんて無いんだし、何かあれば俺を呼んだらいい。そのための無線だろ?」
「頼もしいねぇ。そのときは頼むよ」

俺は、金玉置き場を探すため、更に北へ進んだ。鉄屋のおっさんの情報に寄れば、フグリ一味も北へ向かったという。
何もない荒野をひた走ると、ポツンとあるガソリンスタンドを見つけた。物資が潤沢にある今は特に寄る必要もないのだが、こういう場所は貴重なので寄って行くことにした。
車から降りた瞬間、人の気配がした。圧のある気配。この感覚は今まで感じたことがない。俺は腰に下げたショットガンを構えると、ゆっくり中に入った。
野盗だろうか。3人。2人が床で重なるようにして倒れており、周辺には血だまりが出来ていた。1人は椅子に座ったまま足を広げ、腕はだらんと下がっている。顔面が陥没しており、右目が飛び出ていた。
さっきから感じていた気配は奥にあった。ショットガンを構えたまま、耳を澄ます。……何かを啜る音。

「ふう〜食ったぁ」

力強い大きな声。腹から出ている。響くような低音だが、女の声だ。こいつはヤバい。俺の直感が言う。足が動かない。

「そこにいるのはわかってる。出てきな」

まずい、バレてる。引き返すか?
俺の一瞬で計算した脳内シミュレーションによると、逃げた場合は車に乗り込む前に追いつかれて締め落とされ、車ごと奪われる。
引くことを考えるな。ショットガンを構えてるじゃないか。俺は静かに女のいる空間へ足を踏み入れた。

「なんだ、いい男じゃないか」

でかい。座っていても圧がある。立つとおそらく2m近いだろう。がっしりした肩幅に全身を覆う異様に盛り上がった筋肉。岩のように割れた腹筋。この時代では貴重なスポーツブラにヨガパンツ。掘りの深い顔立ちに高い鼻。ウェーブのかかった赤い髪が肩まで伸びている。顔は整っているが、右目から唇にかけて斜めに傷が走っていた。切れ長の鋭い眼光が、俺の動きを奪う。

「銃を降ろしな」

従うしかなかった。引き金を弾くビジョンが見えない。

「あんた、何者だよ」
「モンスターかな。この体、なんでこうなってるか知りたいかい」

確かにそうだ。この時代では見たことがない。いいものを食べてるとか鍛えてるとかそういう次元を超えている。

「あぁ」
「生まれつきなんだよ。おそらくあの事故が関係してるんだが」
「あの事故?」
「ギョクを積んだトラックが事故ってね。あたいの家に突っ込んだことがあったのさ。リビングにいた母親は下敷きになり、顔面をミンチにされたらしい。そのときあたいは腹ん中にいたんだが、辺り一体は封鎖。あたいはその場で取り出され、病院に運ばれた。医者によれば、規格外の赤ん坊だったらしい。鉄柵を簡単に折り曲げるからあたいを寝かせるベッドに苦労したって話だ」
「……凄いな。んで、あんたの体はそのギョク兵器の影響か?」
「事故の衝撃で漏れ出たガスのせいらしい。だけど、医者が言うには全く説明が出来ないんだとよ」
「なるほどな。ところで、そんな大事なことを何で俺に話した?」
「なんでかな。安心したのかもな」
「あんたより弱いからか?」
「ハハ、そうじゃない。いやそれもあるが、人柄が顔に出てる。ところ構わず略奪したり殺害する連中とは違う」
「やめろ恥ずかしい」
「んで……これからどうするんだ?」
「金玉置き場を探しに。あとは仲間を殺した連中を潰しに行く」
「もしかしてフグリ一味か?だったらあたいもついて行く」
「知ってるのか!?」
「知らない奴を探す方が難しいだろうね」

吉と出るか凶と出るか。俺はひとまずデカい女を仲間にし、ガソリンスタンドを後にした。
……助手席がパツパツだ。車が左に傾きながらの運転。こいつを乗せたのは間違っていたかもしれない。

「さっき金玉置き場って言ってたが、なんだいそりゃ」
「……ギョク戦争が始まる前、繁華街には【金玉休め】って名前の店があってな。まだ金もなくてガキだった俺は、幸せそうな顔して店から出てくる奴らを指を咥えて見てるだけだった。ある日、我慢出来なくなった俺は店の中に忍び込んで目撃するんだよ。金玉置き場をな」
「エロガキじゃないか」
「勘違いするな。この店はそういうのじゃない。ヒーリングだよ。店の名前の通り、金玉を休めるのさ。特殊な機械でな。それが金玉置き場と呼ばれてた」
「じゃあ男しかいけないな」
「そうなるな」
「それを探すってことは、よっぽどの代物なんだろうな」
「忘れられないんだよ。客が恍惚の表情を浮かべて金玉を休めているのを」
「やっぱりただのエロガキじゃないか」
「わかってないな」

しばらく走っていると、ほぼ何もなかった荒野に岩が現れるようになり、もっと進むと、道の両脇は赤茶色の断崖に塞がれてしまった。かなり窮屈に感じる。落石があったらひとたまりもない。
前方に人影が見えた。複数。ゲートがある。左右の断崖に監視塔らしきものが設置されており、銃を構えた奴が立っている。

「どうする。すんなり通れる雰囲気じゃなさそうだが」
「行くしかない。鉄屋のおっさんが言ってたが、左に進めば橋が壊されてるし、右に進めば放射能汚染がまだ残ってる地域に出る。進むためにはこの道しかない。さすがに突っ切るのは無理があるから最悪、賄賂を渡す。幸い、こっちには物資が豊富にある」

俺はそのまま真っ直ぐ進むと、ゲートの前で車を停止させた。サブマシンガンを腰に下げた男が左右から2人近づいてくる。左の男は金髪のモヒカン頭にサングラス。俺とこの女の中間くらいのガタイで大きい。右の男は黒髪のツンツンヘアーで細身。ヘラヘラしていた。ガムを噛んでいる。車の窓を開ける。

「おほ〜!めっちゃいい車乗ってるじゃないすか〜。お兄さんもカッコいい〜。お隣さんは……デカいなおい。ないわ〜俺にそんな趣味ないわ〜。まぁいいや、通行料くださいな」

何なんだこいつは。失礼で下品。まさに絵に描いたような小悪党だ。思わずため息が出る。
これは賄賂を渡す必要はないな。

「そういやあんた、名前は」
「マリって呼んどくれ」
「俺の名前はディック・デーカー。ディックでいい」

男たちが明らかに不機嫌になった。

「あんたら初対面かよ!?てか無視すんなコラ」

俺はガム男に胸ぐらを掴まれたと同時に、内ポケットから取り出したナイフを喉に突き刺した。少し顔に血を浴びたが仕方がない。身を乗り出し、男のサブマシンガンを奪う。
俺はマリを信用していた。マリは左手でモヒカン野郎の頭を握りつぶしていた。予想通りの働きをしてくれたが、この怪力が俺に向かわないことを切に願った。

「銃はディックに任せるよ。あたいは銃の扱い下手だから」
「あんたに銃はいらないだろ」

とは言ったものの、遠距離の敵はさすがに銃がないと厳しいだろう。俺は異変に気づいた監視塔の男たちの頭を撃ち抜くと、ゲート周辺にいた奴らを一掃した。

「ヒューやるねぇ。あたいたち、いいコンビになれそうじゃん」

それは俺も思っていた。車が左に傾くのだけは気に入らないが。
しかしゲートが位置する場所や、そこにいた連中の風貌を考えると、フグリがこの先にいる可能性は高い。
しばらく進むと、看板が見えてきた。
おそらく地名が書かれていたと思われるその上に赤い色でバツが書き足され、その上に黒いドクロの絵が上書きされている。スプレーだろう。奴らのやりそうなことだ。
無視して更に進むと、建物が見えてきた。廃墟。人の気配がしない。さっきまでの雰囲気は無くなっていた。コンクリートの建物には蔦が生えている。湿っぽい。

「あたいさ、こういう場所、悲しくなってくるんだよ。昔は活気があって賑やかだっただろうに」
「俺には無い感情だな」
「金玉置き場に想いを馳せてるじゃないか」
「あんたは人に興味があり、俺は物だ。全然違う」
「へ〜そうかい」

そんなことを話していると、割れたコンクリートの陰から誰かが出てきた。……丸い。太っているという表現は正しくないだろう。球体と言った方がしっくりくる。スキンヘッド。特注で作ったであろう皮パンと革ジャンがパツパツだ。別のコンクリートの陰からも誰かが現れる。全く同じ人物だった。

「我が名はウーキン」
「我が名はサーキン」

見た目によらず、低めで落ち着いた声だった。不覚にも、その美声に心地良さすら覚える。こいつらは恐らくだが……

「おい、お前らギョクの影響でそうなったのか?」

表情が読めない。眼球が見えないほどの細い目も、ケツ穴のようなおちょぼ口も微動だにしていない。

「そうだ。我々は元々、誰もが羨む双子だった。お互い女性は切らしたことがない」
「だが、あの日から変わってしまった」

同情する。もし俺がこいつらのようになってしまったら、口の中に銃口を突っ込んでいたかもしれない。

「はっ、同類か!あたいもそうなんだよ!そうだ、仲間になってくれよ!」
「ばか、やめろ!こいつらを乗せたら車が持たねぇ!」

奴らを見る。少し表情が険しくなっている気がする。

「仲間?我が従うのはフグリ様ただ一人」
「フグリ様に仕えると言うなら話は別だが」

フグリの手下かよ。案外早く見つかったぜ。ならやる事はただひとつだ。

「そうか。じゃあ死んでもらう。いや、半殺しだ。フグリの居所を吐いてもらわないとダメだからな」
「ここはあたいに任せてくれよ。面積がデカくて殴りやすそうだ」

確かに。ここは武器を使わない方が得策かもしれない。だがこいつの拳も武器だという事は忘れてはならない。

「手加減しろよ」
「あたいの辞書にはない言葉だねぇ」

俺は見誤っていた。マリもそうかもしれない。回転してこちらに向かってきたのだ。速い。二発同時。まるで砲弾。俺は間一髪で避けたが、マリはもろに喰らった。バコーン!という衝撃音が響く。いや、マリは腕を交差させて防いでいる。奴が大きく跳ね返った。

「くっ、予想外だわ」

俺が避けた奴、マリに突進して跳ね返った奴の間に、俺たちは挟まれてしまった。最悪の位置。……いや、これは逆に。

「おいマリ、タイミング合わせて左右に別れるぞ」
「あたいもそう思ってたところさ」

くる。前後同時に肉の塊が発射された。

「今だ!」

俺は右、マリは左に素早く飛んだ。至近距離で着弾したかのような衝撃音。肉塊の同士討ち。作戦は成功。していなかった。2つの肉塊はくるくると弧を描き、また同じ位置に戻ってしまったのだ。

「ダメだ、全く問題にしてない」
「あたいと同類。ってことはこいつらも化け物ってことさ」

またくる、そう思ったとき、肉塊は空に向かって発射していた。なんだ?……もう銃を使わないとか言ってられないが、高速回転する肉塊に銃は効かないだろう。弾かれて終わりだ。俺の直感がそう言ってる。

「はは〜ん、こいつら、あたいらを上から押し潰そうってわけか。さっきと同じ行動をしなかったのは懸命な判断だけど、結局やる事は同じ。もうあたいの敵じゃないね」

自信。これはマリに任せた方が良さそうだ。俺はホッとしていた。

「おい、俺は見てるだけでいいのか?」
「いいよ」

頼もしい奴だ。デカい背中が更に大きく見えた。
豆粒程になるまで高く打ち上がった肉塊が、団子になり、岩になる。至近距離まで迫っていた。おい!マリ!叫ぼうとしたとき、マリは指先を尖らせた両手を、上に突き出していた。

「グハァ!!」
「ゴハァ!!」

マリの手は、二つの肉塊の腹に突き刺さっていた。異様な光景。どでかいボクシンググローブを装着した選手が、勝利のガッツポーズをする。そう見えた。

「ごめんな、あたいも化け物なのさ」

マリは2人を地面に寝かせた。実に軽々と扱っている。夢を見ているようだった。首を素早く振って現実に戻る。

「お前ら、フグリの居場所はどこだ」

吐けばラッキー。吐かなくても自力で探す。

「このまま、真っ直ぐ、行くが、よい」
「だが、貴様は」

二人は同時に息を引き取った。双子としての矜持を見せられたような気がした。
俺とマリは同じ意見だった。時間はかかったが、こいつらを埋葬した。マリは素手、俺はシャベルで穴を掘った。かき出すスピードも量も追いつかず、途中からマリに任せた。

「ふぅ。力仕事はあたいの領域。あんたは気にすることないよ」

少し嫉妬していた。今まで俺はいつも一人で物事を片付けてきたが、マリと組んでから頼ってばかりだ。
いや、それでいいんだ。もし俺一人でこいつらと対峙していたら勝っていたか?答えはノーだ。俺は確実にミンチになっていた。元々野垂れ死ぬ気でいたが、マリと出会ってから、俺の意識は変わりつつあった。

「なんだいジッと見て。あたいに恋しちゃったかい」
「ち、違う!」
「赤くなっちゃって、可愛いね〜」

遠く離れた崖の上。何者かが双眼鏡でこちらを見ていることを、俺たちは気づかなかった。

「フグリ様。ウーキンとサーキンが殺られました」
「ほう、それは素晴らしい」
「な、何をおっしゃるのです」
「長らく退屈していた。我を喜ばせる相手がやっと現れた」
「な、なるほど」

俺たちはひたすら直進した。
人狼の群れ。毒を吐く賊。巨大蟹。恐らくはギョクのせいで突然変異したであろう奴らと戦うことにはなったが、俺たちの敵ではなかった。
車の後部ドアひとつと、フロントガラスが無くなってしまったが。
風が冷たい。フロントガラスが無いというのもあるが、だいぶ北進してきた、という事実も感じさせた。途中、朽ち果てたコンビニのガラスを拝借し、フロントガラスの代用とした。
こういう作業はマリは苦手らしい。適材適所。……俺は何を考えてる。マリと暖かい家庭を築く。そんな妄想をしていた。本心ではない。はずだ。くそっ、どうしちまったんだ俺は。

「何ボーッとしてるんだい。奴じゃないのかい、フグリは」

首を素早く横に振って正気に戻る。
崖の上で腕を組んで仁王立ちしている男がいた。スカートを履いている。ように見えた。男が飛ぶ。しなやかな跳躍で俺たちの目の前に着地する。ズウゥンと大地が震えた。
……。スカートに見えたそれは、金玉だった。デカい。竿が申し訳程度に付いている。いや、金玉がデカすぎて小さく見えるだけだ。鋲のついた革ジャン、オールバックの黒髪、アイスホッケーのマスク、シャープな肉体。どれもデカ金玉の付属品といった感じだ。どうせこいつもギョクの影響でそうなったんだろう。

「我の名はフグリ。我を満足させてみよ」

奴はそう言うと、腕を組んだまま目を閉じた。
嫌な予感がする。この嫌な予感というのは、俺たちが危機に瀕するとかそういう類いのものではない。もっと別のベクトルのものだ。

「なぁ、マリ。どうするよ」
「こいつはヤバいね。違う意味で」
「任せてもいいか?」
「あたいはいいけど、物語の最後で傍観する主人公なんて聞いたことないよ」
「いいんだよ。強すぎる相方。しょうもないラスボス。俺が出る必要がない」

拳を引いて溜めているマリの姿は美しかった。弓を射るエルフのようで、そのまま彫刻にしたいくらいだ。

ゴウン!!!!

マリのアッパーが、フグリの金玉に炸裂した。
が、その光景は俺の想像していたものと違った。フグリは吹っ飛ばず、腕を組んだまま微動だにしていない。マリも動かない。少し金玉が震えたぐらいだ。
これは嬉しい誤算か……?やはりラストはこうでなくては。そんな事を思っていると、事態は動いた。

「ごめんな、技を使っちまったよ。そんな必要はないんだけどね。せっかくだしと思って。最後だし」
「お見……事」

マスク越しに、フグリの口からぶくぶくと泡が吹き出す。
多分だが、こいつは立ったまま絶命した。埋葬はしない。したくもない。今思えば、回転肉塊野郎は最高だった。だがこいつは何だ。これが俺が追っていた仲間の仇?何でこいつがボスになれた?そんな疑問が頭を駆け巡る。


「ここが金玉休め……」

俺は、ついに念願の場所に来た。金玉置き場もある。だが、人がいない。貸し切り状態だ。
俺はやり方を知っている。子供の頃の記憶を頼りに、パンツを下げ、金玉をセッティングした。
あぁ……。その効能は、予想を遥かに越えていた。全身を天使の羽根で撫でられ、そのまま天国に昇るような、そんな気分だ。
と、そのとき、金玉置き場が揺れた。ガタガタと音を立てる。金玉もそれに合わせて揺れる。揺れは次第に大きくなり、店ごと崩れそうな勢いで…………


「おっ、目覚めたかい」

目の前に、マリの顔があった。優しげな表情。岩に体が挟まれている。いや、マリの手が、俺の両肩をガッシリと掴んでいるのだ。
俺は地面に仰向けになっていた。

「なんだ……?どういう事だ?」
「それはこっちが聞きたいね。突然気を失うんだもの。電池が切れたみたいにさ」

マリの腕が俺の肩を離れる。

「そうだ、フグリはどうなった!?」

一番知りたい部分だ。
だが、返ってきた言葉は意外なものだった。

「フグリ……?なんだいそりゃ」
「ち、ちょっと待て、お前はフグリの金玉に一発喰らわせてやっただろ!渾身のアッパーを!」

そうだ、アレは素晴らしい一発だった。吹き飛ばす攻撃ではない。内部破壊を主とした、テクニカルな打撃。

「何を言ってるのかサッパリわからんね。金玉ってあれかい、あんたが言ってた金玉置き場のことかい」

……ダメだ。マリにフグリの記憶が一切ない。しかし、金玉置き場は知っている。これはどういう事だ?

「肉塊野郎は!砲弾のように飛んできた肉塊野郎が2人いただろ!」
「肉塊野郎?いや、何を話してるのか全くわからんが」
「ゲートにいたモヒカン野郎は!頭を握りつぶしただろ!」
「ん〜わからんね」
「人狼!毒吐き賊!巨大蟹!」
「あぁ、そいつらとは戦ったね」

なんて事だ。フグリ一味の記憶だけが全て消えている。
そうだ、もっと遡ろう。

「なぁマリ、お前は何で俺についてきた」
「何でって、あんたが金玉置き場の素晴らしさをあまりに熱く語るもんだからさ、あたいも一緒に探してやるってなったんじゃないか。もしかしてあんた、失神したときに記憶がおかしくなっちまったのかい?」

それはこっちのセリフだ。
……待てよ。まさか、これがフグリの特殊能力ってことなのか?攻撃した者の記憶を書き換える?そんなバカな。

「ディック、そう言えばあんた、あたいと会ったときに言ってたね。ギョクの影響で記憶がおかしくなるときがあるって。それが今ってことだね」

そんな事は言ってない。ギョクの影響で記憶がおかしくなる?俺が?いや、俺はギョクの影響など受けていない。やはりこれはフグリの特殊能力。

「それで、金玉置き場を探す旅は続けるのかい」

俺はさっき、短時間ではあったが、金玉をヒーリングさせていた。夢にしてはリアルだった。つまり、アレは本物の金玉置き場だ。

「どうかな。さっき見つけてしまったしな」
「何だって!?なぜあたいに言わなかったんだい!」
「俺が失神したときに現れたんだ。言いたくても言えないだろ。だが、次も同じ条件で現れるかはわからない。けど、俺はもう満足したよ」
「そうかい。じゃあここでお別れかね」
「……いや、そばにいて欲しい」
「ハハ、好きになっちまったかい」
「……多分な」
「ハハハ!素直な男はあたいも好きだぜ!」
「お、おいやめろ!腕を離せ!首がもげる!」

フグリの特殊能力で、マリの記憶が書き換えられてしまったのだろうか。フグリ一味は始めから実在していなかったのだろうか。俺はまともなのだろうか。俺はギョクの影響でおかしくなっているのだろうか。

答えは、砂塵にかき消された。

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