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ピンポン読了 -才能の発芽

なれるかな?僕もペコみたいになれるかな?


才能と努力、その二つで割り切るのは難しい。
二者択一。
無理難題にぶちあたったとき、それを無駄な抵抗なく呑み下すか、はたまた異物として認識し吐き散らかすか。
何者にもなれない自分に意義を見出すか、否か。
二者択一にして、強制的な選択。
明確に真理をつくのであれば、才能やら努力やら、そこに理由を求めるのはそう簡単ではない、ということだけだ。

本作において、二人の男の子『スマイル』と『ペコ』は最も重要なキーパーソンである。物事を静観するスマイル、人気者でお調子者なペコ。
一見彼らは交えることのない二人に見えるが、ペコがスマイルを卓球の世界へと導いたことにより、このストーリー『ピンポン』が始まる。
小学生時代、センスが他より抜きん出て勝利を握り続ける天才肌のペコに惹かれたスマイル。彼はなかなかスポーツ的精神に本腰を入れられずに卓球を続けるが、ある時、中学の卓球部顧問に才能を見出されたことを機に、本格的な練習を開始する。
ともすればペコは彼にピッタリな好敵手となり得ただろうが、突如彼の負け無しだった卓球人生は敗北のインキで塗り替えられ、大会を後にし、やさぐれてしまう。
親友だった彼らは別々の道を歩むかと思えたが………?
これがかの本作の簡易なあらましである。

以下所感。
きっと誰しもが、ひとり唸り導いた答えに、安堵したり後悔したり、くだらないと擲ったりする。
自分が思うに、この世はとかくカラーリングがまばらで、人間はグラデーションになっていて、層積された経験の坩堝で生きている。
才能・努力が美徳である反面、直視するストレスも含有されており、藁をも縋る思いでしがみつく者もいれば、一から諦観してあっけらかんと手放す者もある。
この領域には絶対性などなく、幸か不幸かの行き先は神のみぞ知る。
それでもなぜ、ほとんどの人が醒められぬ夢を見続けるのか。
『ピンポン』はそこに一石を投じる、完全レヴェルの高い漫画の一つとして答えを出す。

何者かになれるならば。

その一縷の望みこそが、登場人物の血となり肉となりガソリンとなるのだ。アイデンティティの獲得すら頭に浮かばずに、ただ、勝利を掴む。敗北を喫する。勝って負けて、自ずと自身が何者かに変化する。変身する。
進化の対義語が停滞であるように、我々は知らず知らずのうちに毎日にひと匙の変化を加え生きている。
意義を見出したり、しなかったりする。欲にかまけたり律したりする。抽象的に、されど具体的に。
物事を一刀両断し、または持論に当てはめて展開し決めつけることは案外と難しくない。何事も淀みなく答えられるのであれば悩まない。むず痒くもない。
自分には感じた。勝敗や実利に伴う可視的物証ではない、不可視でありながらただ依然とそこにあるもの。相対的な価値に縛られながら、もがき手に入れられるもの。
ペコとスマイルの絆、というと少し陳腐ではあるが、それは自分の漠然とした不安をスッキリさせる偉大なパワーを持っていた。
こんなふうに気心の知れる親友なんてまあ見つかりませんよね、とやや斜に構えて見るのもアリだが、個人的には才能・努力の重厚な壁に、「やってやんよ」と裸一貫でぶつかりに行くのがオススメ。
そこで得た着想は、きっと貴方の心の豊かさを補強する最高のスパイスになるだろう。
ピンポン新調版全3巻、是非ご一読を。


ペコみたいになりたいんだ。ペコみたいに!!

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