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#短編小説1 『廻り会い』

 凄まじい衝突音で目覚めた時、慌てて駆け寄って来た少女を見て、なぜだか僕は涙が止まらなかった。少女もまた泣いていた。


 人類はついに世界の果てのような何かを観測した。その調査内容は極めてシンプルで、宇宙船に乗ってそこまで行くのみだ。片道切符のその船に僕は乗ることとなった。


 ここまでの経緯を説明すると彼女は言った。
「残念。ここは、こっちの世界の端っこであって、世界の果てではないよ。言うなれば、こっちの世界とあっちの世界を繋ぐ関所。」
なんだこのSFじみた話は。と思いながらも、この状況を受け入れている自分がいた。
「驚くかもしれないけど私はもう200年は生きてるんだよ〜この辺りにはそういう力があるの。だから君も遠くから来たのに年を取ってないでしょ?私、前まではおじいちゃんとお兄ちゃんと住んでてね・・」 
 よく喋る子だなと思いながら僕は、大事そうに飾られた家族写真を見て懐かしい人を思い出す。僕を理解してくれた、すごいねって褒めてくれた、大好きな兄ちゃんのこと。
「君のお兄さんは、出掛けてるの?」
彼女は、悲しげに穏やかな声で語ってくれた。
「ううん、たぶんもうここには帰ってこない。昔、ポルックス星人が、あっちの世界に行きたいって来た時にね。理由を聞いた私達は、行かせてあげたかったけど無理だったんだ。彼らは、向こうに行きたい理由以外、何も覚えてなかったから。書類に何も書けなかった。彼らはね、母星を離れると、その瞬間に一番覚えていたいことしか思い出せないんだよ。そして涙の意味も不確かなまま帰っていった。自分達の事を思い出しても、なぜここまで来たのかを忘れてしまうから。私達がいくら言っても堂々巡り。お兄ちゃんは、何かできないかって必死で、最後の手段を取ったの。あっちに行くって。何度止めても聞いてくれなくて喧嘩別れになっちゃった。私の事、嫌いになっただろうなあ。それでも、私は信じてる。いつかお兄ちゃんが帰ってくるって。」
「帰ってくる?」
「そう。古い言い伝えなの。あっちに行った人は、試練を貰ってまたこっちの世界で生まれ変わるって。そしてそれを乗り越えたら自分を待つ人の所に帰るんだって。」
 何と声をかければいいか分からなくて、 僕は兄ちゃんの話を初めて人にした。
「僕は、小さい頃から星が好きで、それをよく周りに宇宙人、なんてからかわれてたんだ。それを母親はよく思ってなくて、父さんが亡くなったのを機に僕を親戚に預けて捨てた。でも僕はそこで兄ちゃんに出会えたんだ。兄ちゃんも夜空を眺めるのが好きで、よく星を見に行ったなあ。重たい望遠鏡を抱えながら帰りはいつも僕をおぶってくれたっけ。僕は約束したんだ。いつか宇宙飛行士になって宇宙人を見つけてやるって。それで馬鹿にした奴らに、威張ってやるんだって。兄ちゃんは、自分は警察官になって困ってる人を助けたいって言ってた。そして兄ちゃんは叶えた。兄ちゃんのおかげで僕は夢を持てたんだ、適わないあの人に追いつきたいって。」
彼女はなぜか目を輝かせて、問いかけた。
「どうして適わないなんて言うの?君も夢を叶えたっていうのにさ。」
「?」
彼女はいたずらに笑う。
「私だって、君達が言うところの『宇宙人』なんじゃないの?」
「あ。」
 僕はひたすらに笑った。嬉しくて仕方なくて何度も心のなかで伝えた。
「兄ちゃん、僕、約束守ったよ。」

 「君はこれからどうする?船は直らないこともないけど。」
「もし、地球に帰って今日見たものを証明出来れば、僕はヒーローになれるかもね。でも僕が望んだのはそうじゃない。兄ちゃんと夢見てたのは、宇宙人の友達になること。だから僕は、ここでもっと色んな人に会って友達になりたいと思うよ。どうかな、友達としてここに住み込みで働かせてもらう、とか。」
必死さがバレないように勇気を出して届けた。
「もちろん!ずっと寂しかったの。これから沢山話そう。きっと・・・ううん、絶対楽しい!」
僕も君ともっと話したいって言いかけたのを誤魔化すように次の言葉を探した。
「そうだ、さっきの話だけど君のお兄さんは君が大好きだったと思うよ。だって、君を信頼してるからこそ仕事を任せたんだ。また会えると信じたから、さよならは言わなかったんだよ。」
「そう・・・かな。」
「いつかお兄さんが帰ってきた時、お兄さんはきっと、考えすぎだって笑ってくれるよ。万が一、億が一に君を嫌いになっていても、その時は僕が君は大切だって言い続けるから。」
 ただ目の前の女の子を、笑顔にしたいと必死だった。兄ちゃんに救われたように、今度は僕がこの子を守ってあげたいって。
 彼女は優しい笑顔で、ありがとうって言った後、何かを呟いた。


 日が経つごとにお兄ちゃんの記憶はボヤケて行くけど、一つだけ昨日のことのように思い出せる言葉がある。
「良いか、よく聞いて。万が一、億が一にお前が誰かに嫌われて辛い思いをしても、僕はお前が大切だって言い続けてやるからな。」
私は嬉しくて仕方なくて涙を堪えて呟いた。
「ありがとう。おかえり。」

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