ねものがたり① 米をまいた話

その昔、方違え、という風習があった。外出をするのに方角が悪いとき、前日から別の家に宿泊して禍を避けようとする風習だ。陰陽道はなやかなりし平安の世にはそんなことが行われていた。

ある人が、方違えのために平安京の南――下京のある家に一家を連れて泊まったときのことだ。
その家がどうにもよくない家だったようだ。悪いことには、一行の誰もそのことを知らなかった。
一行には主人の幼い子どもがいて、その子どもの面倒を見る乳母も付き従っていた。さて休もうか、ということになって、彼女のほかに二、三人が子どもと同じ場所に寝床をしつらえ、枕元に灯をともして横になった。乳母は子どもに乳を含ませながら、眠るともなくひとりぼんやりと起きていた。
真夜中になろうかという頃だった。ふと、何かの気配がした。乳母は横になったまま周囲の様子を伺った。
塗籠――今でいうところの押入れ――の戸が細く開いている。そこから、何か小さいものがわらわらと現れた。
それは人間だった。五寸、というから十五センチばかりになる。きちんと五位の官人の装束を身にまとった人間が、これまた小さな馬に乗り、十人ばかり引き続いて枕元を通っていく。
ひどく恐ろしいものだ、という気がした。
魑魅魍魎が跋扈した時代のことで、ちょうど手元に魔よけの米が用意してあった。子どもの側だからということでもあっただろう。無我夢中でわしづかんだそれを、思い切りその行列へと投げつけた。
するとそれは、さっ、と散るように消えた。
とはいえ、なおも恐ろしくてたまらない。彼女は子どもを抱いたまま、まんじりともせず夜明けを迎えた。

確認してみると、枕元に散らばった米の一粒一粒に血がついていた、という。

何日か滞在しようということになっていたが、一行は予定を切り上げて自宅へと戻ることにした。
乳母はずいぶんと褒められたらしい。が、そんな家にうっかり行き当たってしまうこともある、という、そんな話だ。


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・「ねものがたり」は、古典文学・古記録などから気に入った話を現代語訳し、怖い話として再構成したシリーズです。
・話としてのおもしろさ・理解しやすさを優先しています。逐語訳ではありませんのでご注意ください。

出典
『今昔物語集 巻第二十七 本朝付霊鬼』より「幼児為護枕上蒔米付血語第三十」

底本
『今昔物語集 四(日本古典文学全集24)』昭和51年3月31日初版 小学館