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選んでいいの?涙の告白

 
気がつけば、長女からこの台詞を聞いて、
すでに7年の月日が経っていた。

その日の事を、今でも映像付きで覚えている。

長女が高校1年生だった、ある秋の日、
学校の先生から電話があった。

 「お母さん、Yさんが二者面談を受けて
  くれないんですよ。。
  呼びに行っても逃げて回って〜。
  何か、聞かれていますか?
  この二者面談で『文系』『理系』の
  クラス分けをするので
  決めてもらわないと困るんです。。
  ご家庭でも、どうしたいのか
  聞いてみていただけますか?」


当時、長女は進学、理系のクラスにいた。
中高一貫校で一応医者を目指していたけれど
やる気を失くしているのはわかっていた。

帰宅後、ソファーで寝転がってる娘に
先生からの電話を伝えて、
どうして面接受けないのか聞いてみた。

 「いやいやいや。」

 「なになに。」

 「医者になるには数2、数3が必要だけど、
    私には数2を極めることすら
      無理だとわかった。
  医者は無理だと思う。。」

 「ふーん。仕方ないね。
    どうしても無理なら
  他の道も考えなきゃね、
    何かやってみたいことあるの?

 「いやいやいや。いやいやいや。」

 「なによ。。
    なんかあるなら言ってみてよ。」

 「いやいや。。」

 「なに〜。言ってみてよ。」

 「怖くて言えない。。。」

 「え、何が怖いの?」

 「怖くて言えないよ。
    だって食べていけるわけないもん。」

 「何で食べていけないの?」


 「だっておばあちゃんがそう言ってたもん。
   ずっとそう言ってたもん。」

 「だから何がしたいの?
    言ってみないとわからないでしょ〜」

長女、両手で目をふさぎながら、泣いてる模様

 「、、かきたい。」
  え?
 「、、かきたいの。」
  え?
 「画が描きたいの〜!!! 」
  え、絵、画〜⁈                    

え、絵、 画!

画が  描きたかったのー?
泣きじゃくる娘に確認すると
言葉にならず首だけ縦にふる。

「どうして、そんなに泣かなきゃいけないの?
  やってみればいいじゃない。」

「 、、ぃ ぃ  の?
 、、っく、い い の?
 え、えら、っく、んでも、っく、いいの? 」

 選んで  いいの?

 「た、食べていけないって
  おばあちゃんが。」

 「こ、こわいんだよ。
    えらぶのが、こわいんだよ。
   食べていけないのに、えらぶの?
   やってみても、できなかったら
   どうしたら いいの?
   やり直しきかないよ。
   苦しいんだってよ。
   それなのに 画が描きたいんだよ。
   怖くてたまらないんだよ。」

幼稚園児みたいに大泣きする。

私も一緒に涙がぼろぽろ。。

 小さい時からお絵描きばかりしてた娘に

「 Yちゃんは絵の上手かね。
  絵が好きとでしょ。
  でも絵は趣味にしときなさい、
  絵では食べていけないからね、
  絵で食べていくのはおおごと、
  大学に行っても、
     食べていけん人ばかりよ。
  描けんくなって、苦しくなって大変よ。」

これは、
おばあちゃんの親切心。

周りの人達をよく見て聞いて
経験談からのアドバイス。
悪意のひとかけらもなくて、
「可愛い孫に、苦しむ人生を送って
  欲しくない」
って
それだけの思いだった。
私もよく聞いていた。
ふんふんと、何気なく聞いていた。

でも娘がこの言葉に縛られて
苦しんできたんだって
今、初めて気づいた。

そんなに苦しんでいたなんて
そんな想いを閉じ込めていたなんて
全然知らなかった。

言葉って。
良くも悪くも

祈りにも呪いにもなるんだと
この時、すごく実感したのだ。
そんな長女の告白を受けて
1番感じたのは

彼女の心の奥底、
まるで深い滝つぼにダイブしたみたいに、
そこには本当に澄んだ水しかなくて。

ああ、そうだったんだ。

中学3年から始まった反抗期。
学校で先生の言葉に壁を蹴飛ばしたり
私の発言に
「そんなにお母さんの考えを押し付けるなら、
 いつかお母さんを刺すから!」
とすごまれたり、
休みがちになったと思えば
「学校辞めます。」
発言にアタフタしたり、

次から次に何をそんなにイライラしているの?
思春期ってそんなに難しいの?

なにせ一人目の娘だから、
私もハラハラ、ドキドキの毎日で
振り回されて、振り回して、
お互い疲弊する日々

でも、「そうだったのね」って。

言えなかったから、ずっと苦しかったんだ。
心の中でずっと
「やってみたい」と思いながら
「いやいや、選べる職業じゃないでしょ」って、
自分で打消してきたから。

私の中でもやっと腑に落ちて

 やってみればいいじゃん!

 選んでいいよ。
 そんなに描きたいなら
 我慢することないよ。

って、拳をにぎりしめながら言った。

でも長年の呪縛はそう簡単にほどける
ものでもなくて
長女の中では、それこそやっと
口に出せたけど、
本当に選ぶのはとてもとても
怖いことだったのだ。

  もし、失敗したら?
  大学の途中でやめたくなったら?
  もう一回大学を選びなおすの?
  もう一回大学行かせてくれるの?

彼女の中で渦巻いていた不安が
一気に噴き出して、質問攻め。

  とにかく今画を描いてみたくて
  たまらないなら
  その気持ちに従って描いてみればいい。

  思いを残したまま先には進めないから。
  大学を選ぶ前から画を習って、
  自分でも毎日のように描いてみて、
  やっぱり好きだったら
  大学を選んだらいい。

  大学まで行って、
  違うと思ったらその時また
  何をしたいか考えればいい。
  本当にやりたいことがあれば、
  なんとか道は開けるはずだよ。

それしか言えなかった。
私にはそんなにやりたいこともなくて
わからなかったけど、

いつの間にこの子は
道は一つしかなくて、
やり直しができなくて、
今の選択がずっと
続いてしまうんだと思ってしまったのだろう。

日常の大人や先生の会話を
子供たちは思った以上に
聞いているのかもしれない。

「大学までいってそんな仕事している。」
「資格が取れないと意味がない。」
「あの仕事は収入もいいし、やりがいもある。」
「その選択がすべて大学受験にかかってくる
 んです。」
 
確かに受験の説明会では〇〇模試の人は
脅しのように言われていたし
私も「そりゃ大変!」とばかりに
そう思っていた。

でも実際の社会はそこまで過酷でもなく
やり直した人もいっぱいいることを
大人は知っている。
でも子供は、
すっかりそれを真に受けた子供たちは?

子供たちが夢を見れない、
語れない雰囲気を作っているのは、
私たち大人の制限をかけた
話し方なのかもしれない。

そんなことを考えながら、
 「明日、担任の先生に
 『画を描きたい』って
  言っておいで。
 『文系でいきます』って。」
そう伝えた。

 「そんなこと言ったら、
  びっくりされないかな?」

 「びっくりされても、
  そうしたいならまずは
    言わないとね。」

ようやく決心もついたみたいで、
泣きはらした顔で少し笑った。

子育てを一生懸命しているつもりで、
一緒に考えてるつもりでも
知らず知らず制限をいっぱいかけて、
誘導したり
傷つけてきてしまってたんだな。
そんな思いがすごくあって

 お母さんは応援するよ!
 できるだけバックアップするから!

なんだかすごく力んだ決意をした。
それもまた新たな呪縛をうむことになるとは
つゆほども思わず、世間を敵に回しても~って
勇ましい気持ちになっていた。

それでも長女の画家への扉は、
やっとの思いで口にしたその日から、
少しずつ開いていった。

               つづく

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