タイトルが決まらないほどの雑記
おはようございます。タイトル通りです。
久しぶりの投稿です。何を書けばいいのか、パソコンに向き合う前に考えてしまってなかなか覚悟が決まりませんでした(笑)。
ということで、この2週間弱ほど何をしていたのかというと、乗馬やミュージアムの解説員、クリニック、カフェ、実家に行っていました。本も読んだり。今は、いろいろな方とお話できるように意識しています。
外に出れるときは出て、用事を作りながら無理しない程度にやってきました。もちろん生活の基本である食事睡眠は確保して、意識して食べるようにして。なので、この10年間で増えなかった体重が5㎏増えました。大台にも乗り、かなり栄養が蓄えられてきています。冬眠に備えて、備蓄しておいた方がいいですね。
それから、私がよく行くカフェでは、自営業の人や、いろいろな仕事をしている人が来ています。(なぜ知っているのかというと盗み聞きをしているので。)
店主の方ともお話していても、ここはそういった人が集まる場所なんだ、と感じて、何か得られるような気がして、希望を持てます。
それから、元バイト先のスーパーで買い物をしてお会計をしてもらった時に、マネージャー、主任とお話をしていて、忙しいですか?と聞くと、揃って、「はよ手伝いにこい」「来る?」「(シフト)いれるよ)」と返されました。(怖い、と冗談で言って帰りました。)
ありがたいことにこういってもらえるというのは、身体と心に沁みますね。
古参のパートの方にもよくしてもらっていたので話しかけて頂いたりして、行く度に、「あの時自分なりにしっかりやっていてよかったな」と思い返して、自己肯定感が増します。いいこと。
乗馬は、とってもやりたかったことなので、私にとってハードルは低かったです。(moneyに関してはハードル高かった)
進み具合が他の人より早いらしく、そこでも自己肯定感がUPしました。
こんな感じで充実した感はありました。
クリニックの先生は、焦らなくてもいいよ、ゆっくりしてください、とよく最後に言って頂けるので、安心します。
そういえば、昨日、14年間ほぼ話してこなかった兄に、来年のことについて、何をするのか聞かれました。話しかけられたときはびくっとしましたが、今の現状とやりたいこと、休学している主旨を話すと、「知らなかった。」と言って、その後沈黙が続き、どう返そうか迷っていたようでした。
「なおす、っていうか、向き合ってるんだね。焦らなくてもいいよ。」という言葉をもらいました。
その時、涙があふれそうになったけれど、「ありがとう」と返して、最後兄は、「(話してくれて)ありがとう。」と何回も言いました。
そのことがうれしく思いました。伝える時も、「親にも伝えることが難しかった」と兄に初めて弱音を吐いて。こんなに話せるようになったんだ、と思うと、何かこれから変わりそうな気がして、なんとも言えない気持ちになりました。
それから、解説員のアルバイトは、ミュージアムが大学付属のもので緩くできて、パートの方ともお話しできるので、今のところ楽しくやっています。往復3時間かけて大学まで行っていて、道中は音楽やラジオ、英語を聞きながら、本を読みながら、寝ながら、時間を有効活用しています。(交通費は自費)
人生は暇つぶし、と誰かが言っていたけれど、時間は有限ですよね。
今週も臨床心理士の方とお話したのですが、「愛されて育ったんですね。」、「今まで話してきて思ったことだけれど、基本的に人を信頼してる」、と言われて、涙が出てきたんですよね。
結局は、人に嫌な事をされ続けていても、私が想像する誰かのために何ができるのか、ということに帰着する。
だからこそ、仕事も、環境のために、人のためになるもの、そして、誰かがやっていないことをしたいです。誰かがやっていないことを探すことは難しいけれど、意外とあるはず。(私が考えている限り)
「今」は、これから続く歴史の中の過程であって、この先100年経ったら、また評価される人が出てきて。当時称えられていた人がそうでなくなったり。
誰でも簡単に、自由に記録を残せるようになったからこそ、ライトアップされる人も数多くいると思います。
一般の人々が何を思っていて、何を感じたのか、それを、先々の人は興味を持つ。私が過去の歴史に興味を持つように。
まだまだ制度が整っていない今を、SNS社会でどう向き合っていくのかという今を、未来の人々はどう捉えるのでしょうか。
今日は福岡国際マラソンがあるので、楽しみです。
こんな感じで。
良い日を。
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