見出し画像

泣いても笑っても過去は過去

もし今でも彼と毎日を過ごせたなら、と考えることがある。一緒に通った通学路、一緒に歌ったあの歌、一緒に写ったあの写真、全てが僕の記憶には刻み込まれていて、それらに触れた瞬間、その記憶は想起される。

目を覚ますと朝7時を少し過ぎていた。毎晩、目覚ましを設定して寝ているのに、いつもアラームが鳴っている事すら気づかずに毎日寝坊。しばらく細い目で天井を眺めたあと、下で眠っている妹を起こさないように起き上がり、そっと2段ベッドの梯子を降りる。

階段を踏み外さないように1段ずつ降りると、既に朝食が用意されている。いつもとほとんど変わりない朝食を、味のバランスなども考えずに、口の中へ放り込む。やっぱり味気ない。

朝食を済ませ、歯磨きをしていると、部活を引退したばかりなのか、伸びかけた坊主頭がこちらをアホみたいな顔で見ている。寒がりな僕は、制服をストーブの前まで持っていき、その温もりを全身で受けつつも、寒さに震えながら、寝巻きを脱ぎ捨て、学ランを着る。

外は真冬。寒さで身体が悴む。置き勉をしている僕は、中身のほとんどないリュックを背負って白い息に邪魔されながら彼の家まで走る。彼の家の前まで来たら、膝の上に手をつき、一旦呼吸を整えてからチャイムを鳴らす。「はーい」。奥から投げやりな声が聞こえてきて、ヘンテコな格好で彼が出てきた。制服を着てはいるがベルトをしていなかったり、ボタンが空いていたり。「お前まだかよ笑」。早く着替えてしまうように促し、仕方がないから僕は彼の準備ができるまで暇を潰して登校する。

この頃は受験期だったのに、授業の内容などほとんど聞かずに彼とおしゃべり。昼休みは昼食の時間が終わった途端に、ボールが片付けてある棚まで駆け寄り、ボールを片手に彼とグラウンドへダッシュ。誰が掃除場所に一番早く着けるかとか、くだらない遊びもしてたな。普段ならバカバカしく思えてくるようなことも彼となら不思議に楽しさしかなかった。

1日の終了のチャイムが鳴るのと同時に彼と一緒に教室を出る。学校から彼の家までの距離は短いんだけど、それでも彼と一緒にいたいから彼と話をしながら帰る。彼の家まで来たら、そこからは自宅までひとっ走り。帰宅後、すぐに駐車場に止めてある自転車にまたがり彼の家へ飛ばす。塾での授業も同じだったが、居残り制度があったので帰宅時間には多少の差があった。それでも一緒に帰りたかったので、早く終わったほうが塾の玄関でお互いを待ち、一緒に帰宅した。

彼はこれまで出逢ったどんな友人とも違った、唯一素を出せる存在で、四六時中一緒にいたのも、一切の他意なく、ただ彼と過ごす時間が楽しかったからで、結果としてそうなっただけだった。

受験に失敗した。僕だけだ。コロナが原因で合格発表はネット上で行われたのだが、画面上に僕の受験番号はなかった。その瞬間、彼と過ごした今までの思い出が急速に思い出され僕は画面の前で泣いた。涙が頬を伝ってマウスを握る僕の手の上に落ちるのが分かる。こんなところで落ち込んでいても仕方がないと分かっていながらも、ベッドに駆け寄り、布団にくるまって泣きじゃくった。その後すぐに彼に連絡をしてやりとりしたのだが、これから頻繁に会えないことを考えると、急に心も体も遠くに感じた。

正直高校に落ちたことなどどうでも良かった。別に彼と一切会えなくなったわけでもなかった。それでも、彼と会う、ということへの壁ができたことがこの上なく嫌だった。今まで日がな一日彼と過ごしてきたから、その日々が変化するのが、少しでも会えない日が続くのが嫌だったのだ。彼と過ごす時間が短くなるのが嫌だったのだ。

今でも似たようなエピソードに触れたりすることで、彼との記憶が想起される。正の感情も負の感情も無尽蔵に湧き出ててきて涙がこぼれ落ちる。何が悲しくて泣いているのかも分からなくなってしまうほどに色々な感情で頭がいっぱいになり、少し頭が重く感じる。彼と頻繁に会えるようになり、少しでも一緒にいられる時間を長くできれば、それでいい。別になにかする必要もなくて、ただ一緒にいてくれれば、それでいい。そんな関係。そんな人。

どれだけ彼のこと想ってみても、どれだけ叫んでみても、現実にならないし、声にならないし、叶うこともない。それでも、彼と毎日過ごせた日々に戻って、最後の日を大切に過ごしたい。

もう一度だけ、戻りたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?