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リアル逃走中

 「外行こうぜ」と今日も美術室掃除担当の僕らは掃除をサボることを決め、教室を出る。掃除をサボりたいんじゃない、掃除場所に来ない僕らを探しに来る富田という教師から逃げることを楽しむのが僕らの目的なんだよ。

 いつもの隠れ場所、駐輪場に行くには美術室は避けて通れないので4人で窓の下をしゃがんで通る。おそらく体裁は最悪だっただろう。

 駐輪場は2階建てになっていて1階で2人、女子が校内で使用禁止のスマホを使っていたので、前を通る時に「たぶん俺らを富田が探しに来るだろうから気をつけて」とだけ声を掛けて2階へ上がった。

 2階で作戦会議をしていると、上にいる僕らからは見えるが下から来る人からは見えないであろうポジションを見つけたので、そこに見張り役として森田を配置した。2階へ上がる階段は2つあるのだが、もう1つの階段には他学年の生徒が屯っていたので、富田が来ても先にそいつらが見つかるだろうと仮定してノーマークでいくことにした。

 「きたきた!」

 森田が放った言葉を合図に僕らは奥の自転車の裏へダッシュする。ただ隠れること、逃げることだけを考えていたので制服が汚れるなんて考えずに駐車場で伏せた。動悸が高まり体がスリルを貪る。

 しかし、暫く待っても1階にいたはずの富田が2階へ上がってこない。そこで偵察役として志水が1階を見にいくことにした。足を忍ばせながら階段を降りたが、何を見たのか唖然とした顔でこちらへ戻ってきた。

 「女子がスマホバレて怒られてる」

 どうやらスマホに夢中だった女子2人は富田に気づかず、捕まってしまったらしい。1階で説教が行われている。「ああ、警告したのに」と口では言いながらも性格が腐っている僕は好都合だと思った。これでどちらの階段から富田が上がってくるかを落ち着いて確認できるから、確実に反対側の階段から逃げることができると思ったのだ。そう思い、僕が2人目の偵察役として駐輪場の階段側へ駆け寄り1階を見下ろすと案の定、富田をしっかりと確認できる。見たところ、奥へ隠れるときに数名が大きめの足音を出したせいか2階にいることはバレいるらしい。フェイントをかけるかのように左右に揺れながらどちらの階段から上がろうか迷っている富田がいた。

 そのまま暫くは奥の自転車の裏で伏せて隠れていたが、誰も2階へ上がってくる気配がないので偵察役最後の1人、浜田を連れて3人で富田が去ったかを見にいくことにした。3人でしゃがみ、小走りで階段の前まで移動して、悩んだ末に右側の階段を選んでゆっくりと降りた。富田はもういない。僕らの勝利だ。その喜びで2人は先に走っていったので、2人を呼び止め、残った森田に合図を出して駐輪場の1階へ降りた。

 だが僕らは皆んなして注意深いので、正確にはまだ勝利が確定していないことを分かっていた。富田が靴箱で待ち伏せしている可能性があるからだ。こすっからい僕らが富田に裏を取らせるわけがないだろ。僕の学校は1・2組と3・4組の前後半で靴箱の場所が分かれている。僕らは2組なので普段なら前半組の靴箱へ行くのだが、そこに富田がいる可能性があるので後半組の靴箱から校舎へ入ることにした。

 後半組の靴箱の前で靴を脱ぎ、駐輪場で伏せたときについた制服の汚れを払い落としてから靴を手に持って校舎へ入る。この靴箱から前半組の靴箱までは少し距離があるので、その道のりでも注意を払わなければならない。富田だけでなく、他の教師にも見つかると、靴を手に持ったまま校舎を彷徨っているものだから当然変に疑われてしまうであろう。更には2つの靴箱の間には美術室があるのだ。ここでも富田がいないか周りを見回す必要がある。

 雑巾掛けされたばかりのまだ濡れた廊下で靴下を湿らせながら前半組の靴箱へ向かう。美術室が見えた。ここでも窓の下をしゃがんで通る。幸い、教師には見つからなかったが、しゃがんで歩いているところを見られてしまうとあまりにも露骨すぎて訝しく思われてしまう。

 遂に靴箱の前まで来た。偵察役を代表して僕が靴箱の横にある階段を駆け上がり、上から靴箱を確認する。富田はいない。今度こそ僕らの勝利が確定した。手に持っていた靴を片付け、スリッパを履いて教室へ戻った。

 「あの俺らからしか見えないポジションを見つけたのはでかかったよ、MVPは森田だな」。教室の真ん中で昼食時に買ったコーラを飲みながらそんな話をした。

 「明日もやるか」

 「いや俺はもうやらないよ、これで満足」

 僕はそう言って席に座り、残りのコーラをぐいっと飲み干した。



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