しゃべりかけない美容室


※前回の続きです

「美容院ナビ」の登場は洗髪ブームを起こしただけにとどまらなかった。

ユーザは洗髪以外にも多くのものを望んでいたのだ。それを明らかにした。

その1つが「喋りかけない美容院」である。美容院には、「客にしゃべりかけること」が、美容師のアイデンティティーかのように、やおら、話しかけてくる。やれ「今日はどこか行くんですか」「このあたりにお住まいなんですか」「それどこで買ったんですか」など。

会話が好きな人にとっては、この投げかけは温かかろう、心温まろう。しかし、会話が苦手な人にはこれは苦行でしかない。某村上春樹は、引っ越しして遠くになっても、行き慣れた美容院にずっと通っている。なぜならそこの店の美容師は喋りかけてこないからだ。そんな話を読んだことがある。

そのように特定の人には「喋りかけてこないこと」がとても重要なのである。しかも、雑な喋りかけだと、こちらがむしろ話を膨らましてしゃべる必要がある。たとえば「これからどこいくんですか」と聞かれると、実際はどこにもいかなくても「どこにもいきません」というと、質問してくれた美容師に申し訳ないので、「これから友達とのみにでもいく予定で」と言ってしまう。いもしない友達をでっち上げて空想の飲み会を開くことになる。エアワタミである。しかも、そんな時に限って美容師は「へー。どこで飲むんですか」と返してくる。空気をよめよ、と。今時、そこらのAIロボットりんなでも、もう少しましな返しをするよ、と。

そのニーズが爆発し、美容院は空前の「無言カット」ブームになった。「無言カット+0円」と、マクドナルドの「スマイル+0円」を彷彿する波が押し寄せた。

「喋らない、喋りかけない、喋らせない」と非会話3原則を打ち出す店があり、「空前絶後の無言」と静かな店をPRする店ができた。あるいは、「耳栓をしていただきます」という店まで登場した。

なお、このブームは、飛び火し「視覚も消した真っ暗美容院」まで誕生した。なお、その店は、髪がどれくらい切れているかわからないという問題があり、すぐに潰れた。

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