マガジンのカバー画像

眠る前に読む小話

114
眠る前に読む一言小話です 読者になっていただけるととてもうれしいです。
運営しているクリエイター

2017年3月の記事一覧

花咲く花屋

「すいませーん」

店先から声がする。花束を包んでいた手を止めて、入り口を覗く。スーツを着た男性が立っている。

「すいません。何か花束を見繕って欲しいんですが」とスーツは仰る。40代か。少し頭に白髪が見えるが、ダンディなおじさまだ。日焼けした笑顔が美しい。

「かしこまりました」と男性の方に向かう。その時に、私は気づいてしまう。パンツのチャックが全開であることに。

普通のパンツならば相手が立っ

もっとみる

なぜ彼らはインターネットに殺されたのか?

2017年、ついに脳波で操作するパソコンが実用化されました。

脳に埋め込むタイプではなく、頭皮上に電極をおくヘッドセットタイプです。

利用者はそのヘッドセットを通じて、脳波による指示をパソコンに送ることができるようになりました。パソコンは、その依頼を受け、メールの作成や動画の再生、パソコンのオンオフなどができるようになったのです。

アーリーアダプターとして、それらのヘッドセットを使い始めたの

もっとみる

バニラの花言葉

明細胞肉腫という珍しい癌だった。28歳という若さで発症したためか、発覚した頃にはもう手遅れだった。

アヤは一言で言えばよく笑う子だった。僕のメールの文章が硬い、とケラケラと笑った。チャックが開いてるよ、と笑った。泣いている時もあったけれど、その10倍は笑っている子だった。僕は彼女の笑顔を見ているだけで、幸せになれたものだった。

病室で彼女は「バニラシェイク」をよく欲しがった。僕はマクドナルドの

もっとみる

ハンバーガーを毎日食べる男とハンバーガーが嫌いな女

「アメリカでは、インアンドアウトという美味しいハンバーガー屋さんがあってね」と、サダさんが喋る。

まさかこの人が、こんなにハンバーガーが好きだったなんて。

サダさんは、延々とインアンドアウトバーガーがいかに美味しいかを力説する。レタスのシャキシャキがすごいんだよ、と。私は、そのレタスは紀伊国屋の閉店後に調教されたレタスかしら、と考える。

インアンドアウトが素晴らしいのはわかった。ただ、問題は

もっとみる

世界を救ったパン

ミチがカフェで友人を待っていると、隣の席の会話が耳に入ってきた。

- パンと他の料理の違いはわかるか?

白髪の恰幅の良い男性が、若い男に質問を投げかけている。パンと他の料理の違い?主食じゃないということかな。

- なんでしょう。こねる必要があるということでしょうか。でもそれだったら、そばやピザもそうだし、、、

前の男が、頭をひねりながら喋る。

- 違う。パンはな、手で食べるということだ。

もっとみる

ifもしも、あなたが浮気している時に、妻の浮気を見かけたならば。

ナオトは、雨の中のターミナル駅の商店街を浮気相手と歩いていた。すると、前方から知った人が歩いてくる。距離としては200メートルくらい離れているだろうか。ナオトの妻だった。しかし、ナオトの妻も男性と寄り添って歩いていた。腕を組んでいた。ナオトも浮気相手と腕を組んでいた。

ナオトと妻は目があった。とっさに透明傘を前に倒したのは妻の方だった。夫が思わず立ち止まったら、浮気相手が「どうしたの?」と話しか

もっとみる

黒板に文字を描くのがとてもきれいな女の子の話

昔々、あるところに女の子がいました。その女の子は黒板に文字を描くのがとても上手でした。あまりにも上手で、彼女が黒板に描いた算数の回答は、間違っていても、正解にされることがあるくらいでした。先生がその文字の美しさに見とれて、うっかり正解にしちゃうんでしょうね。

学校も、市の書道コンクールに彼女の板書を送ろうかと悩んだほど美しい文字でした。ある時は、いたずらっ子たちにせがまれて彼女が黒板にきれいな女

もっとみる

ストーカーは何を追いかけるのか

「ねぇ、ストーカーされたことってある?」

- うーん。ないかなぁ。

「私はあるの。大学生の頃」

- どんな風に?

「私が行くところ、どこにでもその人がついてきていたの。たとえば、スーパーに行って振り返ればその人がいたし、部屋を出て道を見渡せば、その人の車があったの。もちろん、たまにはいない時もあったけど」

- それ、怖くない?

「最初は怖かった。でも、その人は何もしてこないの。何もして

もっとみる

優しい雨

駅を出ると小雨が降っていた。最近、雨が続く。

でも今日ばかりは、この小雨が気持ち良い。待ち合わせのカフェに向かう途中、過去の思い出が蘇る。

彼と言った旅行、かけてくれた言葉、一緒に作った料理。なぜか別れ際は、良い思い出ばかりを思い出す。もし人間の脳が優れているならば、こんな時は、別れの後押しをしてくれよ、と思う。別れるのに決心が鈍るじゃないか。彼が神経質すぎたところとか、朝が起きれない点とか彼

もっとみる