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眠る前に読む小話

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眠る前に読む一言小話です 読者になっていただけるととてもうれしいです。
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2016年4月の記事一覧

嘘のつけない国

その国では、人は嘘をつくことができなかった。嘘をつこうとすると声がでなくなった。本当のことしか言えなかった。

ゆえに政治家は黙秘を徹底的に行使した。冤罪はかなり減った。嘘発見器は売上がたたなかった。

会社では、嘘にならないグレーの表現方法が匠の領域まで昇華された。「仰ることは否定しませんが、しかし同時に必ずしもそれは肯定するという意味にはなっていないといなさんは思っていると私は思っています」と

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空と鼻歌とスキップと

「見て、今日の空。気持ちいいね」

と、LINEが届く。「空のことを話ができる人は心が軽やかな人だ」という話を聞いたことがある。心に重たいもの、悩みや苦しみを持っていると、人はうつむき、空を見上げることができない。ゆえに、空の話をできる人は上をむいている人、すなわち、心が軽い人だ、という論理だ。

それが本当かどうか知らないけれど、僕自身、辛いときは窓の外を見上げていなかったような気がする。気分が

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平日を締めくくる一杯

金曜日、予定がない時は地元の駅から家に帰る途中にあるバーによる。飲み屋といってもいいのかもしれないけれど、それよりは多少は上等なグラスを使っていて。

榊さんという25歳のバーテンと一番話があう。2人ともフランスの映画が好きで。でも話題はもっぱら「最近、何か映画みた?」から始まる。彼に会うために映画を見てしまう時もある。

この店は通い始めて5年になるけれど、過去の恋人は一人も連れてきたことがない

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黄金のうなずき

仕事をしていると「ファシリテーション」をしないといけないことがある。いわば会議をスムーズにするための進行役だ。

お題を設定したり、時間調整をしたり、意見を促進したり。簡単に見えそうで相当なテクニックが求められる妙技だ。

このファシリテーションが上手な人から、あるアドバイスをもらった。ファシリテーションをうまくするテクニックの1つが「うなずく」ということなのだ。

あなたは何も喋らなくて良い。あ

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桜の呪い

美しい桜を求めて毎年、歩いた。

代々木公園、上野公園、井の頭、千鳥ヶ淵などの都内の名所はもとより、日光や鎌倉なども伸ばした。青森の弘前城や山梨の山高神代桜、福島の三春滝桜などの日本を代表する桜の名所も回った。昨年は奈良の吉野もめぐった。

ただ、まだ僕はあの桜を超える桜を出会えていない。

彼女とその桜をみたのは7年前だ。目黒川沿いの何気ない桜のコンクリート。ロゼのワインを飲みながら桜を愛でる人

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春の色

春の色は国によって違う。日本はピンクだろう。それは桜のピンクによって生み出されている共通想起だ。

アラビア半島では、春に砂嵐が来るため、その砂嵐のオレンジ色が春のイメージとなる。中国では五行の青色が春に対応しているので青と言う。「青春」という漢字を思い返すと、まさに青い春と書くのである。欧州では春を訪れる花としてミモザが愛でられ、その黄色が春のイメージを想起させる。

しかし、いつか日本では春の

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方言を隠し通せる人には要注意

こういう話を聞いたことがある。

関西人の人がいる。よって地元に戻れば関西弁だ。しかし、彼女は東京で働いている時は、一切、関西弁を出さない。彼女が関西出身ということを知らない人も多い。

一般的に関西人はなかなか方言を直さない。他の方言の人よりも直さない。これは主張の問題もあるだろうし、比較的、許容されている方言ゆえかもしれない。ただし、これは母数が多いため、そう思われるだけであり、本当はもっとい

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ショートショート:カステラの底

カステラの底に付いているものを、私はずっとカステラだと思っていた。パエリアの魚介の殻のように、食べられないけれども、それはパエリアを構成する重要な1つのように、私はその殻をパエリアだと思っていた。それと同様に、私にとってカステラの底のあれは、紙ではなく、カステラだった。カステラを構成する1要素であり、カステラからは分離できないものだった。

しかし、私はいつか気づいてしまう。あれは紙でしかないのだ

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