物心ついたとき

幼稚園に入る前くらいだっただろうか。
自分の母親が病気であることを自覚したのは。

呼吸器の病気だった。
母自身が10代の頃から患っていたようだ。
喀血してゼコゼコした呼吸音は聞いてるだけで苦しく、幼かった私は不安になった。

「濡れたタオルで鼻と口を塞がれているみたい。」
具合が悪い時によく母が言っていた。
当時は本当の辛さを私は理解できていなかったと思う。

私にはきょうだいが1人いるが、年が離れていたため家族の中では私だけ子供扱いだった。
喀血している時はなるべく見せないように、ショックを与えないように、そう配慮されていたと感じた。

それでも見えていたし解っていたけど、そういう家族の気持ちを汲んで特に何も聞かず私は明るく振る舞った。

「ちょっと部屋で遊んでて」
母の具合が悪く、仕事を早退して帰ってきた父に促される。
心はドキドキしていたが、明るく、何も悟ってないように「はーい!」と返事をして子供部屋で過ごす。

この時から、
空気を読んで察して行動をする、
自分の気持ちは素直に言えない、
どう思われてるかで自分の行動を変える、
良い子でいようとする…
HSPの気質に拍車をかけた気がする。

いつか母が死んでしまうかもしれない。
そんな不安が付き纏った。

結局、年齢を重ねるごとに母の病状は悪化していき、
私が小学生の頃には入退院を繰り返すようになった。
対症療法ではあるが大きな手術もした。
でも良くなることはなかった。

母が亡くなってから暫くして、同じ病気の方が海外で手術したことがニュースになったと思う。その後どうなったかはわからないが、母の時にもこの手術があればなぁ…と思った瞬間、父が同じことをポツリと言った。



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