美容院の予約を取ったつもりだったが、日を間違えていたので暇になった。
駐車場から出て、日差しの強さに項垂れながら家の外門まで歩いていると、蝉が一匹、ひっくり返って死んでいた。
今季、初めて蝉を見た。
夏というと朝方から蝉の声がするものだが、今年は何故だか、8月に入っても蝉の声は聞こえていなかった。
気温変化のせいで、ついに蝉も地中で蒸し殺されたのか。暑さで八日の命すら縮まったのだろうか。
そんなことを、ちらと考えたのが先日のこと。
かと言ってこの猛暑の中、蝉の声を探すために日中外に出るはずもなく、蝉のいない夏を過ごしていた。
そして、先程出会った蝉の死骸。
それに対して少しばかりの感傷を抱きそうになったが、照りつける太陽は私の歩みを数歩遅らせただけに留めた。
しかし、まだ脳裏にあの腹の焦茶色が、羽の鈍い光沢が残っている。
この蝉は、この夏、どこかで生きていた。
そう思った途端、急に裏山の方から蝉の鳴く声が響いてきた。
あれは本物の蝉の声だったのか、今が夏だと認識したことで蘇った、過去の夏が呼び起こした幻聴だったのか。
今も、冷房の音の隙間に耳を澄ませてみると、蝉の声が聞こえている気がする。
これ以上、今が夏であることを明確にする必要はない。
私はカーテンを閉じた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?