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短編小説「彼女の魔法」

ー「実は私、昔、魔法使えたんですよね。
信じてくれますか?」


僕は彼女の事を何も知らなかった。



付き合って3年目、未だに敬語で話す彼女は謎の多い人だった。待ち合わせはいつも最寄り駅のコインランドリーの前。1度も遅刻したことの無い僕より先に彼女はいつもそこに立っていて、そして決まって同じ曲を聴いている。

「貴方に会う日のオープニング曲みたいなものです。」

と恥ずかしそうに笑う彼女は、僕に気づくとイヤホンを外して手を振る。今日もいつもと同じ、人前で手を繋ぐことも無い僕らは一定の距離を保って歩いているだけで、なんだか居心地がよかった。



そんなある日のこと、隣を歩く彼女がこんな事を言い出した。「実は私、昔、魔法使えたんですよね。
信じてくれますか?」
そうやって僕に手を差し出すのだ。僕は漠然と、彼女なら有り得なくもないような気がした。


「…今は使えないの?」
突飛な彼女に必死についていく。


「もう大人になっちゃったから…」彼女は小さく呟いて
僕の手を掴んで嬉しそうにまた歩き出した。


僕は何が何だかわからなかった。


どうして彼女がそんな事を言い出したのか、どんな意味があるのか、何一つわからなかった。分からないことだらけの彼女は、満足したような顔をして僕を見ている。そして僕はまた、彼女の事が知りたくなるのだ。もっともっと、知りたくなってしまうのだ。
これが彼女の策略だったとしても、僕はもうそれを見抜くことも出来ずに、これからも君の手に惹かれて生きていくんだと思った。


最後まで読んで頂きありがとうございます。
またいつか。

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