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感想『宇宙・動物・資本主義──稲葉振一郎対話集』"なぜ面白いのか" 極限まで構造化して説明する思考の深さ

社会哲学者・稲葉振一郎先生の新著『宇宙・動物・資本主義──稲葉振一郎対話集(晶文社)』を読んで、特に印象に残った章や感想をまとめてみました。6/23の対談に備えて、ほぼ自分用の備忘録として残しておきます。

※追記:公開対談配信後の感想をこちらの記事にまとめました!


感想

特に印象に残った章について、いくつかピックアップ。

「風の谷のナウシカ」のアニメ版と漫画版の描いた未来像の対比について(まえがき「お先まっくらのだれも歩いたことのない未来を肯定する」より)

漫画版『風の谷のナウシカ(アニメージュ)』(6巻、出典:Amazon)

初手「風の谷のナウシカ」のアニメ版と漫画版の描いた未来像の対比。メシア登場による救済、みたいな古典宗教的な分かりやすい世界観(アニメ版)を宮崎駿自らが否定し、「お先まっくらのだれも歩いたことのない未来」を足掻きながら進む存在(漫画版)として人類を再定義する。

改めて考えると、核戦争の恐怖が最もリアルだった冷戦の時代に当時子供向けだと思われてたアニメ映画でポストアポカリプスもの(最終戦争後の地球を舞台にした作品)をやった宮崎駿はなかなか凄いですね。

「世界が偽物である疑惑とそれからの脱出」というのはSFでは定番ネタだけど、現在起こっているメタバースのムーブメントは、実はSFに刺激されたオタクの欲求が表出した現象と言えるかもしれない。私自身まさしくそれで「自己の本質への気付き・旧世界からの脱出・新世界の冒険・大自然の偉大さ・意思つよ美少女」みたいな宮崎駿的世界観を仮想世界に再構築しようとしていたのかも。それは認知の革命でもあるし、現実からの逃避でもある。

SFを未来予測の手法と捉えて、そこで登場する仮想世界(メタバース)と価値観の変化を考察する試み(5章「AI『が』創る倫理」より)

初音ミク(出典:piapro.net

SFを未来予測の手法と捉えて、そこで登場する仮想世界(メタバース)と価値観の変化を考察する試み。

初音ミクを人間の集合体(国家、法人)を擬人化したもの、とメタバースにおける「分人」現象と逆バージョンで、メタバースでも結構事例がある。いずれにせよ「個」の境界が不定形になる、というのはSFで予期されたことが今実際に起こっていると思う。

AIとの共生した社会の倫理について。雇用を奪うAI、理解を超えた超知性とだう共存するか。メタバースは、AIにボディを与える必要がなく、人間とのインタラクションをデータ化するのが容易なので、今後AIを加速度的に進化させる実験場として機能するはず。

メタバース・ネイティブは何を信仰するのか?(6章「学問をSFする - 信仰としてのSF」より)

柴田勝家『雲南省スー族におけるVR技術の使用例 (早川書房)』(出典:Amazon)

生まれながらにメタバースで過ごす原住民を文化人類学的に描いた『雲南省スー族におけるVR技術の使用例』は、まさに『メタバース進化論』の予言であり未来像という感じ。(未読ですが…)

メタバース・ネイティブは何を信仰するのか? 「正しさ」が根本からひっくり返るような価値観の相転移は実際のメタバースでも起こっている。

物理法則を書き換えられるメタバースでは現代科学さえももはや絶対の教典ではない。それこそ、エーテルや燃素が支配する宇宙もここでは作れてしまうのだから。

アニミズムを維持したまま唯一近大国家になった日本から、メタバース文化のブームが世界に先んじて生まれたのは偶然ではないと思っていて、日本的・多神教的価値観はメタバース時代の人間の価値観を形作る上で今後大きな意味を持つと思う(これは私の個人的な考えなので、対談で稲葉先生にぶつけてみる)

『進撃の巨人』がJUMP冒険漫画の非現実的な世界構造へのアンチテーゼである、という論考(11章「中国・村上春樹・『進撃の巨人』」より)

諫山創『進撃の巨人(週刊少年マガジンコミックス)』(1巻、出典:Amazon)

『進撃の巨人』がJUMP冒険漫画の非現実的な世界構造へのアンチテーゼである、という論考はなるほどと。

『ONE PIECE』のグランドライン然り『HUNTER×HUNTER』の暗黒大陸然り、「この現実は仮初のもので、その外に真実の世界があるはずだ」というユートピア的な仮想現実の物語を描く構造。

『進撃』はその期待を意図的に否定し、憧れた海の向こうに待ち受けていたのが結局人間と差別のディストピアでしかなかった、という絶望感で主人公を打ちのめし、その絶望感そのものが乗り越えるべき真の的であると示す。

あの複雑で分かりずらいのになぜか面白い『進撃』の魅力をこれ以上なく腑に落ちた。(マーレ編は絶対つまらなくなると思ってたけど何故か最後まで面白かった)

そして、この関係が本書冒頭の「ナウシカ」の「映画版VS漫画版」と同じものになっている構成も美しい。(多分)

安直なヒーロー的世界観の喪失と、決してハッピーエンドに辿り着けないループ構造への気付き、そして、それでも諦めずに抗い続ける不屈さに人間の美しさを見出す。たしかに一緒だ。ナウシカと進撃。

メタバースで現実から抜け出した私たちも、いずれそれが当たり前のものとして普及したとき、エレンと同じ失望を味わうんだろうな

全編を通して

まさしく「不世出」の社会哲学者・稲葉振一郎先生の思考の広さと深さを旅するような読書体験でした! 面白かったです。

実は今回の話、元々は「書評を書いて欲しい」というお話だったんだけど、わがままを言って「対談」に変えてもらって本っ当によかったです。登場する対談相手が豪華過ぎるし、参照されている文献が多すぎて、それ全部読まずに私ごときが偉そうに書評するのはいくら何でも恐れ多すぎるなと。

村上春樹とか大好きですが、近年の複雑なメタファー構造の作品は語れるほど理解レベル高くなかったりします。ただ、知的な人はこういう解釈で楽しむのね! という学びは大きかった。どっちかというと、個人的には三部作とか『ダンス』とか初期のシンプルな作品の方が好き。(特に『世界の終わり』の二重世界構造は私の小説『仮想美少女シンギュラリティ』の下敷きにしたくらい好き)

稲葉先生と好きな作品がかなり被ってたのと、それらの解釈を読めたのは凄く嬉しかったです。私も「好き」は理屈を付けて説明するほうだけど、「なぜ面白いのか」ここまできちんと構造化して説明する思考の深さは、作家の端くれとしてとても参考なった。

という訳で、6/23に稲葉先生と対談させて頂きます。恐縮ですが、全霊で実りのある対話にしたいと思いますのでぜひ。

6.23 稲葉振一郎✕バーチャル美少女ねむ 公開対談『宇宙・動物・資本主義――稲葉振一郎対話集』発売記念

本書の発売を記念して、6月23日(日)20:00より、稲葉振一郎とバーチャル美少女ねむによる公開対談をねむのYouTubeから無償でライブ配信することが決定した。不世出の社会哲学者はメタバースが人間・社会に及ぼす影響をどう見るのか? メタバースで生きるバーチャル美少女は対談集からどんな未来を思い描くのか。本書に収まらなかった「もう一つの対談」から目が離せない。

本対談は書評新聞『週刊読書人』の主催によって行われ、対談の模様は後日記事化され『週刊読書人』7月12日発売号に掲載される予定だ。
週刊読書人

『宇宙・動物・資本主義──稲葉振一郎対話集(晶文社)』

『宇宙・動物・資本主義──稲葉振一郎対話集(晶文社)』

【概要】
哲学、倫理学、社会学、経済学、宇宙開発、ロボット工学、文芸批評、文化研究、SF、ファンタジー、コミック、アニメーション──現代日本が誇る不世出の社会哲学者・稲葉振一郎の膨大な仕事、広大な関心領域を一望のもとに収めた初の対談集。大屋雄裕、吉川浩満、岸政彦、田上孝一、飛浩隆、八代嘉美、小山田和仁、大澤博隆、柴田勝家、松崎有理、長谷敏司、三浦俊彦、河野真太郎、金子良事、梶谷懐、荒木優太、矢野利裕と第一線で活躍する作家、批評家、研究者を迎えて縦横無尽に語り尽くす。

【目次】
第1部 人間像・社会像の転換
 01 新世紀の社会像とは?(×大屋雄裕)
 02 〈人間〉の未来/未来の〈人間〉(×吉川浩満)
 03 社会学はどこまで行くのか?(×岸政彦)
第2部 動物・ロボット・AIの倫理
 04 動物倫理学はいま何を考えるべきか?(×田上孝一)
 05 AI「が」創る倫理──SFが幻視するもの(×飛浩隆×八代嘉美×小山田和仁)
第3部 SF的想像力の可能性
 06 学問をSFする――新たな知の可能性?(×大澤博隆×柴田勝家×松崎有理×大庭弘継)
 07 SFと倫理(×長谷敏司×八代嘉美)
 08 思想は宇宙を目指せるか(×三浦俊彦)
第4部 文化・政治・資本主義
 09 ポップカルチャーを社会的に読解する──ジェンダー、資本主義、労働(×河野真太郎)
 10 「新自由主義」議論の先を見据えて(×金子良事)
 11 中国・村上春樹・『進撃の巨人』(×梶谷懐)
 12 どうしてわれわれはなんでもかんでも「新自由主義」のせいにしてしまうのか?(×荒木優太×矢野利裕)

【書籍情報】
書名:宇宙・動物・資本主義──稲葉振一郎対話集
著者:稲葉振一郎
発売日:2024年5月24日 Amazonで発売(全国の書店でも発売中)
判型・頁数:四六判、並製、608頁
定価:本体3,800円+税
版元:晶文社
宇宙・動物・資本主義──稲葉振一郎対話集(Amazon)

『仮想美少女シンギュラリティ(VTuber文庫)』

脳と機械を繋ぐ「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)」研究者の「私」は、実験中に意識を失っている間に、自分がバーチャルYouTuberとしてアイドルデビューしたことに気づく。YouTubeに残されていたのは謎の仮想美少女「ねむ」が「お前は誰だ」と自問自答する奇妙な動画だった…
ねむの目的は何なのか? 人類はついに現実の肉体のくびきから開放され、新人類へと進化するのか? 進化を目前とした人類の葛藤と恐怖を鮮やかに描く黙示録。

『メタバース進化論(技術評論社)』

バーチャル美少女ねむ『メタバース進化論(技術評論社)』は、メタバースに興味を持った幅広い読者の方を対象に、現在のメタバースの真の姿、そしてその革命性をわかりやすく伝える「メタバース解説書の決定版」です。自身も黎明期のメタバースで暮らす"メタバース原住民"の一人である著者・VTuber「バーチャル美少女ねむ」が、自分自身の体験、数多くのユーザーへのインタビュー、そして全世界のユーザー1,200名を分析した大規模調査「ソーシャルVR国勢調査」を元にメタバースのリアルを明らかにする、世界初の「仮想世界のルポルタージュ」です。

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