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うつ病でも、うつ病だからこそ、幸せを見つけられた

精神障害者になった(精神障害者福祉手帳を持った)
約1年半前。
あの頃の私は必死に
「普通」の24歳を演じようとしていました。

本当に障がい者手帳なんて私に必要なのか、
私が自分に甘んじているだけではないか、
持っているけれど絶対に知られてはいけない、
そんなふうに思っていました。

だから
人と会う時には
「自分は人生それなりに楽しんでますよ」
というふりをしていました。

一人になったら心の闇に飲まれて身動きが取れなかったくせに。


1年半経った今。

あの時の私に、
「あの頃は必死に生きようとしていたんだね、頑張ったね」
と労りの気持ちを感じます。

あの時手帳を持つ決断をした自分を褒めてあげたい。

あの頃の自分が聞けば、
「そんなことない!自分なんて、、!」
って反論が返ってきそうです。

ですが、自分自身が
“できないことがある“
と認めたことで大きな変化がありました。


  • 周りの人の優しさに気づけるようになって、
    その優しさを正面から受け取れるようになった。

    自分のしんどさに気づいてくれて、
    手を差し伸べてくれることに感謝できるようになった。

  • ちょっとずつ自分の感情に目を向けて、
    その感情に名前を付けられるようになった。

    感情の奥底にある
    心と体の「もう動かないから休んで!」
    という声が聞こえるようになった。

  • 自分の心の声が聞こえるようになったから、
    周りの人の行動の裏にある
    心の「今しんどいんだよ!」が
    聞こえるようになった。

  • 周りの人の心の声が聞こえるようになると、
    その人に手を差し伸べられるようになった。
    その手を繋いで一緒に前を向けるようになった。

  • 前を向いた先には、
    小さな、本当に小さな、
    幸せのタネがいっぱい落ちていて、
    それを大切に心のポケットに
    しまえるようになった。


今現在も
毎日元気な日ばかりじゃなくて
心と体が動かなくて
存在価値を見失うこともあるけど、

そんな日があってもいいんだと教えてもらって
またエネルギーが溜まったら動けばいいんだと
気づけるようになりました。

雨の日もあれば
晴れの日もあって
曇りの日だってある。
それと同じだと。

雨の日があっても
それでみんな生きているじゃないかと。

それに26歳の今気づけた私は
幸せ者だと思います。

正直うつ病が治るとは思ってなくて
心の脆さとは一生付き合っていくのかな、
と思っているけれど、

幸せの見つけ方を知った私は
絶対にこの人生に後悔はない
と思います。

こんなに毎日たくさんの幸せを見つけられるのは、
うつ病になった私がいるから。

心のセンサーの感度が良くなったおかげ。
(感度が良すぎて苦しいことも多いけどね。)

それでもこの取り扱いが大変な贈り物を使って
私は生きていきます。

それが紛れもない
本当の“私“だから。

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