長年の風雨で灰色がまだらになった塀の切れた辺りに、だらりと伸びた枝が垂れている。枝には緑というより黒に近い葉が鬱蒼と茂っているせいでそこに細い道があるようには見えなかった。傘をさしていては行き違えないほど細い道は舗装されておらず、日陰で湿った土は踏めば泥水が滲み出てきそうだ。時折り蜘蛛の糸が光るその道を登った突き当たりに古いアパートが建っている。

三部屋づつの二階建て。周囲を囲むように伸びた草木の間を小さな蛾が飛んでいる。かなりの格安物件だが住んでいるのは2号室と4号室だけ。空き部屋を見に来る人はたまにいたけれど、大抵は外観を見ただけで引き返す。霊感のあまり無い人でもその薄気味悪さと居心地の悪さに気付き、いないはずの人の気配に何度も振り向く。そんなアパートの2号室には物静かで細く背の高い男が住んでいた。彼は訳あり物件を好んで住んでいる若い男で、その体験で日銭を稼ごうと考えていたが霊感はまるで無いようだ。2号室には用がないので通り過ぎて階段へ向かう。

ギシギシ鳴る階段を13段上がると4号室だ。そこには中年男性が住んでいた。その男もまるで霊感が無く、薄気味悪さどころか静かで夏でも涼しく家賃も安いアパートをとても気に入っていた。4号室の前に立つと壁やドアが薄いせいか男の鼻歌が外まで聞こえている。私はため息をついて部屋の中を覗き込んだ。

やっぱり。

中にはたくさんの女性がいた。服装も年齢も様々な女性がぎゅうぎゅう詰めの状態でぎっしり。見知った顔を探して近寄り声をかける。

「かなり待ってるの?」

彼女はうんざり、といった顔で頷く。

「私タイミングが悪いのかな。ほぼ毎回なんだけど。」

「私もだよ。タイミングが悪いっていうか…長すぎるよね。タイミングよく行ける人の方が少ないんじゃないかな。」

私達が話している横をスーッとお爺さんが通りすぎてドアをすり抜けて消えた。

「いいなぁ、お爺さんの霊には関係ないもんね。…早く出てくれないかなぁ。」

私達だけでは無く、ぎゅうぎゅう詰めの女性達が羨ましそうにため息をついた。と、男の鼻歌が止んだ。みんなの瞳が期待を込めてドアを見つめる。

ギシギシと男が立ち上がる足音。

ザァッと水が流れる音。

男がドアを開けて出てくると、みんな一斉に向かった。

「やっと出た!もう本当この人トイレ長すぎ!」「一人暮らしだと思って、私達のことなんか全然考えてないんだよ。まぁ仕方ないけどさ。」

女性達は次々と霊道を目指す。ここを通らないとあの世へ帰れないのだ。

「なんで今回ここに霊道出来ちゃったんだろうねー。霊になったって男が使用中のトイレなんか入れないよ。」

「匂いとか分からないだけマシかな。」

一人暮らしの男は部屋でゴロリと横になった。その上をたくさんの女性の霊が通り過ぎていく。みんなに続いて私と彼女もトイレの壁に出来た霊道へと入っていった。

え!?サポートですか?いただけたなら家を建てたいです。