部屋

気がつくと私はその狭い部屋にいた。畳で言うと何畳かは分からない。最近畳の部屋見てないし。けれどひどく狭いことはわかる。両側の壁まで手を伸ばさなくても届くくらい狭い。部屋の中央にある椅子に座らされたまま、どのくらい閉じ込められていたのだろうか。上を見るとぼんやりとした明かりが一つ。窓が一つ。窓は女性なら頑張れば通れるか…いや途中ではまって動けなくなりそうなサイズだ。脱出不可能と思っていいだろう。

そもそも何故こんな狭い部屋に閉じ込められているのか。私に何があったのか、思い出さなくては。

確か仕事帰りに真っ直ぐ帰ろうかどこか寄ろうか考えながら歩いている時に突然声をかけられた。「久しぶり!」笑顔で話しかけてきた髪の長い美人が誰だか分からず戸惑っていると、両手の指を丸くして眼鏡を作り顔にあてて見せた。「もしかして…ナツ?」ナツは嬉しそうに頷いた。高校生の頃はお互い化粧してなかったし。眼鏡をかけて三つ編みだったナツは8年ぶりに会っても分からないくらい綺麗になっていた。

ナツに誘われてワインの美味しいお店に行ったのも覚えている。8年も会ってなかったとは思えないほど盛り上がったのも。まだまだ話し足りなくて、ナツの知っているバーに移動してカクテルも飲んだ。ナツは何かをロックで飲んでいたと思う。

そういえばナツは?彼女はどうしたのか。どこかで私と同じように閉じ込められているのか。

バーはカウンターとテーブルが2つ。カウンターの中には30代前半くらいの男性が1人いた。彼がカクテルも作ってくれて…確か急に卵焼きが食べたくなってメニューに無いのに無理に作ってもらった気がする。その後くらいから記憶が無い。

もしかしたら、あの卵焼きか飲み物に何か入っていたのか?ちょっと好みだったから油断してた。でもナツは?ナツの知っているバーだった。まさか。彼女も共犯なのか。8年も合わない間に、彼女に何かあったのだろうか。会話に何かヒントがあったかと考えても、昔話で盛り上がった事と失恋したばかりのナツの話しか覚えていない。

そうだ、とにかく助けを呼ぼう。辺りを見回してみたが携帯が無い。バッグも無い。監禁されているのにバッグも置いてくれるわけないか。

改めて部屋の中を見回してみる。右側の壁に白く長い紙が取り付けられている。そうだ、これで紙飛行機作って小窓から飛ばして通行人に見つけてもらおう。そんなドラマか漫画があった。…いや、監禁されているとメッセージが書けなければただの紙飛行機だ。誰も気付いてくれない。

何だか頭がグルグルする。薬のせいなのか。喉が乾いている。水も飲みたい。誰か助けて!ナツは味方なの?共犯なの?頭が混乱してきて、一か八か大声で助けを呼ぼうとした丁度その時

ドンドンドンドン

ドアを激しく叩かれた。ドア。ドアあったんだ、しかも目の前に。

「大丈夫ですか?もしかして寝てます?出てこないと、開けますけど?」バーの店主の声だ。恐る恐るドアの鍵を開け…鍵は内側から開くのか。そういえば拘束もされてないな。

「良かったー。倒れてたら救急車呼ばなくちゃならないかと思ったよ。ナツちゃんは酔いつぶれて寝ちゃうし、君はトイレ行ったまま帰ってこないし。」

見るとナツはカウンターに上半身をあずけて爆睡していた。隣の席に私のバッグが無造作に置かれている。二十代後半の女2人、酔いつぶれても何も無い良心的な店で良かった。疑ってごめんなさい。

ナツを連れてタクシーで帰路につきながら、固く禁酒を誓った夜だった。何度目の誓いだったかは分からないけれど。


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