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針ほどの月明かりー29ー

やがて。

両手にもポケットにも松ぼっくりが入らなくなる頃、暗い土は落ち葉で埋まりどこまでが道なのかもう林の中で迷ってしまっているのか分からなくなった頃、小さな家があった。壁はビスケットではなく木の板で出来た家。家というより倉庫みたいな建物。

「こんにちは。」

魔女や山姥が住んでいたらどうしよう、とドキドキしながら声をかける。虫の音が聞こえるだけで何も聞こえない。ドアを叩いてみても返事が無かった。ガタガタとしたドアは鍵がかかっていなくて、そっと開けるとギィィと音を立てた。中はやっぱり倉庫みたいで何かがたくさん積んであったり段ボールが置かれている。だけど押入れなんかよりずっと広い。あちらこちらで山を作っている荷物をよく見ようと近づく。どうやら全部本みたいだ。硬い表紙の本がたくさん積んである。横倒しになって開いた段ボールの中にも、ぎっしり本が入っていた。何の本だろうと真白と頭をくっつけて覗き込むと、ゆっくりと辺りが明るくなってきた。明かりが差し込む方向に顔を向ける。壁の上の方、横長の窓に、クレヨンで塗りつぶされた黒雲によけてもらった大きな月がぽっかり丸く浮かんでいる。

「満月だ。」

こんな大きな月を見るのは久しぶりだ。すごく大きくて、綺麗で、優しい満月。クラーケンのいびきも聞こえない夜。僕たちはやっと本当に自由になれたんだ。

月明かりで建物の中を見渡すと十字に結ばれた本の山と段ボールが数個置いてあるだけで、やっぱり家じゃないらしい。十字に結ばれた本の背表紙を見てみたけれど難しい漢字や外国語で読めそうにない。

「ここは魔女の倉庫なのかな。難しそうな本が沢山あるぞ。」

振り向くと真白は段ボールの中から本を一冊引っ張り出していた。表紙をじっと見て、ぎゅうっと抱えて僕を見た。

「ましろの…ましろの本だよ。」

僕に見えるように月明かりに高く掲げたのは絵本だった。表紙に『ましろ』と書かれているのが見えるけど、たぶん主人公の名前だ。真白の横の段ボールを覗くと絵本や童話がぎっしりと入っていた。人魚、海賊、恐竜。読んだことがあるもの、初めて見るもの。僕はその中から、ママが買ってくれたシリーズの一冊を引っ張り出す。もうすでに座って絵本を読んでいる真白の横に並んで座り表紙を開く。

包まれるほどの月明かりの中で僕たちの冒険はまた始まった。

え!?サポートですか?いただけたなら家を建てたいです。