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雲一つない晴天。数年ぶりの海。初めての彼と海。もちろんスクール水着なんかは着ないけど少し恥ずかしいから大胆なのじゃなくて可愛いのを選んだ。彼はあまり似合ってないサングラスをかけて大きな浮き輪を持ってきた。普通、海についてから膨らませるんじゃないの、と笑いながら電車に乗ってやってきた海は予想より人が多かったけれど何とか2人分の場所は確保できた。

暑過ぎる砂を走って海に入る。私は腰くらいの深さで充分だけど、彼はもっと沖へと誘う。彼が引っ張る浮き輪に捕まって肩くらいの深さまで歩いた。彼が私に浮き輪をかけようと持ち上げた一瞬沖へ向けて強い風が吹いた。浮き輪は数メートル先へ飛ばされてしまった。「俺、取ってくるから待ってて。大丈夫?足ついてる?」肩の高さで両足が海底の砂についていたので「大丈夫。」と笑顔で見送った。彼はザブザブと泳いで行った。

ざぶん。ごぼごぼごぼ。

さっきまで穏やかだったのに、突然高い波が1つ私の頭を超えてきた。

波で動いてしまったのだろうか。足がつかない。私は全く泳げない。海面を探して足を四方に動かしてみるが何も当たらない。顔を上に向けてみるが海面から出そうにもない。

「力を抜いたら浮くんだよ」と聞いたことがあるので試してみる…無理だ、怖くて体から力を抜くなど出来ない。犬かきなら出来るのかも、と手足を犬みたいに動かしてみる。ー出来てる気がしない。バタ足で浅いところまで頑張ろう、浮かなくてもそのうち「あれ、足着くじゃん。」となるかも知れない。滅茶苦茶ながらもバタ足をしてみて…ふと気付く。こっちの方角が岸であってるの?もしも沖に向かっていたら?海の中では方角を知る手掛かりは無かった。

あぁ、私、もうダメかも。

怖いけど、思っていたより苦しくない。もっとちゃんと水泳の授業頑張るべきだったかな。彼に悲しい思い出を作っちゃうな。お盆過ぎたら海に入っちゃいけないって、お婆ちゃんの言う事を聞いておけばよかった。まぁ霊に足引っ張られてる訳じゃないけどさ。

ごぼごぼと沈みながら、ふと、痛そうで水中で目を開けたことが無いなと考えた。どうせ沈むんだから最後に思い切って目を開けてみよう。

ゆっくり、ゆっくり目を開くと、ぼんやりと何か見える。次第に視界がハッキリしてくると、海の底の砂が見えた。カニやエビや小さな魚が私の周りに集まっている。沈んだら食べられるのかな、と見ていると1匹のカニと目が合った。(ような気がした)するとカニが爪を右、右、左、と規則正しく振りだして、魚たちが泳ぎながら縦に並んだ。先頭の4匹が斜めに泳ぎ、まるで矢印の形になった。エビが尻尾で砂を巻き上げているのが、私に矢印の方へ進めと言っているようだった。

無我夢中で滅茶苦茶に手足をバタつかせ矢印通りに進むように頑張る。私が進むと魚たちも進む。矢印の形を崩さずに、私を誘導してくれているようだった。

やがて。肩を掴まれてザバッと海面から頭を上げられた。「だ、大丈夫か!」ひどく慌てた彼が息を切らせていた。私はゲホゲホと激しく咳き込んだ。海の中より今の方が苦しい。海水を飲んだせいか喉が痛い。もうしっかりと足は着くけれど、海の中より今の方が怖くて苦しくて彼にしっかりつかまった。肩越しにカニが見えた。片方の爪を一生懸命に振っている。バイバイ、と言うよりシーッと言っているように思えた。たぶん信じてもらえないから言わないよ、と頷いて答えた。ありがとう、ね。



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