ある学校図書館が変わった話 その1
1. 新人のための講座
子どもが小学校に入学したあと、図書ボランティアの募集のプリントが、学校から配られました。
ボランティアの内容は、読み聞かせと、本の改装と書いてあり、どちらかの仕事を選ぶことができます。私は学校での読み聞かせが未経験でしたが、数カ月に1回程度ならやってみよう、と参加することにしました。読み聞かせと本の改装の両方に〇をつけました。今から十年ちょっと前のことです。
ゴールデンウィークに入る少し前、ボランティアを集めた顔合わせ会があり、初めて校長室に。まずは校長先生に挨拶しました。
学校での読み聞かせの基本的な説明を、ボランティアの先輩から受けました。
・本の持ち方 絵本を開いて、背の下の部分をしっかり持つ。画面が隠れないようにする。右に座る子にも、左に座る子にも、後方の子にも見えるように。
・ページのめくり方 ページをめくる前に、両端に座る子に見えるよう、ゆっくり画面を見せてから次をめくる。
・読み方 感情をこめすぎると、聞く側は、読む人の声や、表情が気になってしまうので、淡々と読んでよい。
…… など。
参加者は、新人ボランティアのほかに、久しぶりだから、と参加した人もいました。最後に用紙がまわってきて、参加できる日程に〇をして、スケジュールを調整してもらいます。
小学校での読み聞かせの時間は、週に1回、朝の授業開始前の15分。学校によって、時間や曜日が異なります。外部のボランティア団体に委託して、年に1度、学期に一度の場合もあります。また、実施しない学校もあるようです。
注意事項としては、運動会、発表会などの行事の前は開催しない。1時間目の授業が、音楽室などの教室の移動がある場合は5分早めに切り上げるなど。
2. 初めての読み聞かせ
私の初めての読み聞かせは、GW開けに当番がまわってきました。先輩ボランティアのSさんと一緒に入れてもらいました。Sさんは、すでに上のお子さんの時にボランティアに参加していて、今年の1年2組のボランティアの取りまとめ役をしてくれています。
ふたりで組んで読み聞かせする場合、1冊づつ絵本を持ってきて読み聞かせをします。慣れてくるとひとりで担当して2、3冊持参します。
少し早めに行って廊下で待機すると、廊下側の子がすぐに気づいて『○○のお母さんが来たよ』と中のみんなに知らせます。担任の先生が教室に現れ、朝の点呼などが終わりました。
机といすを一斉に後ろに下げる音が聞こえます。先生に『どうぞ』と声をかけてもらいます。生徒たちは、前のスペースを開けて、座りました。挨拶をしてから一番前の椅子に座って、読み聞かせが始まります。
Sさんが初回でえらんだのは『3匹のやぎのがらがらどん』だったと思います。私も生徒の隣に体育座りをして様子を見ます。
なるほど、左右の子にも見えるように、ゆっくりと本を左右に向けた後で、ページをめくっています。家で1対1で見せるときよりも、時間をかけて読んでいます。
私は『おしゃべりなたまごやき』を持っていきました。うちの子どもが好きな本だったからです。チャイムが鳴らないか気になってしまい、だんだんと早口になってしまいました。緊張して、まわりの反応を見る余裕がありませんでした。
読み聞かせをした後、担任の先生が持っている読み聞かせボランティアノートに記入します。これは、うちの学校独自のものでした。読んだ日、本の題名、著者名、出版社名、簡単なメモ(あらすじ、子供の反応など。次に選書するときに、本が重複しないように参考にします)を記入して、子ども経由でノートを先生に返す、ということをしていました。
3. 図書室のドアを開ける
なんとか読み聞かせデビューできた!、と安心したころ、本の改装ボランティアの活動のプリントがきました。古くなった本を改装する仕事です、と説明がありました。
活動場所は図書室。
初めて図書室に行きました。小学校の図書室は、教室の隣の棟にあり、中庭に面した明るい場所にあります。図書室のドアを開けると、本が棚にたくさん並んでいました。窓に沿って背が低い絵本の棚が並んでいます。奥の背が高い本棚がメインです。棚の中を見ると、昔からあったであろう、かなり古い本が多いです。
中央に、座って読書できるような、テーブルが並んでいます。
私が小学校の頃の図書室の雰囲気と似ていて(変わっていない! 懐かしい)と思いました。
当時の図書室は、小学校の先生が管理していました。ベテランの先生と、新人の先生の2人で組むことが多かったです。昼休みや、夏休みの貸し出しも担当の先生が立ち会うようで、大変そうです(ちなみにうちの地域の公立小中学校の司書の先生が来るようになるのは、数年後です)。
先生が授業の合間に挨拶に来て、あとはボランティアの先輩が説明を引き継ぎました。数年おきに担当が変わる先生よりも、ボランティアの方が図書室の作業内容を把握しているようでした。
本の改装の集まりでの作業内容は、壊れかけている本の修理と、外部から集められた本を蔵書として改装することです。改装して、寄贈本と、図書館の廃棄本が小学校の図書室の蔵書として加わりました。
寄贈本は、保護者や、地元の人からのおさがりで、背に分類コードを書いたシールを貼ったあと、本を保護するための特殊なフィルムを貼ります。
なんと簡単な説明の後、いきなりやることになりました。空気が入ってしまい、難しい、あのフィルムを本に貼るのです。奥付を見ると、昭和のものもあります。名前が本に書いてあったままのものは、マジックで隠しました。
廃棄本は、近くの図書館で廃棄する本のことで、小学校の先生方が、リヤカーに乗せてこの廃棄本をもらってきていたのを数回見たことがあります。放課後、校庭に遊びに来ていた子どもたちもリヤカーを押すのを手伝っていました。
これを学校の図書室の蔵書としてシールを貼り直しました。寄贈本にフィルムを貼るのは難しいので、新人ボランティアはこちらを進んでやっていました。
こうしてお金をかけず在庫を増やしていたのです。
年に数回、作業をしながら、学年を越えてボランティア同士で話が出来るのが楽しかったです。
読み聞かせは参加しないけど、改装作業だけならという方もいました。下の子どもを幼稚園に預けてこの時間からなら、という方や、東京以外の出身で、実は読むときのイントネーションが気になるから読み聞かせは、やらないの、と笑いながら話してくれた方もいました。普通に会話するときは気が付かなかったのに意外でした。
生徒が図書室を使うときは、ボランティアは隅のスペースで。子どもたちが本を読む様子もうかがえて貴重な時間でした。
4.メンバーの引継ぎ
読み聞かせも何度か経験し、子どもが2年生になりました。2年目も図書ボランティアの顔合わせが4月にあり、ボランティアの登録を更新しました。
参加者は、
・6年間のうちの1年間だけやるよ→普段は親御さんの介護があるから。
・1年に1回程度なら参加可能→来年上の子の受験を控えているから。
・1学期に1度ならOK
・兄弟が同時に通ってるから、今年は下の子のクラスの読み聞かせだけ参加する。
また、未就学の下の子を連れてきて、一緒に座って参加、そのあと保育園に、など自由でした。
読み聞かせができる保護者がいなくなってしまった学年は、合同でやっていました。また、ボランティアがいない学年の場合は、無理にやらずに自習や朝読書をしていたようです。
あの先生は、自分で読み聞かせを続けていて、ボランティアは募集しないんだよ。というクラスもありました。
ちなみにうちの学校は、PTAの役員としてカウントしませんでした。
その年連絡してくれたメンバー同士で臨機応変に対応しよう、という感じでした。保護者が必ず1度は参加、など義務化してしまうと、関心がない人にとって相当な負担になってしまう、かえってよくない、という配慮があったのではないかと思います。
2年生はクラス替えがなく、同じクラスのSさんがクラスの引き続き連絡係を引き受けてくれました。この頃はまだ、メールの連絡が多数派で、連絡係さんに一斉メールでスケジュールの調整をしてもらいました。
去年の2年2組の読み聞かせボランティアのノートを引き継ぎます。
これは、代々同じ教室の先生の間で引き継がれ、2年2組のノートならば去年の2年生、一昨年の2年生とずっと遡って記録が残っています。
この学年で、この時期にどんな本を読んだか、反応はどうだったかなどが書かれています。季節や、行事に合わせた絵本を選ぶときや、本のボリューム、各教科で勉強することと関連する本を選ぶ時の参考になりました。
また、年に1度、地元のおはなしボランティアの方が来てくれて、体育館で全体の読み聞かせをされていました。本の読み聞かせではなく、お話を聞いたよ、と子供が話していました。おはなしのレパートリーがあって、暗誦されているのだと思います。
5.図書室に新しい空気を
この年、先輩ボランティアSさんが、新しいメンバーをスカウトしました。リーダーとしてです。
Kさんは、6年生の子のお母さんで、市内の図書館で司書の仕事をしていました。本の隙間に入るモップを持参して、エプロンをして現れました。
Kさんはまず、月に1度、読み聞かせの時間の後から10時までの間、図書館を使わせてもらえるように図書室担当の先生に交渉します。
そしてこの後、Kリーダーによって、改革が起きます。
まず、先生に交渉して、昭和から使い続けていたであろう汚れていたカーテンを、新しい白いカーテンに変えました。窓辺が明るくなると、中も明るくなります。来たらすぐに、窓を開けて換気をしました。
それから、Kさんは、本の点検をはじめます。
ここでようやく気付いたのですが、点検、整理をしていると、思っている以上に手が汚れます。古い本の背にずいぶんほこりがたまっているのだと実感しました。そこでモップです。
リーダーによると、
・蔵書が多いほど良い図書室であるというのは間違い
古い本がほこりをかぶって並んでいるのは、子どもの健康に良くない。
・読まない本がぎゅうぎゅうに詰まっているより、現役で活用される本がすっと出せる方が良い
・本棚の上の隙間に横に置かれた本は、迷子本。すぐ戻す!
迷子本は、子どもが戻してくれることはなく、自然に戻ることもない。
1冊置いてあると、つられるようにそのスペースにたまっていく。必要な本が見つからない可能性があるので、ボランティア作業中見つけたら、すぐに元の位置に戻す。戻した場所に、また迷子本が見つかり、ずっと迷子本の片付けで時間が過ぎることも……。
・ただし、地元の歴史や資料は捨てずに保管
という基準で、1年かけて本をわけはじめました。
メンバーは、途中参加、途中退出OK、ということで集めていました。図書室のドアは開けたままにします。
そして、壊れた本、読まれていない本をよけて、準備室に運びはじめました。壊れた本は、補修フィルムで修理します。読まれていない本というのは、去年までボランティアがせっせと改装していた寄贈本や、頑張ってもらってきた廃棄本も含まれていて、実はスペースを占めて邪魔をしていたのだと気づきました。
一度在庫になった本を勝手に捨てるわけではなく、先生の時間がある時に確認してもらい、廃棄の手続きをしてもらっていたようです。
平成の終わりなのに、今更ながら、図書室も昭和から平成へ。
こうして1年かけて、図書室の空気が入れ替えられます。
6. ボランティア活動は、異業種交流会だ
余白が出来て、だいぶすっきりした本棚。
ずっと壁に貼りっぱなしだった古いポスターも剥がしました。
ここに、飾りつけをしてみないか? と言い出した人がいました。
模造紙、色紙、折り紙などの素材なら学校からもらえます。図書委員の生徒の掲示スペースは入口にすでに作ってあります。
ハロウィンの時期、家から持ってきた折り紙を貼ってみたら、楽しかったからというのがきっかけだったかもしれません。折り紙作品を、柱に貼ったり、入り口に飾るくらいなら、と持ち寄り、分担してできました。
でも、あの広いスペースを埋める大物を手掛けてみたい。最初は模造紙に折り紙を貼りつけて、模様のようなものを作って貼りました。貼る位置が高いのと、絵柄のインパクトがなさすぎて、残念ながら子どもには気づいてもらえませんでした。
そこでリーダーKさんが声をかけたのは、保育園の先生のRさん。2年生の違うクラスの保護者です。
幼稚園や、保育園では、壁に模造紙で作った飾りをよく見かけます。季節ごとに保育園や幼稚園の先生方が作っているそうです。そのため、ノウハウを教えてもらえるはず、と声をかけたのです。
Rさんは、紙袋に本を入れて抱えてきました。中には保育者むけの雑誌のバックナンバーが。こうした雑誌には、壁紙を飾る絵柄の型紙が付録で付いています。トイレットペーパーの芯と毛糸でミノムシを作る、などというアイデアも満載。出来上がり見本は、それほど難しくなさそう、手分けしてやってみよう、と勇気づけてくれます。
季節に合った図柄を選び、職員室で型紙をコピーしてきます。Kさんは、型紙と色紙を渡して、ボランティアにふりわけていきます。それぞれ、型紙に合わせて色紙を切っていきます。
トレースする台もないので、みんな窓辺に集まって、光で透かせて色紙にえんぴつで線をつけます。高校時代の文化祭の準備以来? 文化祭のようです。それから、描いた線にそってはさみで切ると、パーツが出来てきます。
Kさんが、まずは舞台となる背景の紙を作ります。色模造紙を組み合わせて、手際よく虹を作りました。
…見本があるとはいえ、限られた材料をうまく使っていて、お、色選びがいい! 波打ちしていない! 糊付けがうまい! 見事です。
その上に、パーツを貼っていきます。折り紙セットの中で残りがちだった、銀紙の使い方もうまい! プロの技に感動しました。
それじゃあ、がんばってね。と下地を作ってKさんは仕事に向かいました。
調子に乗って、季節ごとに飾りを変えることにしました。出来た壁飾りは、シーズンが過ぎたあとも丸めて図書準備室に置いておきます。写真を撮っておけば、来年も再現できます。
今度は、子どもたちもすぐに見つけてくれました♪
それからは、大物を作るときは、保育園、幼稚園、看護師さん、スーパーで飾りを作っている人、塾の先生…壁を越えて力を出し合いました。プロが仕切ってくれると仕事が早いです。作業を通して仕事の話も出てきて、異業種交流会でもあるのです。
7. 卒業と1年生を迎える準備
年度の終わり、桜の模様の飾りつけを作りました。
折り紙が上手なSさんが、桜の花びらを折ってきてくれました。折り紙作品と、白、ピンク、桃色の色紙で花びらの形に切ったものを混ぜて、台紙にはっていきます。6年生を送るため。そして新しい1年生を迎えるための準備です。チューリップの切り紙も飾り、入口も華やかになりました。新1年生が明るい図書館で楽しい時間を過ごせますように。
リーダーKさんのお子さんは6年生。ここの小学校では、子どもの卒業と同時に、ボランティアも卒業していきます。
作業の後、ファミレスでお別れランチ会をして、後はよろしく、と先輩方から一言。ボランティアの作業も卒業しました。
続く
*これは、ある公立小学校の図書ボランティアに参加した時の個人の記憶をもとにまとめたフィクションです。著者の記憶に基づくものであり、出来事の年度が前後している場合もあります。
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