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椿の蜜のいざない

椿の造花の中でうとうとしていると、僕そっくりの仲間も入ってきた。軽く挨拶した後、足と足を繋いで、くっついて眠る。椿の造花のベッドはふかふか。分け合う体温で暖かい。今夜も良く眠れそうだ。

「ふふふ、私が作った造花、寝心地良いみたいだねぇ」

僕らを嬉しそうに覗き込む博士に、羽根を動かして「おやすみ」の挨拶をした。

僕は博士に作られた、ミツバチ型の自己増殖ロボットだ。蜜の代わりに電気を吸って、生きている。まだ野生では生きていけないので、博士のラボで暮らしている。

隣で眠る仲間は僕の双子の兄弟。クローンだ。いつか僕たちが本物のミツバチと共生できるように、博士は様々な工夫をしてくれる。この椿の造花のベッドもそうだ。本物のミツバチも、花の中で仲間と一緒に眠るらしい。

造花なので香りはない。本物の椿は、どんな香りなんだろう。考えていると、気付けば夢の中だった。



翌日の夜、博士はとっても疲れているようだった。いつもは必ず閉める窓を少し開けたまま、椅子にもたれて眠っている。

僕は双子の兄弟を花の中に残して、博士のおでこに移動した。起こそうと足踏みしてみるが、起きそうにない。諦めて、博士のおでこに座り込む。

窓の外から、そよ風が吹いてくる。僕は風に誘われるように、窓辺に近づいた。ぽつぽつと灯りが残っていて、意外と外は明るい。かすかに、本物の花の香り。生命が発する熱気。

振り向いて、博士の寝顔を見て。僕は決心した。きっと上手に飛べるさ。自分に言い聞かせて、ぽーんと外に飛び込んだ。


真っ暗闇だ。あまりの暗さに方向感覚が鈍ってしまった。少しでも明るいほうへ、飛んでいく。ひたすら明るい場所を目指せば、必ず空に戻れる。これは自己増殖ロボットの僕にプログラムされた虫の本能だ。

道標にしているあの光は、きっと太陽じゃない。でも、迷子の僕は信じるしかなかった。小さな光に近づいて、足元にあった大きな葉っぱに着地する。

よく見てみると、光源の正体が分かった。椿だ。ずっと憧れていた本物の椿。本物の椿は光るのか?恐々こわごわ、足で花弁に触れてみる。熱くない。慎重に葉っぱから椿に飛び移る。花の中を覗くと、休めそうな空間があった。

ちょっと粉っぽい花の中で身体を丸めると、すぐに睡魔がやってくる。その時、くすくすと笑う声が聞こえてきた。恐怖で身体が勝手に縮こまる。

「面白いお客さんだ。暇潰しの話相手にと誘ってみたら、花の中に入ってきて、眠るなんて。私は古椿ふるつばきの霊。君も妖怪なのか?ミツバチのような姿だが、生き物、という感じがしないな。幽霊か?」

明らかに僕に話しかけてる。どうしよう。何か答えなくてはいけない。勇気を振り絞った。

「……僕は、ミツバチ型の自己増殖ロボットです。いきなり入ってごめんなさい。すぐに、出ていきますから、あの、怒らないで」

はははは、と豪快な笑い声がして驚いた。

「怒ってなんかないさ。むしろ、面白い話し相手ができて嬉しいよ。朝になるまで休んでいくといい。ほほぅ、自己増殖ロボット。一体なんなのか、実に気になる。それは、生物と機械が混ざったようなもの、と考えればいいのかい?」

気さくな話しぶりに安心して、警戒心が薄れた。

「大体そんな感じです。僕も、あなたのことが気になります。古椿の霊とは、どういうものなのですか?」

「名前の通り、長く生きた椿から生まれた精霊だよ。なぜこんなにも長く生きているのか、私も不思議でね。私に気付いてくれる者も少なくなってきたから、最近は暇潰しで忙しいんだ」

「そうなのですか……。僕はこれから自然界に放たれて、体細胞分裂で増殖する予定です。今はまだ、ラボで調整中で。もう一匹、僕の双子がいるんです。僕たちを作ってくれたのは博士。博士が作ってくれた造花の椿の中で、いつも一緒に眠ってます。ああ、帰りたい。帰れるのかな、僕」

「大丈夫。朝になれば太陽が昇る。あの強烈な光があれば、帰り道はすぐに見つかるさ。今は安心しておやすみよ」

僕は不安なまま眠ったが、古椿の霊さんの言う通りになった。朝日の中で周囲を飛んでみたら、博士のラボはすぐに見つかった。古椿の霊さんと再会の約束をして、椿の花から飛び立つ。

窓から覗くと、博士が部屋の中をせわしなく歩き回っていた。何度か体当たりして、窓を叩く。博士は僕に気付いて、窓を開けてくれた。思わず博士の両手の中に飛び込む。

「まったく、心配したんだぞ!この悪戯っ子め」

「ああ、帰ってきたのか!良かった!」

「大丈夫か?ケガしてないか?お腹空いてるだろう?すぐに充電してやるからな」

博士の後ろにいた二人の博士のクローンも、僕の帰還を喜んでくれた。ああ、暖かい。やっぱり博士の手のベッドが最高だ。これからは、博士たちにあまり心配かけないようにしようと思う。



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眠れない夜に

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