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はにわポイントカード・プロローグ

商品を陳列していると、店のドアベルが鳴った。大きな箱を抱えながら、ドアに大きな体をねじ込ませてくるのは、土偶作家の菊田さん。菊田さんが作る不思議な動く土偶は、この雑貨店の人気商品だ。

急いでドアに向かい、箱を受け取る。ずっしりと重い。

「いらっしゃい菊田さん、暑かったでしょう。あらあら、試作品、こんなにたくさん作ってくださったんですね」

「どうも、店長さん。前回の土偶の評判が良かったので、調子に乗って作り過ぎてしまいました」

「ふふふ、こちらとしては、とてもありがたいですよ。次の企画の話はちょっと休憩してからにしますか。今、冷たい麦茶とカステラ、持ってきますね」

「わぁ、ありがとうございます。ああ、重いでしょう。やっぱり私が運びますよ」

「じゃあ、お願いします」

屈強な山男、という見た目の菊田さんだが、いつも静かで紳士的だ。そして、可愛いものと甘いものが好き。土偶専門の作家さんだからだろうか。ちょっと神秘的な雰囲気もある。



「あら~可愛い埴輪はにわですねぇ」

菊田さんの試作品を長机に並べて、1つ1つ見て触る。犬や馬を模した埴輪は、どれも優しい表情。ツルツルとした触り心地。たまらなく可愛い。

「前回の土偶はリアルさにこだわったので、今回は逆に可愛くデフォルメして、ファンシーさを意識しました」

「うんうん、土偶とはまた違った魅力がありますね。これなら、また人気になりますよ。そういえば、人型の埴輪は無いのですか?」

「……それが……ちょっと問題があって……」

菊田さんは一気に表情を曇らせた。そして、しばらく鞄を探った後、何かを抱えて持ってきた。一般的な埴輪のイメージそのままの、人型の埴輪だ。

丸い頭、とぼけた表情、両腕で大きくS字を描くようなポーズ。高さ15cmほどの愛くるしい埴輪が3体。うち2体は、それぞれ浮き輪を着けていたり、うちわを持っていたりする。

「あら、やっぱり作られてたんですね。ふふ、とっても可愛いじゃないですか。何が問題なんですか?」

「あの、動かないんです」

「動かない?」

「前回の土偶や、この動物の埴輪たちは1ヶ月ほど経てば動き始めますが、この埴輪だけは何をしても、いつまで経っても動かないのです。半年前にはもう完成していたのですが、この通りなので、今日まで言い出せなくて……」

埴輪を手に取り、注意深く観察する。丁寧に作り込まれている。なぜ動かないのだろう。

菊田さんは項垂うなだれてしまった。最近、ちょっと元気がないように見えたのはこのせいだろう。

次の企画は「埴輪ポイントカード」になる予定だ。ポイントを貯めてくださったお客様に、動く埴輪をプレゼントする企画。主役の埴輪が動かないとなると大問題だ。

「菊田さん、この子たち、しばらく私が預かってもよろしいですか?」

店長として、菊田さんのファンの1人として、必ず動かせてみせると決意した。



雑貨店の休業日。自宅のテーブルに並べた3体の埴輪の前で、大きなため息をついた。

クラシック音楽を聴かせてみたり、お菓子をお供えしてみたり、抱えて散歩してみたり。思いつく限りのことを試してみたが、埴輪は少しも動かず。

菊田さんには、普通の置物の埴輪として納品してもらうことになるだろう。埴輪ポイントカードの企画は、延期になるかもしれない。

「大丈夫。動かなくても、君たちは素晴らしいもの」

土偶たちと同じように、この埴輪たちも多くのお客さんに愛されるだろう。きっとそうだ。きっと大丈夫。

勢いよく立ち上がり、冷蔵庫からトウモロコシを持ってくる。実家から届いたトウモロコシを、茹でて冷やしておいたのだ。こうして食べると、より一層甘くなる。

いそいそとラップを剥がし、用意したお皿の上に乗せる。なんとなく、3体の埴輪をお皿の周りに配置した。さて、いただきます。

かぶりつけば、大きな粒が弾けて、優しい甘さが口いっぱいに広がる。思わず目を閉じて唸った。もう一口、と目を開けた時、違和感がした。

埴輪たちが、私のほうに近づいている気がする。気のせいだろう、と思いながらも、埴輪たちを横目に見ながらトウモロコシをかじった。

口元を凝視されているような気がして、なんだか落ち着かない。トウモロコシを3粒取り、埴輪たちの前にお供えしてみた。微動だにしない。

やっぱり気のせいか、と安心しかけた時、埴輪たちの腕が動いた。波打つような、フラダンスのような動き。

「う、動いた!!」

思わず大声を出してしまった。ピタッと埴輪の動きが止まる。驚かせてしまったようだ。

「ああ!ごめん!ほら、甘くて美味しいよ~」

急いでトウモロコシの粒をむしって、埴輪たちの両手に乗せる。うちわを持っている子には、頭に乗せた。

カタカタカタ……と震えた後、埴輪たちは左右に動き、腕を波打たせ始めた。見事なフラダンスだ。少し頬が赤くなっている。嬉しい、という感情が爆発しているようだ。

慎重にスマホを取り出し、動画撮影を開始する。トウモロコシが大好きな埴輪とは、これまた斬新な。埴輪ポイントカードの大成功を確信して、私の頬も赤くなっていく。



★このお話は過去のショートショート「土偶ポイントカード・サービスデー」の続編らしきものとなっております。はにわっしょい!



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