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はじまりの時(5) 【連載小説・キッスで解けない呪いもあって!〜ボッチ王子の建国譚〜】



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 日本国にほんこく境ノ村さかいのむら、メープル通りメープル商店街の村一番のダイナー、ペンギンカフェ。ここでも朝から村中の人間がエッグモーニングを頬張りながら、王子と眠り姫の事を喋り立てていた。
「なあ! あの王子様がキスすれば、村の呪いも解けるんじゃねぇかな?」
「馬鹿か? ウチの村に姫なんかおりゃせんだろ」
「いるじゃん、眠り姫」
「ありゃ居眠り姫だろ」
「隠れてるとか? 探せばいるんじゃない?」
「大体どうやって王子に来てもらうんだよ? オーロラ公国には完全無視されてんだろ?」
「あいつら『眠りの呪い』の事を口にしただけで、通信遮断しやがって」
「やっぱ村だから相手にされないんじゃないかな? 日本国に頼んだほうが……」
「お馬鹿か? 国はこの村が閉じられてた方が都合いいんじゃから、阻止するに決まっとろう」
「せっかくのチャンスなのにどうするの、桜さん」
「ガタガタうるさいねェ。まだその時じゃあないよ」
「でも百年まで後五年もないでしょ」
「眠り姫コンテストして選んだ子と、王子を見合いさせるってのはどうよ?」
「大馬鹿かっ! この現代に十三歳かそこらの子を人身御供にする気かっ!」
 大人達が堂々巡りの議論をする中、店の喧騒と卵の美味しい香りに包まれながら、一人の少女が隅のバーラウンジに置かれたテレビを、口をあんぐり開けて見ている。フォークに乗せたスクランブルエッグがボタボタと落ちるのも気づかない。隣のソファでは緑の瞳の幼顔の女性が、そんな少女を面白そうに見ていた。翠の黒髪を編み上げ、同じ色の襟高ワンピースを着た彼女の膝には、お腹だけ真っ白のペンギンの様な黒猫がゴロゴロ喉を鳴らしてくつろいでいる。
「ねぇマダム、ママ何回もTVで流れてるよ。ママ、ボッチ村初の有名人になった?」
「そうねぇ。今、日本国一有名なリポーターでしょうね」
「ねぇマダム、眠り姫は13歳なんだって。もしかして私かもしれないかなぁ?」
「そうねぇ。そうかもしれないわねぇ」
「ねぇマダム、マダムの名前はオーロラ?」
「違うわ」
「アリエル?」
「残念」
「ベル?」
「ハズレよ。今日はディズニーシリーズかしら?」
「あたり!て、私がマダムの名前を当てるのにぃ!」
「お姉ちゃん、先学校行くよ。行ってきます、マダムにポワロ」
「いってらっしゃい、颯太」
「そっか、学校行かなきゃ。忘れてた。行ってきます、マダムにポワロ!」
「いってらっしゃい、楓。あら、どうかした?」
「ねぇマダム、さっきのペンギン王子ね、ホンモノの王子にならない?」
「さあどうかしらねぇ。楓はそうなって欲しいの?」
 その時、琥珀色の瞳が驚いた様にちょっと見開き、口がきゅっと結ばれたかと思うと、楓は恥ずかしそうに頷いた。
 するとポワロと呼ばれたペンギン猫がナーンと鳴き、それと同時にテレビ横の『時を告げる大時計』がボーンと鳴った。
 それを聞いた途端、楓と颯太は顔を見合わせ、我先にと駆け出した。子供達にとっては遠い南極の話より、数年ぶりに時を告げた村の大時計の方がよっぽどのニュースだったからだ。

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