豆腐(夢日記)
私と同じ歳くらいの子どもたちがリビングでじゃれあって遊んでいる様子を一人佇んで見ている。
ここはどこなんだろう。
キッチンの前の大きなテーブルや低い天井は私が生まれ育った家で見ていたものとよく似ている。
懐かしい気持ちにはならない。ずっと今までそこに住みつづけているような見慣れた安心感がある。多分ここは私の家だ。
リビングを動き回る子どもたちは数えると10人ほどいる。部屋はそんなに広くないのに人間が多すぎてぎゅうぎゅうだ。
その子たちが私の家の冷蔵庫を当たり前のように開けて好きに使っているのが不思議だ。この子供たちと自分はどんな関係なんだ?
子供たちは皆他人の家には多分入らないだろうというラフすぎる格好で、好きに食べたり騒いだり、家主に気を使う様子はかけらもない。
もしかするとここは私の家ではなく、私を含むたくさんの子どもが共同生活を営むシェアハウスか何かかもしれない。
それにしても狭すぎる。子どもが生活するためにスペースが全然足りていない状況は貧しい暮らしを連想させ、私は少し惨めな気持ちになった。
好き勝手に動き回る子どもと、その無秩序な空間を統制する人がいないことにイライラしながら何もすることができず私は一人で立ち尽くしている。
テーブルの方を見ると五人くらいの男の子が輪になって固まって何やら笑っている。何がそんなに面白いんだとまたイライラする。
イライラするんだけどあまりに盛り上がりが激しいので何をやっているのか気になって、そっと近寄って覗いてみる。
男の子たちは何かを囲んで見ている。一体何を見ているのか。汗っぽい背中と背中の間から顔を覗かせテーブルまで行き着くと、彼らの囲む真ん中にはパックに入った木綿豆腐が一丁乗っていた。(剥がされて横に落ちている豆腐パックの蓋に「もめん」の字が見えた)
男の子たちは木綿豆腐を箸でつついたり箸で穴を開けたりしながら豆腐を嘲っている。
「硬っ!!!こいつガチガチに硬くなってんやんww」「まじ?きしょっ!!」「ほんまやクソかてぇな!!うっぜえ〜〜w」。
その夢の世界の中ではすべての形あるものには魂が宿るという価値観が共有されており、豆腐は感情を持つ(かもしれない)生き物として扱われていた。
パックは表面の蓋を剥がされてしまい、豆腐の表面が剥き出しになっている。誰かが食べようとして蓋を剥がしたがそのまま放置されていたということか、長時間空気に触れていたせいで乾いて硬くなってしまっている。
食べ物ではなくなり、捨てられるだけになった豆腐は男の子たちに役立たずと見下げられ、おもちゃにされている。
男の子たちはクラスメイトにいるとしたら多分サッカー部にいるようなやんちゃで陽気な子たち。顔が良くて、スポーツもできて、コミュ力も高め。中学校のスクールカーストでは上位にいるような奴らは豆腐な惨めな気持ちをきっと想像もできない。
そんな豆腐の立場になると私はいたたまれない気持ちになった。
誰かの都合で蓋を剥がれ食べ残され冷蔵庫にも入れてもらえず乾いて硬くなってしまったかわいそうな豆腐。自分の力で状況を変えることができない中そうなってしまったのに、それで役立たずと言われるだなんて理不尽がすぎる。
そもそも人間の食べものとして望みもしないのに生み出された時点で豆腐は理不尽な不幸を被っている。せめて私たちは豆腐に感謝し、美味しく食べてやらねばならない。そうして生み出したことを詫びなければならない。
男の子たちは豆腐を笑い物にするでは飽き足らなかったよう。ある一人が「ジャンケンをして負けた人が罰ゲームとして豆腐を食べる」提案をした。
負けた男の子は、多分言い出した本人だが、豆腐を食べるのを嫌がるそぶりを強調するばかりで食べようとしない。その遊びでは、豆腐を食べることそのものには意味はない。罰ゲームで食べられるような不味いものだと豆腐に知らしめて虐めることができたらそれでいいのだ。虐められっこに罰ゲームでキスをしたり告白するのと同じようなノリだろう。
そう思うと、食べ物としての豆腐の尊厳を踏みにじる男の子たちに強烈な怒りが湧き上がった。私は理性を忘れ、豆腐を守りたい一心で男の子たちに向かって怒鳴り散らした。
「この豆腐は硬くなってなんかない!!!美味しく食べられるよ!!!」
そうして男の子の持っていた箸を奪い取り、硬くなった豆腐を一口で食べた。
騒ぎが終わった後私は一人でいろんなことを考えていた。
最近の私は沸点が低すぎはしないか怒りっぽすぎないかしら。いやしかしまず考えるべきは豆腐にとって私の行動が救いになったのか、本当に彼の尊厳を守ることになったのかということではないか。自分はいいことをしたという自己満足でもはや自分は豆腐の気持ちなどどうでも良くなっていた。私は豆腐の立場を守りたかったのではなく、いいことをしてる自分に酔いたかったのでは?いやそもそもそれは自分がお腹が空いている時に食べ物を有り余らせ、美味しくないものを粗末に扱える身分の男の子たちに腹がたっただけで、怒鳴り散らして豆腐を食べる綺麗な口実が欲しかっただけなのでは?そういえば私は一方的に男の子たちを怒鳴りつけながら、正義のヒーローになった気分で気持ちよくなっていたんだよな。。
モヤモヤしたまま目が覚め、半分夢の中の世界観に浸ったまましばらくそのことを考え続けていた。
でも恋人からのラインの通知で現実の世界に引き戻される。
(豆腐に魂が宿るなんてバカバカしい。久しぶりに変な夢を見たわ。)
起き上がって水を飲もうと冷蔵庫を開けると豆腐を発見。先月調理しようと買っておいた豆腐は、賞味期限を過ぎていた。
豆腐ごめんなさい。
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