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【ケーススタディーその1(上) 事故のシナリオ編】透析患者が骨折して上肢用プレートを装着したあとの日常生活・リハビリのはなし

土庫澄子です ケーススタディの試作をサクッと!やってみます

透析患者さんが骨折し、手術をして装着したプレートの欠陥などが問題となった判決を考えてみます

■骨折治療のための上肢用プレートの破損事故

Xさん(事故当時59歳、男性)は、夜、低血糖によるめまいを起こして自宅の階段で転倒し、左上腕を骨折しました 

最初に受診したA病院では、手術をしないで三角巾とバストバンドで外固定するという保存療法を行いました 3か月たっても骨がくっつきませんでした

これは骨折部が関節のようになる偽関節の状態で、そのままでは骨がくっつかない可能性があります

Xさんは別の医師から「もっと大きな病院で手術を受けたほうがいい」と勧められ、B病院に行きました

XさんはB病院で診察を受けて入院し、腸骨からの骨移植と、骨折用プレートを骨折部にあてがい、ねじ8本でプレートを上腕骨に固定する骨接合手術を受け、数日後に退院しました

手術から2か月ほどして、左腕が動かなくなってきて、B病院の担当医師から、プレートが真ん中あたりから真っ二つに折れていると診断されました(→Xさんと医師の関係は悪化)

XさんはC病院に転院して、破損したプレートを取り出し、骨を接合する再手術を受け、D病院に転院しましたが、骨はくっつかない状態のままでした

Xさんには糖尿病の持病があり、骨折事故の7、8年前から定期的に人工透析をしています

■Xさんが訴訟を起こすー裁判所の判断は?

Xさんは、①破損したプレートには欠陥があった、②B病院は適切な治療を行わなかった、①と②があいまってプレートの折損事故が起きたとして、訴訟を起こしました 

神戸地方裁判所は、平成15年11月27日、判決を出しました 

裁判所は、①プレートの強度に問題はなく、添付の注意書きに問題はない、②手術やリハビリに関するB病院の治療は適切だったと判断しました

プレートの欠陥と病院の過失は否定され、Xさんは敗訴しました 

■判決が描く事故のシナリオ

裁判所は3つの要因が重なって破損事故が起きたと考えています

(要因1)Xさんが三角巾を外して日常生活を送った

<医師は術後Xに、骨がくっつくまで当分のあいだ、三角巾で外固定するよう指示したが、Xは入院中から何度も三角巾を外し、退院後も三角巾を外して日常生活を送っていた> 

Xが医療者の指示に従わず三角巾を外して日常生活を起こったことがプレート破損の大きな要因、いってみれば事故の中心的なシナリオというわけです

(要因2)Xさんがプレートの使用を誤った

<Xは、車の運転やパソコンのキーボード操作からドライヤーの使用まで、日常の生活動作を普通通りに行っていた 補助具であるプレートに過剰な負荷をかけ続けた可能性が高い>

(要因3)Xさんが医師の診察を中断し、リハビリだけを続けた

<プレートが折れたと判明したあと、Xは医師に転院すると告げて紹介状を依頼し、医師は紹介状を書いて外来受付に預けた その後、Xは医師を受診せず、医師は転院したと思っていた ところがXは転院せずリハビリ通院だけを続けていた>

裁判所はXさんが、

(1)術後、医師や看護師のいうことを聞かずに三角巾を外し、

(2)左腕を通常に使って日常生活を送り、

(3)医師との関係を断って、医師に骨の様子をみてもらうことなく勝手に理学療法士のリハビリだけを続けた

3つの要因がプレートの破損を引き起こし、そのもっとも大きな要因は(1)と考えています

裁判所が描く事故のシナリオから見えるXさんの人物像は、無理解で身勝手で、医療者のいうことをちっとも聞かない困った患者さんですね

でも、この判決文には気になることがあるのです 

■糖尿病と骨折の深い関わり

Xさんは糖尿病の持病があり、週3回、別の病院で人工透析を行っていました わたしは医療者ではありませんが、糖尿病と骨折の関わりについてざっと調べてみましょう

3つにまとめてみます。。

〇糖尿病の患者さんは高血糖を治療するための薬の副作用で低血糖になることがあり、低血糖によるめまいや転倒が起きやすい

〇糖尿病は骨粗しょう症や骨折と深いかかわりがあり、骨折リスクは2倍

〇糖尿病の患者さんは骨折した骨がくっつくまでに時間が余計にかかったり、骨がくっつかないまま偽関節になる可能性がある

糖尿病と骨折治療の深い関わりを、お医者さんはXさんに話しているでしょうか? お医者さんは院内の理学療法士さんに対して、糖尿病の持病をもつXさんのリハビリで気をつけることを伝えているでしょうか?

このあたりが判決文からほとんどわからないのです

(1)について:Xさんは三角巾を術後に使う理由を理解できていたか?

Xさんは訴訟の当初、プレートによって骨折部分は通常通り使えると主張しました 医療者からすれば身勝手な思い込みかもしれません

ですが、Xさんは、術後は完全に骨がくっつくまで、三角巾で固定し安静にする必要があることを十分には理解していなかったのかもしれません 前の病院で保存療法に使った三角巾は、プレートを入れたあとはもういらないはずだ!と考えてしまったかもしれません

情報が適切・十分でなければ、患者さんは医療者が想定するとおりになかなか理解しないものです

(2)について:Xさんはプレートの機能を正しく理解していたか?

プレートは骨癒合の補助具という目的のためにある程度の弾力を与えていて、健常な骨と同様に扱うことはできません

お医者さんが説明したとはいえ、Xさんはプレートの役割を正しく理解していたでしょうか?  

完全な骨癒合、遷延治癒、偽関節、インプラント機能の限界といった用語は一般のひとにはむずかしいでしょう

説明を受けたときはわかったような気がしても、日常生活のひとコマひとコマまではイメージしにくいとおもいます

判決は、Xさんは株式会社の清算人を務める社会人で、比較的高齢だが医師の説明を理解する能力はあるとしています

たとえXさんが立派な社会人であるとしても、骨折部を内固定する骨接合手術に用いるプレートの強度や機能の限界を一度の説明でただちに理解できるでしょうか? 

まして、糖尿病という基礎疾患をもち、完全に骨がくっつかないかもしれない場合に、プレートと日常どうつきあうかにはそれなりのサポートがいると思います

(3)について:Xさんがリハビリだけを続けたのはなぜか?

Xさんは転院したいといって医師に紹介状を依頼したあと、理学療法士のリハビリだけを続けたといいます

Xさんは翻意して「転院しなかった」というよりも、医師との関係を終了したと考えていたのではないでしょうか?

三角巾を外して日常生活を送ったこと、持病のため骨がくっつかない可能性があること、医師の受診をやめたことについて、理学療法士さんはどう対応したのでしょうか? 

理学療法士さんは、医師からその後のリハビリ方針の指示を得るためにXさんに受診を促したでしょうか?

■事故のシナリオを読み直す

判決を読む限り、Xさんがプレートや三角巾の役割をどのように理解していたか、術後の医療でXさんに持病があることが生かされていたかはよくわかりません

術後のリハビリは、Xさんと理学療法士さんのコミュニケーションはどうだったか、医師と理学療法士との院内でのコミュニケーションはどうだったか、このあたりも重要と思うのです

透析は別の病院で行っているとはいえ、プレート装着後のXさんの骨折治療には総合医療のアプローチが望ましかったと思うわけです 医療は素人ながら、総合医療からみるとプレート折損事故のシナリオは要因の(1)から(3)までどれも見直されるべきと思うのです

ここまでお読みいただきありがとうございました☆




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