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のろまな黒い犬

のろまな犬と女の子の話をしよう。

あるところに三人姉妹とその母がいた。漁師だった父親は、ずいぶん前に漁に出て、嵐にあって二度と帰って来なかった。父親がいなくなって、母親は、三人娘と力を合わせて、ぶどう園の手伝いに行ったり、宿屋の手伝いに行ったり、いろんな仕事をしていた。 

一番上の娘は、黒い艶々した長い髪と白い肌で器量が良く、村一番の美しい娘で、村の有力者の息子のところに早くに嫁入りをした。二番目の娘は、碧眼を持ち、愛想は良くなかったが、頭の回転がおそろしく良く、村でただ一つある宿屋の息子のところに嫁入りをし、傾いていた宿屋を切り盛りし、あっという間に宿屋を繁盛させるほどになった。三番目の末娘は、いつもいるのかいないのかわからないほど、これといって目立たず、小さい頃から家の手伝いをし、村の井戸で水を汲んで帰る途中に拾った黒い犬といつも一緒にいた。村で末娘の声を聞いたものはいなくて、つやつやした毛並みの黒い犬は、生まれつき早く走ることができず、いつも娘の水汲みの後をゆっくりとついて歩いていた。黒檀のように吸い込まれるような眼をした黒い犬は吠えることもせず、いつも大人しく、一緒に遊ぶ友達のいない末娘は、黒い犬と一緒にいた。

末娘が十四歳になったある寒い冬の日の朝、年老いた母親は、体の調子を崩して、寝込んでしまい、何日も起きれなくなってしまい、ベットのそばに末娘を呼んだ。

「私はもう長く生きられないかもしれない。上の姉さんたちは早くに嫁入りをすることができたけれど、お前はこれといって取り柄もないし、まだ14歳で、この先が心配だ。お前に何も財産は残してやれないけれど、もしもの時のために、うちに代々伝わる水瓶のことを伝えておこう。その水瓶で満月の夜から七日間、井戸へ水を汲んで家まで運ぶと、世界を変えることができる。ただし、水瓶で水を運んでいる間は、一度も口を聞いてはならない。」

末娘は、代々伝わる水瓶のことなんて、初めて聞いたし、一度も見たことがなかった。母親はそれを告げると、それきり静かになり、眠るように、次の日の朝、母親は息を引き取っていた。

長女や次女が、末娘に自分たちの家に来て一緒に住まないかと誘ったが、末娘は、黒い犬も一緒にいるし、自分の家でそのまま住む方が気楽だからと二人の誘いを断った。

末娘は、母親が行っていたぶどう園の主人が末娘のことを心配して声をかけ、ぶどう園で働きに行くようになった。黒い犬も一緒についていき、末娘の仕事が終わるまで、ぶどう園の日陰で待ち、仕事が終わると一緒に家へ帰った。ぶどう園の仕事は、末娘にとって楽ではなかったが、末娘は黒い犬の顔を見るたび、いつもほっとして、しあわせな気持ちになれた。

次の年の雪が降る寒い冬の朝、黒い犬が動かなくなった。苦しそうで、声も上げないほどだった。娘は、前の冬に、母親が亡くなる前に話した、家に伝わる水瓶のことをすぐに思い出した。母親から聞いた場所から、古い木箱を出すと、その中に、古い水瓶が入っていた。その水瓶は、かなり重く、古く、ひびが入っていて、小さな穴が開いていた。この水瓶で井戸から家まで水を汲んで持ち帰ることができるのか、末娘は不安に思った。そして七晩も黒い犬が持ち堪えることができるかも不安になった。

その日はちょうど満月で、黒い犬を助ける術が他に思い当たらず、藁をもつかむ思いで、末娘はその古い水瓶で水を汲みに行くことにした。水瓶は、空の状態でも重く、井戸で水を汲んで入れると、さらに重くなった。しかし、ひびや小さな穴が開いているので、家に帰り着く頃には、ほとんど空になっていた。

末娘は、だらんと赤い舌を出す黒い犬に、そのわずかな水を器に入れて、飲ませた。黒い犬の目に、少し灯りが灯るように光った。

ぶどう園の仕事は、冬の間は休みだったので、末娘は黒い犬のそばに一日中付きっきりでいることができた。

そして、夜になると、水を汲みに井戸へ出かけた。

六日目の夜まで、水瓶は重く、途中でほとんどの水は割れ目からこぼれ落ちたが水汲みに出かけることができた。といっても、水はやはり漏れるので、毎回ほんの少ししか、家には持って帰ることができなかった。しかし、黒い犬は少しずつ元気を取り戻しているように見えた。

七日目の最後の夜、井戸には、先客がいた。

旅人のようで、男は、水を汲むものがないので、水瓶の水を少し分けてくれないかと言った。末娘は、水を汲む間話してはいけないとの母親の言葉を守り、無言で旅人に水瓶から水を飲ませてやり、お礼をしたいという旅人に、無言で制し、水瓶を家に持ち帰った。

七晩の水汲みが終わり、家の中庭にある大きな水瓶には少し水が溜まった。

末娘には、世界は変わったようには見えないと思った。

あくる朝、黒い犬はわずかに息をしているぐらいだった。
末娘は水を口に持って行くが、ほとんど水は入らなかった。

またあの海へ行きたい。

末娘には、なぜか黒い犬がそう言っているように聞こえた。

一度だけ黒い犬とゆっくり1日かけて歩いて、家から一番違い海辺まで行ったことがある。

その時、黒い犬は、いつになく、嬉しそうに、高い声をあげて鳴いていた。

黒い犬を海まで運ぶには、手押し車がいる。末娘は、近くの家に借りに行くことにした。借りに行く途中、井戸の近くを通ると、昨日の旅人がまだそこにいた。

末娘は、あまり見知らぬ人と話すことをする方ではなかったが、旅人に話しかけた。昨日は水を汲みに来ていたので、話すことができなかったと無礼を詫びた。

旅人は、またお礼を繰り返し語り、何かお返しができたらとまた告げた。末娘は、海まで手押し車に乗せて黒い犬を連れて行くのを手伝って欲しいと伝えた。

二人は、手押し車を押しながら、一日かけて海にたどり着いた。

海辺にたどり着いた時、日が海に沈むところだった。

黒い犬は、手押し車の上で、もうほとんど動かなかった。

「海にかえりたいの?」末娘が黒い犬のもう今では艶が消えてしまった毛並みを撫でながら聞くと、甘えるような声を出し、黒い犬はそれっきり動かなかった。

末娘は、黒い犬とお別れをし、旅人に手伝ってもらい、黒い犬を海に還した。

あたりはもう暗く、月と星が照らしていた。黒い犬は、暗い海に揺られながら、黒い身体は、少し伸びた気がした。ぷしゅっと水が黒い犬から吹き出た。次の瞬間、少し離れた海面からイルカが飛び出て、また海に潜った。

二人は驚いて、顔を見合わせた。

さらにもう一度、イルカは海面から、大きくジャンプし、潜った。

少し近くまで、イルカは二人に近づくと、末娘の目とあった。

黒い犬と同じような深い黒檀のようなあの目だった。

イルカはお別れを言うように、高く鳴きさけび、その後、スッと水平線の方に消えていった。

のろまな黒い犬は、のろまではなくなった。

おしまい

……

とあるクラスで、お話を作ってくる宿題があったので、なんとなく思い浮かんだものを書いてみました。今までお話をちゃんと書いたことはなかったのですが、言葉で描く、短い文を書いてそこから、対話して描いていくというやり方だと、するするお話は勝手に進んでいきました。

最後までお読みいただきありがとうございました。


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