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ノイズ

前書き

HEARシナリオ部提出作品。2021年1月。どう考えても「電子レンジ」では、物語にならなくて、物凄く苦戦したのを覚えている。簡単な話にしようとしたのに、どんどん長くなり、のちに、これが「ヌープ」という作品を書くきっかけになった。

主な登場人物(登場順)

・チャールズ・ソレッキ……考古学者

・リカルド・モントーヤ……サポートオペレーター

・謎の男……?

・ライリー・グズマン……警官。

・セシリア・チェン……警官。

・リリー・ベアズリ―……娼婦、第一の犠牲者。

・ドナルド・メンデス……警察の鑑識官。

・ジョン・コーラル……小さな会社の社長。

・アイリス・ミラー……ジョンの部下。

・カイ・デソーサ……研究者

・ボブ・グリーバーグ……アンティークショップの店主。第二の犠牲者。

・カーシー……謎の男と遺跡に言った?

・ウィリアム・ソロコフ……ヘリ・パイロット。

・レイラ・バーナム……ソロコフの同乗者



◆7月30日 14時7分

 最初の方は、どうしても意味が取れない。緑がどうとか書いてあるようだが。チャールズ・ソレッキは思った。


 遺跡で彼が見つけた石板は、最初の方がどうしても解読できない。後半はなんとか解読できた。詩のような内容だった。


…………

赤と白の鍵の石

一か月 白い芽が出はじめて

三か月 黄色い葉がついてくる

五か月で緑の枝が伸びてきて

八か月 紫色の花が咲き

一二か月 赤い綿毛が飛びまわり

数年後 世界は緑のものになる

 ソレッキは、その石板の文字を読みながら、首をひねった。とにかく時間がかかった。言っている事が生活に根差す事なら、わかりやすいのだが、内容があまりに突飛だったり抽象的だったりすると、とにかく解読が難しくなる。

 今までもいろいろな文面に出会った事があったが、それにしても、これは……不可解な内容だった。


古代の遺跡から発掘される石板の文字は、興味深い言葉が多い。

別の遺跡から発掘されたものだが、五千年前の石板の文字に、

楽しい事 それはビール

嬉しい事 それは結婚する事

よく考えて 離婚

 などと書かれていて、現代の自分たちと、さして変わらないと、おおいに笑ったものだ。

 逆に、意味不明なものも多い。当時の人々には、現代に生きる自分にはわからない何らかの共通の認識があったのだろう。

 しかし、どう解釈したらいいかわからないものも確かに多くある。それにしても、奇妙だ。この内容は、何かが、引っかかると彼は思った。


◆9月8日 22時41分

 リカルド・モントーヤはしたたか酒を飲んでいた。ようやく連勤が明けた。ずーっと、何時間も、理解の遅い者に、コンピューターの使い方を説明する。コンピューターを買い換えただけで、どうして前のコンピューターのデータが引き継がれると思うのだ。バックアップやデータ移行もしていないのに。古いコンピューターではできていた? そういう問題じゃない。

 こちらの事情も考えず、今直ぐ自宅に来て説明しろと連絡してくる客。あるいは、皮肉、嫌味、酷い場合は、怒鳴りつけてくる。こんな事の繰り返し、もう、うんざりだ。アルバイトで始めたオペレーターの仕事で、疲れ切ってしまう。役者になる夢を忘れそうになる。

 どん!

 リカルドは衝撃で、我に返った。そうだ、俺は運転をしていたんだ。リカルドは車を降りた。


 黒っぽい服を着た、男が転がっていた。口から血を吐いて、目を見開いている……


これは…… 


 ああ、神さま!


 誰も見ていない。リカルドは、車に戻ると大急ぎで、その場を離れ自宅に戻って震えていた。自首するという事を思いつきもしなかった。一週間、仕事も休み、とにかく……ゲーム、いや、集中できない。酒を飲んで忘れようと思って、飲み続けた。しかし、冷蔵庫のビールもすぐなくなってしまった。


 しかし、奇妙に思った。事故の報道がされない。何がどうなったんだ? あの男は死んでなかったのか? 


◆9月10日 20時51分

 「ひでえな」とライリー・グズマンが言うと「まったく」とセシリア・チェンは答えた。

 セシリアはその凄惨な現場に顔をしかめていた。被害者は、娼婦。リリー・ベアズリ―。個人的に客を取っていたようだ。アパートメントには、ほかにも警察官が出入りしていて、鑑識も写真を撮っている。

 悲惨な現場は、慣れっこにはなっていたが、これは酷い。

 アパートメントの付近の住人が悲鳴を聞き、通報。男が逃げていったという。運悪く異常者を客に取ってしまったのだろうか。

 鑑識のドナルド・メンデスも考え込んでいた。どんな事をすれば、こんな殺し方になるんだろうか。体中に傷ができていた。刃物じゃなくて、尖ったもので、刺したような……いや、違うか?

 それにしては、傷周りの損傷が激しいような、トゲトゲしたもので突き刺して無理やり引き抜いたような……

 拷問? でも縛られていた様子もないし、この遺体はわからない事だらけだ。


◆9月12日 9時23分

 ジョン・コーラルが、その石を見つけたのは、小さなアンティークショップだった。これは、掘り出し物だと思った。信じられないほどの精巧な細工のある石で、最初、象牙かと思った。相当、古いもののようだが……しかし、とても硬い白い石のようだ。こんなに硬い鉱石をどうやって緻密に彫刻したんだろうか。赤い幾何学模様も入っていて面白いと思った。安くもないが買えない値段ではない。

 「ジョン! また、趣味の悪いものを買ってきたの? いくつ買ってくる気? 考古学者にでもなるの?」

 部下のアイリス・ミラーが、皮肉を言った。アイリスの皮肉は、今に始まった事ではない。ここは、俺のオフィスだ。別に何を買って置いておこうが、仕事をやり遂げるなら、何の問題も無いはずだ。ジョンのオフィスには、奇怪な仮面や、彫刻、土偶といったものが置かれていた。

 ジョンは、自分の机の上で、その精巧な遺物を置いて楽しむつもりだった。しかし、それを楽しむどころではなくなった。ネットが繋がりにくくなり、ついに繋がらなくなってしまった。

アイリスは「オフィスで、無線LANなんかにするからよ!」と言った。

 ケーブルがごちゃごちゃしているのは、好きじゃない。できれば、コンピューターを使わないで仕事をしたいくらいだが、そうも言っていられない。

サポート業者に連絡をした。

 「電子レンジとか近くにありませんか? 何か、強い電波の出るものを置いたとか。突然なったのですか? いつ頃からですか?」

 オフィスに電子レンジがあるかよ。一番目の質問に対しては、即座にNOだったが……

いつ頃からか……何かを置かなかったか?

 ひょっとして、この石か? 

 ジョンは、その石を駐車場の車の中に置いてきて、部屋に戻った。ネットが繋がった。安定している。

 彼ならわかるかもしれない。ジョンは、友人のカイ・デソーサに電話をした。

「聞いたことがないな…… 別に電源が繋がっているわけじゃないんだろ?」

「家電製品じゃないんだ。アンティークショップで買った年代物の細工が施された石だ。これは、何百年前とか、相当古いんじゃないかな……」

「電源が無い状態で、通信に干渉するほどの何かの電波を出す鉱物は聞いたことがないし、あったとしても、その辺のアンティークショップでは売ってないな。しかし、もしそれが本当なら、とても興味深い。原理をぜひ知りたいものだ」

「はいはい。ありがとう。そのうち見せに行くよ」


◆9月13日 16時2分

 警察署で書類を見ながら、セシリアは考え込んでいた。あのへんてこな殺人が二例目。今度は、男性だ。アンティークショップの店主。店内で発見された。ボブ・グリーバーグ。体のあちこちに穴が空いて死んでいた。それも、また、あの娼婦と同じで、トゲトゲしたものを無数に突き刺しては引き抜いたような、変な傷だ。


 娼婦が変態に出会う事は、ままある。この男は娼婦との接点が無い。

 犯人は何が目的なんだ? 

 店内は酷く荒らされていた。強盗だろうか。それにしても、また、こんな殺し方……

 しかし、新しい事もわかった。リリー・ベアズリ―も、ボブ・グリーバーグも、喉をナイフで刺されていた。トゲトゲしたものを突き刺しただけでも、十分致命傷になりそうだが、犯人はとどめを刺したのだろうか。


◆9月14日 23時25分

 ジョンは何日も泊まり込みで一人オフィスに籠っていた。アイリスは逃げてしまった。くそっ! 給料泥棒め。次、出社したら、見ていろ!

 納期が近いのだ。眠らないとまずい事はわかっている。睡眠不足のままだと、渡したデータが別の顧客のものだったりして、大目玉なんてこともありうる。そんな事をぼんやり考えていた時、ベルが鳴った。

 こんな時間になんだろう。

 インターホンで通話した。

「夜分すみません。消防士のジェイラーといいます。このビルの地下で、火災が起きています! 至急避難してください!」

ジョンはぎょっとして、ドアを開けて廊下を走った……が、煙の臭いがしない。そうだ、声をかけた消防士にも出会ってない。

すぐオフィスに戻った。男が、オフィスをひっくり返してる。

「何してる!!」

 男が振り返った。ニット帽をかぶり、マスクをし、サングラスをかけている。怪しい事この上ない。

「石は……どこにやった……」

しわがれた声で、男は行った。

「石? なんのことだ」

「お前が持ってるはずなんだ!!」

ああ、アンティークショップで買ったあの石か。

「もう、殺したくないんだ!」

男はナイフを持って近づいてくる。やばいやばいやばい。

 ジョンは逃げ出したが、男が追ってくる。足には自信があるつもりだったが、男は見る間に追い付いてきた。

 そして、ナイフを振り上げた。

 銃声がして男が倒れた。

「間に合った……大丈夫?」

 スーツ姿の男女が駆け寄ってきた。息を切らしていた。

「あんたらは?」

「警察です」

 男女は、身分証を見せた。本物のようだ。

「なんなんだよ、あいつは!」

「わかりません。ある殺人事件に関係してると思われます。このビルの管理人も死んで……あの男が……」

「おい!」

 撃たれた男が、ナイフを握ったまま、ゆっくり起き上がってきた。サングラスが外れて、やけに黒っぽい顔がのぞいた。

 男が猿のようにジャンプして、飛び掛かってきた。

ドン、ドン、ドン 

 グズマンが胸を三発撃った。

また倒れた。でも、またゆっくりと起き上がってくる。

さらにセシリアが二発。

「逃げて!」

セシリアは叫んだ!

ジョンは走り出した。

何なんだあれは? ゾンビか?

何発もの銃声と、引き裂かれるような大きな悲鳴が聞こえてきた。


◆9月15日 1時12分

 携帯電話を置いてきてしまった。

 消防士だなんていう、ベタな手に俺はどうして引っかかってしまったんだろう、とジョンは思った。

 でも、そんなことを思っても仕方ない。あいつは異様に足が速い……ほかのオフィスは、鍵がかかっている。今の時間はエレベーターも動いてない。非常階段しかない。ジョンは走ったが、既にあの男が待っていた。ジーザス……



◆9月15日 1時18分

 男の手は血だらけだ。あの警官たちの血か。そして、サングラスが外れた顔の色は、黒じゃない、濃い緑だ。顔に苔みたいなものが生えているのか? 苔?

 そんなことより、そうだ、どうしてこれを思いつかなかったんだろう。

「待ってくれ。石だろ? あの白い細かい彫刻が施されてる、赤い模様が入った石だ」

 男の歩みが止まった。

「そうだ」

 男が答えた。

「駐車場の車の中にある! 嘘じゃない! あの石が部屋の中にあると、ネットが繋がらなくて仕事にならないんだ! だから、車に置いてある! 黄色い車だ。あの駐車場で黄色い車は、俺のしかないはずだ!」

「だから、お前の家にも無かったのか……」

 俺の家?

「お前、俺の家に行ったのか?」

 男は答えずに男は踵を返した。

「あの石は何なんだ!」

男は振り返ると遠くを見つめるように言った。

「カーシーの馬鹿に誘われて遺跡に行った。金目のものは、ほとんどなかった。遺跡にはまっていた、あの石を取ってきた。回廊の出口付近まで変化に気がつかなかった。カーシーが転んだ。そうしたら、石の床から草が生えてきて、カーシーの頭や顔に草が食い込んでいった……」

 男は、何かが決壊したように話し始めた。

「カーシーのその様子に、驚いて俺も尻もちをつき、石の床に手をついた。そうしたら、草が……床から草が俺の手にも食い込んできた。草を引きちぎって、俺は遺跡から逃げた。カーシーはどうなったかは知らない。

恐ろしかったが、当座の暮らしのために金が必要だった。だから、あの石をあの店で売った。そうしたら、俺の体に入り込んでいた草が成長し始めた。体のあちこちから、芽を出し始めた。恐ろしかった。草は、俺の体内に残っていたらしい。どうしたらいいか考えた。

遺跡から帰って数日たっていて、なぜ、急に草が成長を始めたのか。そうだ。あの石を手放してからだ。あの石と一緒にいないと、俺は草に乗っ取られてしまう」

 ジョンは、彼が何を言っているのか、さっぱりわからなかった。

「車のキーは?」と男は言った。

「オフィスの俺の机の引き出しにある……」

 男は走り去った。

 ジョンは、大きく息を吸ったが、確認しなければならない事があった。ジョンは、オフィスに戻った。

 途中、警官たちの死骸があった。どうしたら、あんなふうになるんだ。尖ったものを無数に突き立てられたような傷があった。

 オフィスに戻ると、引き出しが開けっ放しになっていて、もう男はいなかった。

 机の上の携帯電話を取ると、家に連絡をした。レイチェルが出ない。こんな時間に留守をするはずがない。ああ、出ろ、出ろ、出ないなんて……ああ、神さま……

 物音がして、ジョンは我に返った。男が、戻ってきていた。

「嘘をついたな…… 車に石は無かったぞ!」

「そんなはずはない!! 車にあるはずだ! それより、お前、レイチェルになんかしたのか!?」

男は、少し視線を泳がせた。

「俺は誰も殺したくなかったんだ……!」

レイチェルが……

 ジョンは、相手に飛び掛かった。左腕にナイフが刺さったみたいだったが、どうでもよかった。馬乗りになって、男を殴った。男を殴った右手が針に刺されたように痛い。ふいに男が、ジョンの左手をつかんだ。

 こちらも無数の針が刺さるような痛みがして、ジョンは飛びのいた。左手に何か無数に刺さったような感覚がして何かが、手に何かが入ってきた。引きちぎるようにして、男から離れた。

 左手に無数の穴が空いていて血が出ていた。ギザギザしたものを無理に引き抜いたような酷い傷口。

 男はいつの間にか動かなくなっていた。

 仰向けに横たわった男の体を突き破って、あちこちから、白い植物の芽のようなものが生え始めた。それは、緑色の茎になり、黄色い葉っぱのようなものが出て、それが傍で見ていてわかるくらいの勢いで伸びていった。男の体はそれに伴ってしわくちゃで黒い干物のようになった。

 その男から生えた枝たちも、男が干からびてから少したつと、茶褐色になり、枯れ果てた。ミイラのような男の死骸と枯草のようなものが残った。

 ジョンはやはり、わけがわからなかった。俺はいったい何を見ているのだ? 何が起きたのだ?



◆9月15日3時22分

 カイ・デソーサは、体積、出ている波長など、いろいろな検査器具で、測ったデータの記録を見ながら、石をちらちらと見た。確かに、電源が無いのに高周波が、この石からは出ている。

 この石で、通信障害が起きるなら、ジョンはオフィスには置いておかないだろう。ジョンは、石を自宅に置くだろうか。彼の性格だったら、こういうものは直接、愛でたいタイプだ。自宅に持って帰ったら、石っころに、金を払ったのを知り、妻のレイチェルは嫌味たらたらだろう。

 彼の性格だったら、車に置いて通勤時間に、それを見て楽しむだろう。相変わらず不用心な男だ。スマートキーのIDをコピーするなど容易い。

 こんな骨董品が電源無しで高周波を出すなんて。これが、人為的に作られたものだとしたら、とんでもない技術だ。この原理を解明、応用できたら……



◆9月15日 11時40分

「あんまり、こちらには近寄らない方がいいわよ。ヌル遺跡付近は、通信障害が酷いから。」

 レイラ・バーナムは助手席で言った。

 ヘリを操縦している、ウィリアム・ソロコフは、

「知っているよ。あの遺跡には、ヘリどころか徒歩でも入りたがる人間はいない。あの調査隊の事件以来……でも、今日は、まったくノイズが入らないな」と答えた。

「ちょっと見て!!」

レイラが言った。

「なんだよ! 近寄るなと言ったり、見ろと言ったり……」

 ウィリアムは、そこから1キロ四方に、石造りでできた遺跡の上にある、白いものを確認した。遺跡の広範囲の石から白い何かが、無数に生えてきていた。



◆10月18日 12時26分

チャールズ・ソレッキは、また石板を見ていた。

解読できなかった最初の方の解読がだんだん進んだ。


緑は私の中に入り

私は緑に守られて

それを運ぶ

土に触れれば

根を生やす

子守歌を作る

赤と白の鍵の石

一か月 白い芽が出はじめて

三か月 黄色い葉がついてくる

五か月で緑の枝が伸びてきて

八か月 紫色の花が咲き

一二か月 赤い綿毛が飛びまわり

数年後 世界は緑のものになる

…………

この内容のまとまりは解読できた。それでも、依然として、何を言ってるのか、さっぱりわからなかった。



※ このノイズは月1のHEARシナリオ部において、書いたものでしたが、続編を含めて書き直したものが、「ヌープ」になります。

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