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サムラッチの思い出

私が所属しているHEARシナリオ部で書いた作品です。
月に一度テーマを決めて、部員で作品を書き合います。
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※この作品はフィクションです。

■現在

調子の悪くなった玄関のサムラッチ錠。
取っ手をつかみながら
サムピースと呼ばれる部分を親指で押し、取っ手を手前に引く。
そうすると、ドアが開く仕組み。
一昔前に、流行った種類で、
豪華そうなデザインなので装飾錠(そうしょくじょう)ともいう。
この玄関のサムラッチ錠は、
サムピースを押しても硬くなっていて動きにくい。
 
■過去
 
子どもの頃、
やっぱり自宅玄関のサムラッチ錠の調子が悪くなった。
父親が、出入りのガス業者に
このドアの鍵の不具合は直るものなのかと尋ねた。
そのガス業者は、リフォームなども手掛けていたから……

「ドアを交換しないとダメですね」

と、その業者は言った。
ドア交換で6~7万円かかると。
 
修理費が高額なのと
開け閉めが全くできなくなったわけではなかったので、
ドアはそのままになっていた。

そうしたら、本格的にドアが開けにくくなった。
 
ある日、僕が学校から帰ってきて、
玄関でいつまでもドアをガチャガチャやって手間取っていたら、

「あんた、いったい何してんの?」

と、近所のお姉さんが声をかけてきた。
仕事が、たまたま休みの日だったというのは、あとから聞いた。
 
「えー。鍵、調子悪くて……」

「見せてみな!」

「わかんの?」

「舐めんな! うあーほんとに、硬くなってるなー」

といいつつ、お姉さんは、力づくでサムピースを押して
無理やりドアを開けてしまった。

「ドアを交換しなきゃいけないって、業者の人が……」

「そんな馬鹿なッ! これ簡単だぞ?
そいつ、ぼったくりか、勉強不足だよ!」
 
と、お姉さんは呆れた顔をした。
 
「ドライバーある? 
あるなら持ってきて! 
それから潤滑油と古い歯ブラシ」

家の中から僕が、それらを持って来ると、
お姉さんは錠前の内側のネジを外し始めた。
 
 
■現在
 
僕は、ドアにストッパーを噛ませて、
手順を思い出しながら内側のネジを外していった。
そして、内側と外側の取っ手部分を外した。

ここまでは大丈夫。

でも、分解して戻せなくなったら…………
………………
戻せなくなっても、それはそれで……
僕は笑って大きく息を吐き出し、作業を再開した。
 
外側と内側の取っ手は外したが、箱錠(はこじょう)と呼ばれるドアに埋め込まれている部分も外さなくてはならない。

フロントと呼ばれるドアの端に箱錠を固定している部分のネジを緩めていく。

……ゆっくり。
フロントのネジは、小さいから、落とすと見つからなくなってしまう可能性がある。

二つとも落とさず外せた。

僕は、ため息をついた。
 
ドアの内側と外側の取っ手部分の機構(きこう)、そして箱錠の中には、土埃がぎっしりと詰まっていた。
この辺は田舎だから土埃も多い……
歯ブラシで、詰まった埃を取り除き、機構の接触部分に潤滑油をスプレーした。
 
ここからが、難しい所だ。

ドアを持ちながら、箱錠をもとの場所に差し込む。
表側の取っ手と、箱錠、そして内側の取っ手、この三つの仕掛けが組み合うようネジで固定しなければならない。

集中力が落ちてると、シリンダー……鍵を差し込む場所を上下、逆に取りつけてしまうなんて間抜けなことになる場合もある。
それでも壊れることはないが、鍵を回す方向が反対になってしまいとても使い辛い状態になる。

複雑に空いた穴や溝(みぞ)、それを両側からはめ合わせた状態を維持しながら……
くそっ! ……ずれてはまらない!
こんなこと、以前は、難なくできてたのに……
 
■過去
 
「不器用だよなー よく見なよ! 
不良品じゃなきゃ、ぴったり合うはずなんだからさ!」

「うるさいなー!」

「(くすくす)よく見て形と仕組みを理解すること、これに尽きるんだけどねー。
いつになったら、あたしと一緒に働けるようになるんだか。
それとさあ、深呼吸でも何でもして落ち着きなね!
落ち着かないと、できることもできなくなっちまうよ?」

「ちッ ふうううう……」

「でも、あんたのいい所は、素直に……地道に……何度も努力する所だよ……」
 
■現在
 
何度も位置を確認して、穴や溝、突起物が組み合うように調整。
 
はまった!

ついに内側と外側の取っ手、そして箱錠が噛み合った。

ようやくポケットに入れたネジを取り出して、固定……
 
くそっ! 
違う箇所のネジだ。ネジを取り換える。
 
おっと、危ない! ネジを落としそうになった。

……落ち着け。
 
「ふうううう……」

僕は深呼吸をした。
取り換えたネジをビス穴に差し込んで回していく。
 
落とさないように、ゆっくり。
大丈夫。
 
作業に時間はかかってるけど、ドライバーは安定して持てるようになってる。
集中力も途切れてない。
 
箱錠が少し下がって固定されてしまったので、微調整して…………

できた……

サムピースを押しても、すんなり動くようになった。

僕は、玄関の中に入り、上がりかまちに乱暴に座り込むと、ため息をついた。

「イツミ……」
 
 
■過去

 僕は小さい頃から、結構、アホないたずらをして、近所の人に怒られてばかりいた。
 
そんな時、よく僕をからかってきた口の悪い近所のお姉さんがいて。
 
本当にサバサバした人で、僕たちは、お互い気安く声をかけあうようになった。
僕も、乱暴な口を利いていたけど、
その近所のお姉さん……イツミさんのことを、
本当に、かっこいい人だなあって、ずっとずっと思っていた。
 
だけど、まさか、その後、僕が大きくなってから、
イツミさんが、
こんな歳の離れたアホガキの彼女になってくれるなんて、
思ってもみなかった。

……イツミさん……………
……イツミと……
 
ずっと長い間、
爺ちゃん婆ちゃんになるまで、
バカなこと言い合いながら、長い年月を過ごせると思っていた……

でも、僕たち二人が乗っていた車に、突っ込んできた馬鹿がいて、
僕は大怪我を負って、イツミは死んだ。

■現在

僕は、事故の後遺症でペットボトルも持てないほど
手に力が入らなくなって、仕事を続けられなくなった。
 
そして、多くもない保険金と慰謝料で食いつなぎながら、
一生懸命リハビリを続けていた。
 
しかし、見通しがつかなくなった人生に だんだん疲れてきて、
僕は、うつ病にまでなってしまった。

これ以上、どう頑張れっていうんだよっ!
 
このままずるずる続けても仕方がないと思った。
 
詰まらない賭けだが、僕はやってみることにした。

イツミが直してくれたけど、
年月を経て、また 硬くなっていた実家のサムラッチ錠。
それを直せたら、もうちょっと頑張ってみる。

直せなかったら……すべてを終わりにする……


そしたら……これだよ………(ため息)
 
イツミ……本当に、お前、相変わらず容赦ないな……
 
僕は笑った。 

―――まだ、こっち来るのは、はえーよッ
 
暗闇から、イツミの声が聞こえたような気がした。
 
なんでなんだよ………こんな

 ―――…………本当に、辛かったね。

聞こえてくるイツミの口調が変わった。
 
―――並大抵のことじゃなかったのはわかるよ………
 
―――そして、これからのこと……簡単ではないことも……
 


普段は、サバサバしてるのにイツミはときどき、凄く優しくて。
 
―――一緒にいられなくて、ごめんね……
 
僕は、子どものように泣きだした。
 
しばらくして、また、いつもの調子に戻った声が聞こえてきた。

―――でも、あんなひでー状態から、そこまで、這い上がって来れたんだ!
 
―――もうちょっと、がんばってみな!
 

◆◆ ヘッダーデザイン JiR様 感謝
 

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