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植物に聞いてみた ~ハルジオン~(シナリオ)

私が所属しているHEARシナリオ部で書いた作品です。
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※この作品はフィクションです。

難病になり人生がボロボロになっていた「私」。あるきっかけで、なぜか植物と話せるようになる。彼は、個性豊かな植物に、その生き様を教えられて、それをヒントにしながら絶望していた彼は少しずつ、変わっていく。

―――私たちよりも、あなたの方が可能性というものがあるように思えるのです。


語り 始めは腰痛から始まった。しかし、その痛みはどんどん広がり酷くなった。まるで体中へ常に電撃を食らっているようだ。

何の罰ゲームだろうか。編集担当者が原稿の催促のために連絡してきたので、病気だというのだが、最初は仮病だと思われていた。いつものように適当な理由を考えて誤魔化す思考能力すらない。誤魔化すというより、電話に出て自分の状況を説明すらことすら、最後の気力を絞り出すくらい力を込めないとできない。最悪の缶詰状態だった。

難病だということを見つけてくれた医者も「治る人は、非常に少ない病気で、これからはゆっくり過ごしてください」と言った。医者は強い痛み止めや睡眠薬を出した。しかし、副作用で、頭がぼんやりしたり、ふらついて転びそうになる。

ついに、私に仕事の依頼は来なくなった。

痛みと疲労で、徐々に体力と気力を削られていく。

このままでは、廃人になってしまう。無理やり散歩を始めた。耐えがたい状態の中、散歩で出会った植物に直接触ってみた。少し、気持ちが紛れた。しかし、やはり足の痛みで、散歩を続けるのが難しい。私の体は、痛みとストレスでガチガチになっていた。力を抜きつつ運動をするという、誠に難しい事をやらねばならなかった。最初はプールに通っていたが、あの忌まわしい感染症が始まり、行けなくなってしまった。

自転車はどうだろうと思った。痛みはやはり激しいが、プールでの運動のお陰で、自転車は何とか乗れるようだ。危ないので人気の無い所を走った。この辺は田舎で、人も車も来ない所がたくさんある。

自転車のようなバランスを取らなければならない動きは、ガチガチではできない。力を適度に抜きつつ動かねばならない。私には合っているようだった。そして、散歩の途中に、やはり植物を見るようになった。生垣、花壇、街路樹、そして、空き地、雑木林。そこには、無数の植物たちがいた。

その日、私は、少し自転車を止めて休んでいた。

 

ハルジオン いつも頑張っておられますね。

 

語り ふいに声が聞こえたので、私は辺りを見回した。

 

ハルジオン ここです。私は、あなたがたが、ハルジオンとかハルジョオンとか、言っている雑草です。松任谷さんと言いましたか。有名な歌手の方が歌っておられるそうですね。

 

語り 私は、その素朴な白ともピンクともつかない花を見た。ついに幻聴が聞こえるようになったかと思った。

 

ハルジオン 幻聴か、などと思っておられるのでしょうか? あなたは、狂ってなどいません。まあ、今、この辺りに人もいませんし、私とお話しても、頭がおかしくなったとは、思われませんよ?

 

語り 信じられない。植物が話しかけるなんて……

 

ハルジオン 毎日、頑張っていらっしゃるなあと、感心しながら、拝見しておりました。あと、私に触れたりされていましたね。

 

いや、あの、変な意味ではなく…… 葉や茎に触ると、病気の痛みでどうしようもない苦しさが、紛れるのです。

 

ハルジオン (くすくす)ようやく答えてくださった。嬉しいです。セクハラだと訴えたりはいたしませんよ。人間の手の平の感覚は、脳の幅広い部分に働きかけるそうなので、そういうものがいいのかもしれませんね。医学は、特に神経系は、チョウセンアサガオさんの方が詳しいから、そちらに聞いた方がよいかもしれませんが。

 

語り これが、妄想なのかどうか、私は計りかねた。しかし、ハルジオンはとても親切に話しかけてきたので、少し穏やかな気持ちになった。妄想というものは、こんなに穏やかで親切な性質のものもあるのだろうか?

 

ハルジオン お休みの間、退屈がてらに、私の身の上話でも、聞いてくださいませ。私たちはどこにでもあるので、貧乏花(びんぼうばな)などと言われたりもしますが、私たちも、これだけ広がるまでには、それなりにドラマがあったのですよ?

 

語り ハルジオンがドラマ? その辺の雑草ではないか。何を言っているのだと、私は思った。

 

ハルジオン お疑いのご様子ですね(くすくす)。私は、大正時代に、アメリカから日本へ連れて来られました。観賞用の花として。大昔は、花屋で私たちは売られていたのですよ。

 

ハルジオンが、花屋で売られていたのですか?

 

ハルジオン ええ、ピンクフリーベインという商品名でした。

 

それが、どうして雑草に?

 

ハルジオン 流行の移り変わりの中で、人々は私たちに飽きてしまったのです。それで、取引されないようになり、私たちは放置されました。エスケープ植物だなんて言われますが、見捨てられただけ。それでも、私たちは、野原や道端。山林で増えていきました。

 

なんとたくましい……

 

ハルジオン 幸運が重なっただけです。海を渡ってきても、風土の違いに順応できず、文字通り根絶やしになる者も多いのですよ。ところで、あなたは、ご病気みたいですが、どんな病気なのですか?

 

死ぬ事は滅多に無いのですが、激しい痛み、感覚過敏や疲労があります。寝たきりになってしまう人もいます。いろいろな要因が絡み合った病気で、薬ですっと治るものではないのです。運動療法が一番効果があるということでなんとかやっています。

 

ハルジオン 治った方はいらっしゃらないのですか?

 

いろんな研究があるので、一概には言えないのですが、三割とか四割とか。友人は、軽々しく「そこに滑り込めばいいだけじゃないか」と言ったりする。治療法が確立されていない上に、歩けば足の裏が痛く、座ればお尻が体重で痛く、布団で寝ていても体重で体が痛いなんて、経験したことないくせに! これをずっと、一生続けなければならないのかと思うと、耐えられない。外側にあるものなら、距離の取りようがありますが、自分の内側にあるものは、距離の取りようがありません。これから、どうやって生きていけばよいのでしょう?

 

ハルジオン それは……聞いているだけで、とても、辛い状況ですね。私たちも、少しだけ似た経験があります。随分昔、人々は、私たちが生えている所に薬を撒きました。何年も、何度でも。移動できない私たちは、今いる場所の水分を吸うしかない。光合成の仕組みを利用して、細胞内のタンパク質やDNAを破壊……よくこんな事を思いついたと感心しています。とても苦しい死に方です。

 

……除草剤ですか。

 

ハルジオン 私たちは、異国の地で見捨てられ放りだされました。仕方なく適応していただけです。しかし、人々は、私たちが邪魔だったみたいです……

 

すみません……

 

ハルジオン いえいえ、関係無いあなたに謝ってもらっても(苦笑)。ウィルスや細菌、昆虫などは、世代交代のサイクルが速くて、薬剤の耐性がつきやすい。それに対して、世代交代に時間がかかる植物は薬剤抵抗性がつきにくい……はずでした。

 

……はずでした?

 

ハルジオン 抵抗性がつきにくいはずでした……が、奇跡が起こりました。世代交代の中で変異が起きて、除草剤が効かない性質を私たちは獲得したのです。

 

……除草剤を克服してしまったのですか?

 

ハルジオン ええ。除草剤さえ克服できれば、これだけ広がっている私たちに決定打を撃ち込む方法はありません。そして、私たちは、遥か昔から日本にいるような顔をして、風景に溶け込んでいます(くすくす)。

人間の病気の事はわかりかねますし、酷な言い方をするようですが、諦めたらそこで終わりではないでしょうか。人間は移動したり、対処を考えるということができます。私たちよりも、あなたの方が可能性というものがあるように思えるのです。私たちが、除草剤に抵抗性を持ったのは、奇跡的な恵みだと思っています。なかなか人間に、そんな奇跡は起きないかもしれません。しかし、三割、四割、治る確率があるなら、治らないというのは、言い過ぎです。ポジティブに考えるのは、大切だとは思いますが、治らない人もいるのですから、絶対治るというのも嘘になるでしょう。

それでも、治る場合があるかもしれない。治らないまでも、症状が軽くなるかもしれない。生活が立て直せるかもしれない。「良い方向に行くかもしれない」と柔らかく思いながら可能性を探りつつ生きるのは、ダメでしょうか。

私たちが、薬剤抵抗性を持つよりは、分の良い勝負のような気がします。見た所、あなたは、随分、根気強く頑張れる人みたいですし。

あ、人が来ましたね。あなたも、頭がおかしいと思われたくないでしょうから、おしゃべりは、このくらいにしておきましょうか。文字通り、草葉の陰で、応援していますよ。気が向いたら、ほかの植物にも、話しかけてみてはどうでしょう。みんな、なかなかですよ(くすくす)。

 

語り それ以降、ハルジオンは、沈黙した。ぼんやりしている私の傍を、通りがかりの人が不思議そうに見ながら、通り過ぎていった。

ハルジオンは膨大な犠牲を乗り越え、薬剤抵抗性を持つようになった。私の状況の方が、ハルジオンの奇跡より、良い方向へ転ぶ可能性はあるかもしれない。

どこから立て直したらいいだろう……

ハルジオンのしたたかでたくましい生き様を知って、少し植物について調べてみた。陸上の植物が現れたのが四億五千万年前。人類の祖先が現れたのは二十万年そこそこ。彼らは、生命進化の大先輩なのだと知った。植物に対して尊敬の念が沸いた。

相変わらず、体中が痛いが、久しぶりに原稿を書いてみたくなった。指の細かい動きが、いまいちなのだが、ぎこちない動きで、私は次に書く作品のタイトルを打ち込んだ。

「植物に聞いてみた」……と。 

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・この作品は朗読、配信などで、非商用に限り、無料にて利用していただけますが著作権は放棄しておりません。テキストの著作権は、ねこつうに帰属します。
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