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花を見る者

私が所属しているHEARシナリオ部で書いた作品です。
月に一度テーマを決めて、部員で作品を書き合います。
フリーで朗読・声劇で使用できる物語です。
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先生、心配かけてごめんね。私が元気無かったから、心配してくれて手紙書いてくれたんだよね。
いまどき手紙でっていうところが先生らしい。
だから私も頑張って手紙で書いてみたよ。
私、字が下手だし、作文苦手だから、スマホで書いて、コンビニで印刷したんだけど、ほんと、めんどくさかった。
さらさらっと、手紙を書ける先生のこと、本当に尊敬するよ!

まあ、そんなことは、ともかく、結構な枚数になっちゃってごめんね。
船橋駅の南口を出て、駅前通りをまっすぐ歩くと、柱みたいなものに二人の少女が座っている銅像がある。その奥に大きな建物、船橋文化ホールと中央公民館の建物。そこに続く階段があって、その左側。あずまやみたいになっていて(屋根がないけど)、石碑、そして、木があるよね。その木には、夏にはピンク色の綺麗な花が咲く。先生なら、これだけで、わかるよね。
そう。「そのとき」まで「それ」を私は気にかけたこともなかったんだけどさ。



私、陽キャだからさ。先生は、いきなり暗くなった私を心配してくれてたよね。暗くなったというか怯えてたんだけど。
夏休み前だったから、よけい心配してくれてたんだね。
でも、どう話したらいいかわからなくて。
「言葉」にするのって難しいよね?
「話さなきゃわからないよ」って言う大人がいるけどさ。
「あんただって、うまく話せないこといっぱいあるでしょ!」って言い返したいときがあるよ。
あ、脱線してごめん。話戻すね。
別にこのクラスが嫌だったわけじゃなくてね。
学校のクラスって、仲良くなれる人がいっぱいいるクラスになったり、なんか相性良くない子ばっかりのときがあったり、そういうのあるよね。
先生のクラスは、居心地いいよ。
自分と合わない先生が担任だったりすることもあるけど、先生は、なんかね。信頼? あのクラスは、安心できるって感じっていうのかな。
それくらい信頼してる、先生や友だちにさえも話せないくらいのことだったんだ。



私、根は陽キャじゃなくて、実は暗いんだよ。
うちの親も悪い親じゃないんだけど、とにかく忙し過ぎて。
人としてのゆとりがないから、家の中が壊れそうな感じがあって。
小さい頃から、なんか張り詰めた感じの家でさ。
凄く緊張して過ごしてた。
気持ちをぶつけたら壊れそうな感じの家族。
それで、私は、人の機嫌を伺いながらヘラヘラする人間になった。
だけど、このクラスでは、自分を出せた。こんなことってあるんだね。
だから、私が暗くなったのは、先生のせいでも、このクラスのせいでもないんだ。
「暗くなれた」って言ったら意味わかるかな。正直になれないと「暗く」もなれない。「暗くなれないまま」どっか行っちゃうってこともあったりね。



まあ、そんなことはともかく。
二つ年上の従兄がいてさ。結構仲良くしてた。
うちのアパートは、動物飼えないんだけど、従兄のうちは、結構広い家で。
従兄んちは、猫飼ってたの。私、猫大好きだったから、しょっちゅう、その従兄のうちに遊びに行ってた。
夏なんか従兄のうちは、海近いから、海水浴がてら、ずっと泊まったり、叔父さん叔母さんにも、本当にお世話になったな。
そういうわけで、従兄ともたくさん一緒に過ごして話すようになって、仲良くなったつもりだった。
だけど、ある出来事があって、それもダメになったというかなんというか……
それで、やっぱり、うちの親たちも、ゆとりがないからさ。
だから、私、家では普通に振る舞うしかなかった。
でもね、学校では「暗く」なれた。自分の気持ちを正直に出して、病んでても大丈夫だった。
みんなも、心配してくれたけど、そんな大げさじゃなく、さりげなく気遣いしてくれたよね。大騒ぎされたら、居づらくなるじゃん。みんな大人だなって思う。あのクラスの人たちは、なんで、あんなに人間できてるんだろうね。あ、また、話が脱線してきた。話を戻すね。



そうやって、私が自分を出せる所って、実は、「もう一か所」……というか「もう一人」いた。それが、さっき話した従兄だった。従兄は、自分のことを、ほとんど話さなくて、にこにこしながら、私の話を聞いてくれるの。
「なんか、理由はわかんないんだけど、死にたいくらい苦しいときがあって……」とか、友達にも話さないようなそんなことまで、私、従兄に全部しゃべってた。
でも、今考えると、私は、ほんとにバカだった。
自分を出さないで、ただただ、そんな話まで落ち着いて聞いてられるって、おかしくない?
私の二つ上くらいの男の子がだよ?
私、頭良くないし、両親と同じように、私も、ゆとり無かったから「そんな一方通行な感じ」は何か変だって気づけなかった。
……従兄は、突然、死んじゃった。
叔父さんや叔母さんにも、従兄は何も話してなかった。遺書も無かった。
やっぱりさ。自殺だと警察来て、いろいろ学校や友だち関係も調べたみたいだけど、それでも従兄が死んだ理由は、わからなかった。



それが……従兄が死んで、一週間後くらいかな、従兄の名前でメールが来て私はぎょっとした。
「……君のことが大好きだった。でも、言えなかった。君は、安心して、ぼくの前でいろんなことを話してくれて、その時間が大切だった。
そして、ぼくは君を女の子として見るようになった。
ぼくは、君を抱きしめたくて我慢できなくなりそうなときがあった。
でも、それは、いけないことだ。『それをやったら君を失う』とわかっていたから、我慢していた。
君は、彼氏のことを話し始めていたからだ。
とても楽しそうに。
ああ、ぼくは通過点だったんだ。
ぼくの役目は終わったんだって思った……」
そんな感じの出だしで、私に失恋したことだけじゃなくて、やさしそうに見えてたけど「こんな闇を抱えてたの?」っていうようなことが、延々と書いてあった。
私は怖かったり、申し訳なかったり、怒りがこみ上げてきたり。
あのときの気持ちはなんて言ったらいいのかわからない。
でも、いくらなんでも、あとから、こんなこと伝えてくるのって卑怯じゃない?
気づかない私も大バカなんだけど、そんな闇を抱えてるんだったら、演技なんかしないで、暗くなってくれた方が百倍助かる。
何も言わないで、突然、凄いことされるよりは。
まあ、私も歪んでるから、人のこと言えない所もあるんだけどね。
 
知らなかったけど、メールを何日もあとになってから送る方法ってあるんだね。
それで、もうメンタル滅茶苦茶。
彼氏にも話せないまま、ぎくしゃくして別れちゃった。
だけど、それだけじゃ終わらなかったんだ。



ふと何か変な感じに気付くようになったの。
最初、わからなかったけど、気が付くと、カーテンの隙間とか、学校にいても、少し開いたロッカーの陰からとか、じっと、誰かが見ているの。ずっと。
ゾッとした。
目だけがはっきり見えて、ほかの所はよくわからない。でも、間違いなく従兄だと思った。
「卑怯者!」って、私は心の中で怒った。正確には、怒ってる振りをして、自分を保たせていたというか。
先生は、心療内科とか言いそうだよね。
若い頃カウンセラーになりたかったことがあるって、先生、ちらっと話してたもんね。
オカルトっぽいことも、滅茶苦茶検索したけど、そっち系の病気についてもたくさん調べたよ。
「目」だけだったら、幻覚……幻視かもとか、思うんだけど、誰も入ってない家のトイレで水が流れる音がしたりさ。
「音」も幻聴ってことがありうるよね。

でもね、自分の部屋に戻ると、本棚の本や貼ってあるポスターが逆向きになってたり、ごみ箱がベッドの真ん中に置いてあったり。そんなことが、たびたびあって。
明らかにおかしいよね。
でも、これを誰かに話したって、あまりにも不思議過ぎるから、構って欲しいために、私が、わざとやってると取られる可能性もあるわけで。
そもそも安心して話せる親じゃない状況だと、専門家にだってかかれないよ……
SNSで病みアカ作って、ちらっと書いたら、自称ヒーラーやら「ぜひ、うちに避難してきてほしい」っていう、男とか、危なそうなのから、バンバン連絡来てね……
  
まあ……
わかる? ほかのつながれる宛てもなく、自分の部屋も、こんなんじゃ、不登校にすらなれない。
でも、このクラスは――このクラスにいても、従兄はどこかの隙間から私を見てるんだけど――この「場」の中にいたら、私は気が紛れた。
安心して病んでる自分でいられたの。
私の「死にそうな感じな皆勤賞」って、こういうわけだったの。
私にとっての、クラスは、本当に大事な「場所」だった。



どうにか耐えてたけど、ついに夏休みになっちゃった。
それで、私は、クラスに避難できなくなった。
私は、家で従兄に見つめられ続けて、もっとメンタルがボロボロになって。
私は、延々と出歩いてた。外の方が気が紛れるから、マシだった。
溶けそうなくらいの連日の暑さなのに歩き回ってて、よく熱中症にならなかったって思うよ。
あのときも、どこへ行っても、従兄がビルの窓の端から、側溝の穴の隙間から…… どこからか私を覗いていた。
私は逃げまわるように雑踏の中を歩き続けた。

そんなとき、少し離れた所に、顔色の悪いおじさんが立っていて、何かの木を見上げているのが見えた。
公民館とか船橋市民ホールへ通じる階段の左脇。
通ったことない場所じゃなかったけれど、木があることすら認識してなかった。

その木には、ピンク色の花が咲いていて、とても綺麗だった。
……綺麗なだけじゃなくてなんか、とても「強い」って私は感じた。
あとから知ったけど、キョウチクトウって、広島の原爆のあと、一番最初に咲いた花って言われてるんだってね。
でも……あの感覚が、突然、今までにないくらい強烈になって、振り返ったら、路駐してる車の下に従兄がいた。
車の下から頭を出して、じっと私を見ていた。
だけど……見ているだけじゃなくて……車の下から青い顔をした従兄が、右手を出し、左手を出して、両方の手のひらを地面につけると、ずるずると這い出してきた。
従兄の亡霊が、初めて全身を見せたんだ。そして、立ち上がった。
車の下から……しかも、死人みたいな顔をした男の子が(まあ、実際、死んでるんだけど)、出てきたら大騒ぎになるはずだよね。普通なら。
でも、やっぱり……大勢の人がいるのに、誰も従兄に気づかなかった。
従兄の足が動いた。一歩、また一歩。
従兄は、歩き出した。
ゆっくりと私の方に。
私は、逃げようにも体が固まってしまって声も上げられなかった。
従兄が、すぐそばまで、近寄ってきた。
でも、「アレ?」って思った。従兄の視線は、私じゃなくて、私よりもっと遠くの方を見ている感じだった。
従兄は、私の隣をゆっくり通り過ぎて、そのキョウチクトウの木の下に行き、ピンクの花を見上げだしたの。
もう、顔色の悪いおじさんはいなくてなっていて、従兄だけが、そのキョウチクトウの花を見上げてた。
後頭部しか見えなくて、従兄が、どんな顔でキョウチクトウを見ていたかは、わからなかった。でも、凄く長い時間、花を見つめ続けてていた……
1時間近く経ってからかな。
従兄は、キョウチクトウを見るのをやめて、向こうの方へ歩き出した。
従兄は、私から遠ざかっていったの。
そして、雑踏の中に従兄は消えた。
それっきり、従兄は、もう出てこなくなった。部屋の物の位置が変わったり、変な音が聞こえたりすることも無くなった。



あとから知ったんだけど、あのキョウチクトウは、もともとは太宰治の家にあったものなんだってね。生えていた場所が再開発されるから、移植されたんだって。
そんなことは、先生だったらもう知ってるかな……
私、マンガとか動画しか見ないから、太宰治が船橋に縁がある人だなんて、全然知らなかった。有名な作品をいくつも船橋で書いてたってのも、あとから知った。
太宰の霊なんだか、キョウチクトウのパワーなんだか、よくわからないけれど、従兄の気持ちを変えてくれた「何か」には凄く感謝してる。
従兄が向かった所が安らげるような場所だったらいいなと思う……バカというか、悲し過ぎるからね。 
まあ、それで、その「何か」へのお礼という言い方も変だけど、太宰の小説……ちょっと私も読んでみたんだ。
信じられる? 私が「文学作品」を読んだんだよ?
でもマンガや動画ばっかり見てるような私には、やっぱり難しくて。
「走れメロス」の感覚で読み始めたんだけど……病んでる感じが凄い作品も多いから、太宰ってきつい……
それなのに、なんか変な魅力というか、少し共感できて引っ張られそうになったりする所もあるから、なおさら怖い……
 
あとね……ちゃんと言いにくいことも、伝えようとしなきゃいけないっていうことも、痛切に思ったよ。
生きてるうちにね。
 
まあ、そんなこんなで……太宰読破はちょっと挫折してマス……
でも、もうちょっと頑張って読んでみようと思ってて。
難しくてもさ。検索すれば、太宰の解説ページなんて、うんざりするほどあるから。
でも、お陰で、私、太宰以外の文学作品も読むようになったよ。
……先生、小説って、案外おもしろいんだね……くだらないのにも当たったりもするけどさ。
先生、心配して、お手紙くれてありがとう!
二学期は、また、バリバリ明るくなって帰ってきます!

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