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第1話<月曜日の朝>↓

「いってらっしゃい〜」
夫の隆司を送り出して、そっと玄関を閉める。新しい1週間が始まった。

昨日の喧嘩のことはとりあえず忘れよう。念のため、玄関の覗き穴から隆司の様子を見てみる。エレベーターが来たようだ。隆司が仕事を楽しんでくれるように祈る。

子供と夫が去った家の中は静まり返っている。昨晩は、隆司との喧嘩の後、何もかもすっかりやる気をなくしてしまって、家のことなど何もせずに寝た。そのまま放置していた山盛りの食器やフライパンが洗い場を占領している。手を洗おうにも、汚れがついた鍋に手が当たりそうだ。

「はあ。」
真弓は大きなため息をついた。考えないようにしようと思っても、頭の中では、昨日隆司に言われた言葉が耳に響く。

でも、今それを考えるのはよそう。真弓は、腕まくりをして、スポンジに洗剤をつける。やることがあるというのは幸せだ。洗い物を一気に片付けた。キッチンのシンクは一気にすっきりした。

そのあと、洗濯物をスタートし、さっと掃除機をかけた。隆司がこぼした食べかすだろうか。隆司がよく座るソファの近くに、お菓子の粉がたくさん落ちていた。

(まったくもう・・・)と思いながら、掃除機で全部吸い取る。掃除をしていると、余計なことを考えなくて済む。

一通り片付けると、ちょっとした達成感もあって、戸棚からチョコレートを出した。食べ始めたら止まらない。(こんなに砂糖ばっかり食べちゃよくないね・・・)と思って、最後に5つくらい取り出して、戸棚にしまった。

携帯を見ると、メッセンジャーに親友の明美からメッセージが来ていた。「真弓〜!今週末のお花見会なんだけど、佐々木さんが来れなくなっちゃって、当日の準備と受付だけやってもらうことできたりしない><?」

明美は、長女の亜紀が小学校に入った時に、ママ友として親しくなった。亜紀と同じクラスの真斗くんのママだ。

真弓は今週末のお花見会を楽しみにしていた。メインは子供たちのための企画で、様々なイベントや食べ物もある。

真弓は、いつも一度メッセージを既読にしてしまうと、何だかすぐに返信をしないといけないような気持ちになってしまう。

明美は、このイベント企画の主要メンバーだった。この企画のメンバーの話はよく話してくれた。毎年恒例で準備している明美を、(ようやるわ・・・)と思いながら、聞いていた。

真弓がメールを見たその直後に、心はざわついた。(私の家が会場に近いから?明美の友達だから?でも、今週末は、せっかく家族そろって出かけられることを楽しみにしていたのに・・・。当日の準備をするなら、私は家族より早く家をでないといけないし・・・。それに、受付となったら、しばらく一緒にいられない。ダメ、やりたくないな。)

真弓は一旦、携帯を閉じた。既読スルー。

真弓は、冷蔵庫を覗いて、夕飯の食材を買いに行こうと外へ出た。歩いていていも、明美のメールがどこか気になる。

亜紀の大好きないちごが特売になっていた。(あっ、そうだ、今日はセールの日だったんだ。)毎月2回、このお店には特売日がある。狙ってその日にいくこともあるけれど、すっかり忘れていて、たまたま今日がその日だったのはラッキーな気持ちになった。隆司が好きそうなチーズも買った。

帰り道、またメールのことが気になった。今日は午後から塾の仕事がある。家に帰るまでに何とかしたいという焦燥感になぜか駆られた。

即座にこんな思考がやってきた。
(まあ、でもいつも明美には助けてもらってるし。明美も佐々木さんが急に来れなくなって、困っているんだろうな。逆の立場だったら、助けてくれたら嬉しいし。朝の準備と受付だけだから、それが終われば、家族と合流すればいいだけだし・・・。)真弓は、いつもこうやって、自分なりの解釈を入れて、決断をするのに慣れきっていた。

迷うこともなく、すぐにメッセンジャーを開いて、明美に返信を書いた。
「今週の日曜日ね!いいよ!朝は何時頃から?」と書いた。

文章を見返して、「今週の日曜日ね。いいよ。朝は何時頃から?」と打って、携帯を閉じた。送信直後に、明美の既読になった。

(あっ、隆司に言ってからの方がよかったかな。彼、細かいことに結構気にするし・・・。)

と思ったけれど、明美がなにやら文字を打っている「・・・」の表示が繰り返し携帯に出ると、もう全てが過ぎたことに思えて、そのまま携帯をカバンにしまった。

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