見出し画像

耽美小説『蔵の中』の感想と返礼

先日、耽美漫画家を名乗った記事のコメント欄で、フラーノさんが横溝正史の短編小説『蔵の中』を推薦してくれました。フラーノさんいわく「横溝中期の傑作」で、しかも耽美作品だという。スケキヨの逆さになった両足の印象が強い横溝正史に、そんな小説があったのか!喜び勇んで文庫本を入手し、早速読んでみました。

主人公は有名雑誌の編集長。ある日、筆で書かれた原稿を持ち込んだ人物がいた。大変な美少年。編集長が一人になって読み進めると、そこには少年の奇怪な暮らしぶりが物語風に細かく記されていた。少年は名家の生まれで見目麗しい姉を持つ。姉は聾唖の肺病持ちのため、蔵の中に幽閉されている。姉恋しさのあまり、肺病が感染るのも構わず蔵に入り浸る少年。戯れに窓から遠眼鏡で覗いた先に見えたものはーー。

終盤に用意されたカラクリが一読ではつかめず、万華鏡の中に迷い込んだような不安に襲われました。迷わず描いたイメージ画。

48蔵の中


ところで本を読みながら、妙な既視感が私にありました。なんだろう。この姉弟を私は知っている。蔵の中で二人が睦まじく遊ぶ様子を、かつて私は目にしたことがあるように思えるのです。ありありと映像で。

答えはすぐに見つかりました。映画です。『蔵の中』は1981年に映画化されていました。

私が見たのは10年ほど前、ケーブルテレビでの再放送だったと思います。二人の容貌や細かい背景はすっかり忘れてしまったので、詳しく解説された記事を探して読みました。主人公の編集長を演じたのは中尾彬。姉弟の役者はどちらも知らない名前です。

原作とはかなり異なる脚色がされているようで、映画の中で姉と弟は男女の仲にまでなっていました。そうだったっけ?記憶にありません。その上紹介記事ではさらに驚きの事実が書かれてありました。姉を演じた役者は男性だった!松原留美子さんという名前で芸能活動をされていた、いまでは懐かしい呼び名のニューハーフタレントだったのです。

デビュー前ホステスをしていた松原さんは、「六本木美人」とかいうポスターモデルに女性としてこっそり応募し、見事採用されてから実は男性だったことがわかって大騒ぎになったそうです。そのポスターは貼り出すそばから盗まれるほど人気があったとか。『不実』『一夜恋』などの曲でレコードも出しておられます。中でも『あまく見ないで』はちょっとユーモラスでオススメ。(YouTubeで聴くことができます)

『蔵の中』については、作品としてなら小説のほうが私は断然好きですが、もしまた映画の再放送があったらきっと観るだろうと思います。松原さん、いまもお元気かしら。

思わぬ展開でいろいろな感慨を味わいました。素敵な小説を教えてくれたフラーノさんに感謝!
現在30羽以上のインコと暮らしていらっしゃるフラーノさんの、「におい」について書かれたフェチnoteがこちらです。

穀物が主食の鳥は、クッキーのような香ばしいにおいがするとか。ただ、水浴びをすると体臭がわかるそうです。

ペットボトルを使って作ってある霧吹きに水を入れて、彼らに向かって噴射! ”待ってました!”と言わんばかりに羽を広げて、水を受ける彼らの気持ちよさそうな様子に、こちらもどりゃーーーー!とばかりに水を掛けます。「もういいよ」と言うように、水をよけ始めたらお風呂タイムは終了。これが、1羽ではなく、たいてい一度に10羽ほどはやりますから、においも強まるわけですね。

そうなのか。興味深い。

迷子のオカメインコを4ヶ月ほど保護した経験があります。肩の上に何時間でも乗っている甘えん坊だったけど、その距離でもにおいは感じなかったことを思い出しました。飼い主さんが見つかったので無事おうちに帰ることができたのは奇跡。
ただ4ヶ月の間、夫がインコに「ダースベイダーのテーマ曲」を口笛レクチャーしており、引き渡した時点で7割方習得していたのがいまでも気になっています。飼い主さん、すみません。


話があちこち脱線してしまいました。フラーノさんや耽美小説ファンの方へ、私からもお勧めの一冊をここで紹介します。福永武彦さんの『草の花』です。これもイメージ画を描いたのでご覧ください。

49草の花

私が描くとどうも幼くなってしまうのですが、この二人は高等学校の学生です。夜の海。不注意でオールが流され、助けを呼びに泳いで行った友人を頼りに、二人で励まし合っている場面。

主人公の「僕(汐見しおみ)」は相手の後輩「藤木」を心に深く想っており、藤木もそのことは承知しています。二人が海に取り残される前夜、砂浜を散歩する描写を一部抜粋します。

 ーー汐見さん、気分でも悪いの?
 僕はその声に反射的に立ち上った。足許あしもとがよろめいたのは、まだ酔の残っているせいか、それともこのような偶然への感動なのか、自分でも分らなかった。
 ーー藤木、と言ったなり声が詰ってしまった。そして渚に沿ってすぐ側に来た黒い人影を、確かめるように眼で見守った。藤木はマントの襟を開いて、僕の顔を覗き込むようにした。

(『草の花』110ページ/新潮文庫)

このあと汐見が、二人で所属している弓術部を藤木が辞めるという噂について本人に問いただし、誤解であったと悟ります。

 僕はほっと溜息をいた。僕達は松林の中を歩いていた。あたりは暗く、海の上で漁火が水にきらきらと光った。僕は藤木と一緒にいるこの瞬間を、永遠のように愛した。こうして二人きり向き合ってさえいれば、それで僕の幸福はすべてみたされるのだ。僕は再び溜息を吐いた。が、藤木はそれを別の意味に取ったらしい。
 ーーそうなんです。みんな余計な心配なんです。僕はそんな、汐見さんが苦しんでいるのなんか厭だ。
 ーーだってしかたがないじゃないか、藤木。僕は苦しむように生れついているんだ。
 ーーそれでも、僕のことでは苦しんでほしくはないんです。

(『草の花』112ページ/新潮文庫)

この話は汐見が後年、肺病治療のため入院するサナトリウムで書き綴ったノートに記されたものを、同室患者だった語り手が読む形で進んでいきます。

汐見の想いを頑なに拒む藤木が、次の日の夜、オールを失くしたボートの上で意外な態度を見せるのですが、果たしてそれは。

(文庫本の新しい表紙が偶然、ボートの二人だった!ほんとこのシーンは印象的なんですよ。それにしても私の絵との温度差よ)

つい長くなりました。汐見と藤木が気になる方は、ぜひお求めください。

この記事が参加している募集

最後まで読んでくださってありがとうございます。あなたにいいことありますように。