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偉大なる作家と向き合う/第4回オンライン談笑会のお知らせ

いまから恐ろしいことを書きます。

村上春樹の小説を読んだことがない。


”・・・・・・キャーーーーー!!!”

”マジで!? 嘘でしょ!? そんな人がこの世に存在するの!?”
”人生8割損してるって!! 未読のまま息絶えたら、安らかに天国なんか行けないから!!”

村上春樹の信奉者から、「最初に読むべき推薦書」を怒涛の勢いで押しつけられそうで、いままで黙っていました。ごめんなさい。読んだことないんです。

これを言ったら信奉者のみなさんも安心すると思うから大急ぎで述べますと、私はマイノリティをこよなく愛する者です。多くの人から賞賛されているものを、意図的に避ける傾向が大いにある。例えばミルフィーユもタピオカもマトリッツォも全然興味なかったし、獺祭を好んで飲みもしない。北が熱いと聞けば南へ行く性格なので、春樹が熱いと聞くと余計に谷崎なんかを熟読してしまうのです。
(谷崎もメジャーだけど、令和のこの時代に耽溺している人はやはり少ないと思われ)

好きな作家を3人挙げよと言われたら、その中に必ずと言っていいほど入っている村上春樹を、だから私は避けていました。そんなに愛されている事実がまず怖い。そして、読んでもたぶん好きになれないだろうと思っていました。聞くところによると、彼は小説を書く際、まず英文を思い浮かべ、それを日本語に訳しているそうで、想像するだけで難解そうな印象がある。映画『ドライブ・マイ・カー』をウナさんが見たいというので見て、まあ嫌いじゃなかったけども、信奉者が「ああいう妻みたいな女が出てくる感じがいかにも春樹、だよね」と感想を述べるのを耳にして、やはり近寄ってはならぬ領域だと気を引き締めたのでした。

しかしこの私の「村上春樹を何がなんでも避ける」指針が、去年の秋あたりからぐらつき始めました。というのも、世界の隅っこが好きだった亡友が高校生のときに愛読していたのが『羊をめぐる冒険』だと知ったこと。そして年末に読んだ文藝春秋の特集記事に春樹の古いインタビュー記事が紹介されていたんですが、その中の彼の受け答えにかなり興味深い箇所を発見したのです。

「僕は電話嫌いなんですよね。電話に出たくないしね。僕が出なくても、女房が出るわけでしょう。それだけでもすごくイライラしてくるんですよね」

「1989年4月号 村上春樹大インタビュー」/p283
「文藝春秋」2023年1月号

「『ノルウェイの森』は二十万売れると思ってたわけ、僕は。(中略)出版社に対する責任みたいなのも果たしたと、僕もホッと胸をなでおろして(中略)百万売れると、正直いってちょっと戸惑っちゃいますね。なんでそんなたくさんの人間が読まなくちゃいけないんだろうと思って、うんざりするというとナンだけど、まあ戸惑いですよね」

同上p284

なに、この人。面白い。

その後も『ノルウェイの森』は版を重ね続け、現在では一千万部を超している。

同上p284

爆笑した。

なんだよ、村上春樹ってこういう感じの人かよ。

同じ文藝春秋の別のインタビュー記事で、デビュー作『キッチン』と次作が爆発的に売れた作家、吉本ばななの言葉の中に、村上春樹を評するこんなものも紹介されていました。

「あんなにマイペースな感じなのに騒がれすぎちゃったらかわいそうだな、みたいな」

同上

同情されてますやん。

これらの記事を読んだおかげで、村上春樹への私のハードルが一気に下がりました。むしろ私、好きな作家かもしれん。こういう人が書く小説なら、一度きちんと読んでみよう。『羊をめぐる冒険』は必読として、その前にデビュー作『風の歌を聴け』から読んでみようではないか。思い立ってすぐに購入、それでも手を出すか出すまいか謎の逡巡で5日ほど経ち、ついに昨日読み始めました。

なんだ、読みやすい。まだ最初の20ページほどで、たいした事件なんかも起きてないんだけど、もう「僕」と「鼠」に親しみが湧いてるし、続きも楽しみな話。「群像新人賞」を受賞した作品なんだと思って読むと、完成度の高さに圧倒されます。すごいな。だけど小難しくない。文章も好きな感じ。

やっぱり食わず嫌いはよくないね。別に嫌いじゃなかったんだけど、これからもずっと避け続けることにならなくてよかった。ところでこの文章、マジで親しみ感じるな。なんか既視感すらある。なんだろう? そういえば20代にめっちゃ読んでた短編集あったけど、あれ何だっけな。かなり似てるな。

甦ってきた記憶をもとに調べたら、これでした。

読んでた。

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