【小説】連綿と続け No.10
祭りの準備が進む中、富樫から電話で思いもよらぬ知らせを受ける。
富樫)急で悪いがやけど…上からの提案で連休中に市内で"街コン“することになったさかい、その準備も宜しゅうね〜
侑芽)街コン!?
街コンとは
街ぐるみで行われる大型コンパイベントである。
イベント会社と地域がタックを組み、男女の出会いの場を設けるもので、参加者は開催地区の定められた複数の飲食店を廻るため、地域振興にも役立てられている。
富樫)要はね、祭りと街コンを同時開催して、連休中に幅広い層のお客さんを呼ぼうってことらしいのちゃ
侑芽)はぁ…意図はわかりましたが…
富樫)仕方ないのちゃ。上からの指示は絶対なが!
ただでさえ祭りの準備でいっぱいいっぱいになっていた侑芽は、街コンの資料に目を通しながらパンク寸前になっていた。
翌日からも出店や警備、シャトルバスの増便、交通誘導などの確認や手配でてんやわんやの侑芽は、一息つこうと純喫茶「あいの風」で資料に目を通していた。そんな様子を見かねた店主の礼子が話しかけてくる。
礼子)ちょっこし、こん詰めすぎでない?もっと手ぇ抜くとこは抜かにゃ、長う続かんよ?
侑芽)ありがとうございます。でも、初めてこのお祭りに携わるので、皆さんにご迷惑をおかけするわけにはいきません。それに…
礼子)それに?まだ他にも何かあるが?
侑芽)はい…。連休中に街コンまですることになったんです。それの準備もありまして…
明らかに寝不足の侑芽は目の下にクマを作っている。
話を聞いていた常連の太郎は目を丸くして驚いた。
太郎)街コン!?この町で?
侑芽)はい。市内の飲食店さんにご協力いただいて開催するんですけど、協賛してくださるお店だったり参加者の人数が足りなくて、今週中になんとかしなきゃなんです。こんな忙しい時に…もう無理です…
礼子)そうけ。そらえらいこっちゃなぁ。けど、ほんならウチの店も使うて?
侑芽)え!?いいんですか?
礼子)もちろんやちゃ!使うて使うて!うち夜はスナックもやっとるし、お酒や軽食も出せるさかい
侑芽)わぁ。ありがとうございます!とっても助かります!
太郎)そうや、参加者を集めるんは適任者がおるからその人に頼んだら一発や!
侑芽)それってどなたですか?
太郎)高木のおばちゃんや!あの人に頼めばここらの独身者にすぐ広まると思うわ!
高木は世話好きで、
お節介と縁談話が大好きなあのおばちゃんだ。
侑芽)さっそく頼んでみます!
その足で高木のもとへ向かうと
二つ返事で了解を得た。
高木)わかった!私に任せっしゃい!
こうして、礼子や太郎の予想通り、
高木はすぐさま風の如く町内を駆け回った。
翌日には大体の参加者が決まった。
勿論この話は航の家にも伝わる。
歌子)街コン!?なんなん?それ
正也)そらあれやろ。合コンを街ぐるみで開催するっちゅーやつや!
歌子)あ〜!テレビで見たことある〜!
高木)航くんも勿論出るがやろ?
歌子)あ〜…。うちの息子はええかな…
高木)何で!?独身なんやし出た方がええて!ええ出会いがあるかもしれんが!
正也)な〜ん。うちはもう…出会うてるかもしれんし…
高木)はぁ?どういうこと?航くん、誰かええ人おるが?
歌子)いやぁ…、まだそこまでは…ね?
正也)そいがそいが。まだ見守る段階なが
高木)へぇ!航くんが!!
高木は何かを察し、不適な笑みを浮かべながら去って行った。街コンの話とともに「航にいい人が出来たらしい」という噂も同時に広まってしまい、侑芽にまでその噂が聞こえてきた。
侑芽)へぇ…そうなんだ…
侑芽はそれが自分の事とは思いもせず、その話をなんとなく聞き流しながら、目の前に山積みになっている仕事を夜遅くまでこなしていた。
いよいよ祭りまで2週間を切った。
祭りの関係者と侑芽が八幡宮で打ち合わせをする事になっていた。
この日は航も神輿の修理を終え正也とともに八幡宮にやって来ていた。そこで打ち合わせに参加する西川や武史がなにやら困ったように外で話をしていた。
航)何かあったんけ
武史)いやぁ…今日、侑芽ちゃんも打ち合わせに参加する予定やったんやけど、過労で倒れてしもうたらしゅうて…
航)え…過労?
侑芽はこの日の朝、貧血を起こしてしまい早退したと言う。
その代わりにやって来たのは高岡だった。
高岡)どうも〜!初めまして!一ノ瀬の代わりに参りました高岡と申しま〜す♡
高岡は西川や武史、航を見て目を輝かせている。
とびきりの笑顔で、やや女性らしい振る舞いをしている。
西川)こっちは大丈夫やけど、一ノ瀬さん大丈夫かな…。最近こん詰めとったさかい…
高岡)あぁ、あの子なら寝れば治りますよ。ここんとこ寝てなかったみたいなんで。それより私にも色々教えてくださ〜い♡
高岡が1人はしゃぐ中、
西川も武史も航も侑芽の事を心配して皆どこか上の空であった。
航は一見、気にしていない素振りをしていたが、
その後なかなか仕事に身が入らない。
正也は息子の異変に気がつき
正也)おい!そこちゃうぞ!何やっとるんや!!
正也に怒鳴られた航はハッと我にかえり
間違ったところを修正しながら鑿を握り直した。
正也は歌子に耳打ちする。
正也)侑芽ちゃん、過労で倒れてしもたらしい
歌子)えぇ!?
正也)それ聞いてからあのダラ、あんな調子なが
歌子)え?え?それって、やっぱり…
正也と歌子は目を合わせてから、
仕事をする息子の姿を見つめていた。
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