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【連作短編シリーズ】スーパースター 第五話

第一話 第二話 第三話 第四話 

お父さんの畑の緑のなかに、トマトが鈴なりになってきている。こういうのは畑のいい所だなと思う。トマトを収穫しているお父さんをしり目に、わたしは「なんでだろうメモ」にスケッチをしていた。
「茉莉江は俺に似たのかな」
 と、唐突にお父さんが切り出す。丸坊主になった娘のこと、気がついてないのかな。もう、どうでもいいけど。どうでもいい。親のことなんて。とにかくわたしは強いつよいスーパースターにならなくちゃいけない。海や山や……世界を知らないスーパースターに。
「お父さんさあ、会社で働く前、画家になりたかったんだよ」
 ……え? ちょっとびっくりする。嫌だなあ、遺伝子か、画家なんて今どき食べていけない。稼げないじゃないか。スーパースターになれるのも一握りで、わたしは芸術というものを信じていない。心とか、優しさだとかも信じていない。そういうものは数字で測れなくて、ちゃんとした根拠がなくて、目に見えないじゃないか。『星の王子さま』に出てくることはだいたい嘘だ。王子さまはスーパースターじゃないし、稼いでもいない。あんな夢見がち、すぐに自然淘汰されて罵られて馬鹿にされるだけだ。わたしはそんなひとになりたくない。そういう人々を最も嫌っている。もちろん芸術家にもスーパースターはいるけれど、世界基準で考えなくちゃ。ノーベル医学賞はあるけれど、ノーベル美術賞なんてないじゃないか。世界に「美」の基準はないのだから。だから、お父さん、ご愁傷さまです。きっとあなたがサラリーマンではなくて画家になったとしたってスーパースターにはなれなかっただろうし、今だってお母さんの病気も治せず悪化させてしまったでしょう? お母さんと結婚して本当に今幸せですか? お母さんに丸刈りにされた娘を見て何も言わないのも愛情ですか? スーパースター、失格。
 わたしはひそかにお父さんにスーパースター失格の烙印を押したけれど、同時にお父さんの「夢」にも憧れていた。もし、わたしが自由だったら。国語とか英語のテストにもよく出てくるけど、If構文というのがある。「……したい……だけどできない」という否定構文だ。自由になれたら……いやいやそんなこと考えちゃだめだぞ茉莉江。そうしたらスーパースターの道から遠ざかる。お母さんの病気も治してあげられないし、わたし自身出世の道から遠ざかる。でも、もしわたしが自由だったら、海を見て、山に登って、たくさんの世界を見てきただろう。健康なお母さんと、健康なお父さんと一緒に、世界中を旅行できたかもしれない。画家は、スーパースターにはなれないけれど、自由だ。悔しい。画家は貧しいはずなのに、わたしはスーパースターになるにも関わらず、自分のことがなんだかちっぽけで、貧しい人間のように思えてきた。
 わたし、スーパースターになっても、ちっぽけな女の子のままなのかもしれない。

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