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【連作短編シリーズ】スーパースター 最終話

第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 

「茉莉江。トマト、食うか?」
 考えているとお父さんにそう言われた。そういえば、朝から何も食べていなかった。ぐうっとお腹が鳴る。
「茉莉江みたいにつるつるのやつ、選んできたぞ」
「……うん、ありがとう」
 なんだ、つるつるのやつって。丸刈りにしたのはあなたの妻ですよ。でもトマトは美味しそうで、夏の太陽を浴びて本当につるつるでつやつやと光っていた。
 
一口かじる。甘酸っぱい味がわたしの口の中に広がっていく。トマトのリコピンとか、そういうものを抜きにして、トマトはわたしのからだになっていくのが、染み渡るようにわかった。
「う……うええええん」
 わたしは、考えた限りで初めて、幼い時から考えてたぶん初めて泣いた。涙が次々にこぼれて、こぼれてしかたなかった。
「うわああああああん、うわああああん」
 お父さんは背中を向けている。その背中でお父さんも泣いていることが、わたしにもわかった。どうしてこんなに一等賞にならなければいけないんだ! お母さんの言うとおりに人生を進まなきゃいけないんだ! どうしてお母さんの言うとおりに何もかも支配されて監視されなくちゃいけないんだ! どうして、どうして……なんだか、自分がかわいそうでかわいそうでしかたなかった。わたしのスーパースターの呪いはお母さんの呪い。でも、お母さんだってきっと何かの成り行きでお母さん自身にもきっと、スーパースターの呪い、一等賞の呪いがかかっていたのかもしれない。お母さんだって、お父さんだって、つらかったんだ。きっとわたしが生まれる前も、二人でいろんなことがあって、それでお母さんは病気になってしまった。
「なんでだろうメモ」を見る。わたしの書いた謎は、どれも世界中の人が解いていない。でも、ここに書いてある疑問はぜんぶ、目に見えないものが解答だということはわたしにもわかった。

お母さん、わたし、スーパースター、やめるね。

お母さんの病気は、わたしだけじゃなくて、病院とお父さんで支えるから、わたしに呪いをかけないで。わたしは、わたしの道を歩むし、きっと答えなんてない世界こそがわたしの生きる場所なんだと思う。だから、ノーベル医学賞なんていらない。医者にもならない。わたしの未来は、お母さんのものじゃない。わたしが切り開いていかなくちゃいけないものだ。だから、どうかお母さん、死なないで。わたしも、お父さんも、適当だっていいから、お母さんの期待には沿えないかもしれないけれど、わたしの生き方を歩むから。わたしの未来は、こんなトマト畑みたいにずっとずっと広がっていて、夏の空のように自由であっていいはずなんだ。だから、だからわたしはわたしを許すし、お母さんもお母さん自身のことを許してあげてほしい。自信を持ってほしい。料理を完璧に作れなくていいから、お母さんは奴隷じゃなくて、わたしと同じ人間だから。
許してほしい。お母さん自身のことも、わたしのことも、お父さんのことも、理不尽な世界みんな。お母さん、あなたは生まれてきてよかったし、一等賞になれなくてよかったんだよ。一等賞だってつらいこと、たくさんたくさん抱えているんだよ。だから、一緒に一歩ずつ歩いていこうね。わたし、お母さんのやってきたことは許せないことだったけど、理不尽なことが多すぎたけど、お母さんのこと、許すから。だから、わたしも、わたしを許して歩いていくね。わたしはお母さんみたいになってしまうかもしれないし、お父さんと同じようなひとを選んで、やっぱりお母さんみたいに病気になってしまうかもしれない。でもね、仕方のないことって、保留にしておいてあとからわかる問題だって、きっとたくさん、たくさんあるんだとわたしは思うよ。スーパースターになれなくても、茉莉江は茉莉江。
茉莉、はジャスミン。江は川。
わたしは見たことのないジャスミンの花を思い描いた。何回しか行ったことのない川を思い描いた。
わたしの夏は、はじまったばかりだ。

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最終話まで、お付き合いいただきありがとうございました。私自身、この物語を発表していくのはとてもつらい部分もありました。だけれど、自分の葛藤や苦しみを、こうしたフィクションとしてアップしていくことで、自分の救いと、誰か見知らぬ誰かが同じような思いを抱えて苦しんでいるのではないか、そんな人に、一人で抱え込まなくていいというメッセージを伝えたくて連投してしまいました。途中、自暴自棄になってしまったこともありましたが、ここまで読んでくださった方に感謝しかありません、茉莉江ちゃんを幸せにしないと、なんだか今日幸せな気分でいられないような気がしたのです。茉莉江ちゃんはこの後、自分の人生をとことん楽しく生きていきます。だからどうぞ、みなさんこの短編集につきあってくれてありがとうございました。

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