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【連作短編シリーズ】スーパースター 第四話

第一話 第二話 第三話

お父さんの畑の中をどんどん進んで行く。日差しはまぶしくて、やっぱり夏だ。他の子は海とか山とか行っているらしいけど、正直わたしはそういうものにすごく興味がありながら、興味がなさそうにしているのでせいいっぱいだった。茉莉江ちゃんはクールビューティ―って、自分でもわかっている。男の子なんてみんな馬鹿だし、女の子もうざったい。わたしが戦わなきゃいけないのはこの夏にある全国一律テストで順位一位を争っている滑川君だし、彼の住んでいるところになんて、絶対に旅行で行ってやらない。滑川君がどんな顔をしているかはしらないけれど、いつもわたしと四点差で一位を争っているのだ。スーパースターはみんな一等なの、一位じゃなきゃいけないのよ、茉莉江。だからがんばりなさい、とお母さんに言われている。そう、お母さんを守ってあげられるのはお父さんじゃなくてわたしで、わたしはスーパースターなんだ。強いつよいスーパースターなんだ。だからわたしは滑川君に勝たなくてはいけないし、偏差値七十以上の女子中高に通って、成績トップで学校を卒業して、浪人しないで国立大学の医学部に合格して、とんとんとんと階段を昇るようにお医者さんになって、ノーベル医学賞をもらって、はじめてスーパースターになれるのだ。お母さんのスーパースターに。
 でも、わたしは海を見たことがない。飛行機に乗ったことがない。山だって本でしか見たことがない。お母さんは、茉莉江はそれでいいのというけれど、それってなんだか貧しいような気がして、でもそんなことを言ったらお父さんもお母さんも怒ってしまうような気がして、怖くて怖くてそんなこと言えなかった。
 わたしは海が見たい。山に登ってみたい。
 海や山を見たことのないスーパースターって、いるんだろうか。偏差値七十以上の女子校に行って、勉強して、国立大学の医学部にストレートで合格して、すっと女医になれたとしても、たぶん見ているのは病院の中の世界で忙しくしていないとノーベル医学賞なんて取れないんだろう。
 だから、わたしは海なんて知らなくていい。山に登らなくていい。お母さんのスーパースターになるために生まれてきたんだから。お父さんをうまく転がして、お母さんを守ってこのうちから出なきゃいけないんだから。ノーベル医学賞をとったらお母さんの病気は治せるし、テレビの取材も新聞の取材も、たくさんたくさん受けるだろう。その時わたしは笑って答えるのだ。
「一番、今の気持ちを伝えたい方はどなたですか?」
「お母さんです」
 そう、そのために塾でわたしは一番にならないといけない。滑川君にも勝たなければいけない。子どもらしく、バカみたいに先生の前でふるまわなければいけないし、わたしの本心を見抜かれてはいけない。そういうふうにずっと、ずっと育ってきたし、塾から帰ってお母さんに百点満点を見せると、お母さんは本当にうれしがってくれて、
「茉莉江はやっぱり天才だわ!」
 と喜んでくれる。でも、七十点を取ってきた時は本当に恥ずかしくて、解答用紙をぐちゃぐちゃに丸めた。悔しかった。塾では一番だったし、その週もわたしはアルファクラスで一番だったけれど、七十点なんてスーパースター失格だ。お母さんが目を吊り上げていた。
「茉莉江、百点じゃなかったのね」
 そう言ってわたしのことを見てはああと大きなため息をつき、涙をこぼしていた。
「お母さん、ごめんなさい! ごめんなさい! 絶対来週には百点を取ってくるから! ごめんなさい! わたしがすべて悪いんです、許してください!」
 お父さんはそういうわたしたちを冷ややかな目で見ていた。そういう時、わたしは本当に両親に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。百点じゃなかったわたしを、きっと滑川君が聞いたら大喜びするだろう。嫌だ、そんなの絶対に嫌だ。滑川君の顔は絶対に皮肉っぽくて理屈っぽい。メガネはきっとかっこいいかもしれないけれど、わたしより、絶対に、絶対にダサい。でも滑川君は毎週毎週きっと百点を取ってくるんだろう。悔しい。負けたくない。滑川君に会ったことはないけれど。

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