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【連作短編シリーズ】スーパースター 第一話

 見上げると、空がまぶしかった。半袖のパジャマは少し汗ばんでいて、わたしは夏休みの宿題を終えた達成感で眠り、朝が来ていた。
「うーん」
 天井窓から早朝の光が差し込む。ご飯はお母さんが作ってくれるはず、だったのに、今日はお母さんが寝坊するみたいだ。小学校の科目は簡単だったけれど、わたしには友達があまりいなかったし、何をしても退屈だったから、そういう日は図書館の本を読んでいた。
「おお、また勉強か、茉莉江」
 お父さんが起きてくる。
「うん、明日お父さんに見せるつもりだけど、一日の時間割ログ作っておいた。これで夏休みの宿題乗り切れたんだよ! お母さんにも見せないといけないし」
 ……あれ? お父さん、ちょっぴり悲しそう。お父さんもこれで喜んでくれるはずだったのに、わたし何か変なこと言ったかな……?
「あ、あとね! お父さんの畑でトマト収穫したいな!」
 お父さんはわたしの策略通りにっこり笑って、
「お母さんにも食べさせてあげような、お父さんのトマトの野菜のサラダ」
「うん! お母さんもきっと喜ぶと思う」
 時間割ログの話は、きっとお父さんの中にはもうないと思う。それを言ったらわたしがお母さんのように完璧主義だということがばれてしまうし、何より塾でわたしは一番になりたかった。お父さんなんて、小学四年生にもなれば女子のみんな言ってるけど、ちょろい。七月、終業式に夏休みの課題がぼん、と積まれる。わたしはお母さんが言うとおりに時間割ログを作って、起床時刻から終業時刻、朝勉の終わる時間、朝食、昼食、だいたいの夕食の時間、勉強時間を書き込まなければならなかった。七月三十一日には宿題をすべて終わらせるよう、スケジュールを組んだ。
 ……そうしないと、この家では生きていけなかった。
「お父さん、トマトもうすぐ収穫時期終わるんでしょう? 早く行こうよ!」
 わたしはお父さんをせかして、汚れてもいいようなお母さんの選んだ服を着て、ハンカチを持って、ティッシュを持って待っていた。

 お母さんが泣き出したのはもう五月に入って、梅雨に入るころだったような気がする。もう、毎日のように泣いていた。お父さんがお母さんを病院に連れて行ってもらったときのことはよく覚えている。なんだか視点が定まらない目でお母さんは空中を見ていて、そんなような人たちもいたし、一見普通に本を読んでいる人たちも待合室にはいた。
 そんなある日の夕方、
「お母さん、泣いてるの?」
 お母さんは白いなよなよとした腕を振って、細く、弱々しい声で、
「茉莉江、今回もアルファクラスに入れるよう、がんばりなさいね。あなたはわたしのスーパースターなんだから」
 と言って、フライパンに入れるしょうゆを盛大にこぼしていた。スーパースター。なんだかすごくかっこいい。そうか、わたしはお母さんのスーパースターなんだ! お父さんが採ってきた野菜を使いたくないお母さんの気持ちは、わたしは料理をしたことがないからわからない。わからないけれど、とっても美味しいのに、と思ってしまう。

 わたしは、スーパースターなんだ。お母さんを守ってあげなくちゃ、いけないんだ。

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