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【連作短編シリーズ】スーパースター 第三話

 第一話 第二話

 人のようなひまわりの行進を見ながら、車は走る。お父さんも昨日のことがあったからか、どことなくしゅんとしている。お父さんにケーキをぶつけられたのはわたしだし、そのせいでお母さんの病気が悪化して、丸坊主になったのもわたしだ。わたしはもっと怒ってもいいはずだけど、お母さんにもお父さんにも、怒られるのが怖かった。他人に怒られて泣かれるのが何よりの恐怖だった。
 保留にしておいていい問題。塾の解答はスピードが命だ。偏差値七十を超えるためにはまずテストの問いすべてをスピードで簡単に解ける問題から大問を一瞥し、さっと簡単に早く解ける問題から解いていく。そうしてゆっくり時間配分を考えながら難問を解き、最後に何度も見直す。小学四年生のアルファクラスなら知っていて当然の公式だ。それでも、保留にしておかなければいけないことだってたくさんある。お母さんのあのうつろな目も、お父さんが畑に行きたがる理由も、わたしがどこへ本当は帰らなきゃいけないのかも、わたしの大好きな魔女にどうしてわたしがなれないのかも、ぜんぶ保留にしておいていい問題だ。
 わたしがスーパースターになったら、この問題はぜんぶ解けるんだ。
 スーパースターになったら、お母さんを病気から助けてあげられる。お料理だって作ってあげられる。お洗濯だって一人でできるし、お父さんみたいな人を選ばないで、幸せな花嫁になって、有名なお医者さんになって、たくさんお金を稼いでお母さんとお父さんの笑顔を取り戻すんだ。
 わたしは、スーパースター。お母さんの、スーパースター。
 だから、泣いちゃダメ。絶対に、わたしは泣かない。スーパースターの魔女や医者が泣くなんてアニメでも小説でも読んだことがないし見たことがない。わたしは強いつよいスーパースターになるんだ。そのために塾のアルファクラスで毎週出される教科順位一覧でも一位をずっと取りつづけていかなきゃいけないし、時間割ログも毎日お母さんに見せなきゃいけないし、全国一律テストでも全国百位までに入っていなければいけないんだ。だって、わたしはスーパースターだもん。お母さんのスーパースターなんだもん。
 お父さんの走らせる車で、やっと畑についた。一面のトマトときゅうりの緑が、なんだか懐かしく思える。なんでだろう。わたしは「なんでだろうメモ」にそっと「緑が懐かしくなる理由」と書いた。塾の先生がそういうメモを作って疑問をいつも見返しておけるようにと言ったからだ。「なんでだろうメモ」には、他のわたしの疑問がたくさん書いてある。なんで男の人と女の人では体の筋肉の付き方が違うのか、とか、男の子がおちんちんと言うのがなぜそんなに大好きなのか、とか、大統領選挙はなんであんなに派手なのか、とか、政治家のいうことが全然正しくないのになんで朝刊と夕刊は毎日来るのか、とか、なぜひとは死ぬのか、とか。
 でも、そういうのだって、スーパースターになったら解けるんだ。えらいお医者さんなら、たくさん稼いでいるお医者さんならわかるんだ。

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