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『アンモナイトの目覚め』感想 全てが凝縮された完璧なラストカット【ネタバレあり】

 今週は予告を観てビビっと来た『アンモナイトの目覚め』を鑑賞。本作は19世紀のイギリスの実在の古生物学者メアリー・アニングをモデルとした作品。数々の化石を発見し初期の古生物学の発展に貢献したにも関わらず、女性という理由で本や論文の出版を許されなかったため、長年その名をほとんど知られることのなかった彼女の半生を大胆に脚色を加えて描いている。監督は2017年に初長編作品『ゴッド・オウン・カントリー』で注目を浴びたフランシス・リー、出演は『タイタニック』(97)のケイト・ウィンスレット、『レディ・バード』(17)のシアーシャ・ローナンほか。本作はネタバレ抜きで語るのがかなり難しいのでストーリーについては後半で。

あらすじ

 19世紀のイギリス、海辺の町ライム・レジスに母と2人で暮らすメアリー・アニング(ケイト・ウィンスレット)は、11歳の頃にイクチオサウルスの全身化石を発掘したことで、一部の化石収集家の間では名の知れた存在であったが、現在は観光客相手に浜辺で発掘したアンモナイト化石を売って細々と生計を立てていた。ある日ひょんなことから裕福な化石収集家の妻シャーロット・マーチソン(シアーシャ・ローナン)を預かることとなったメアリー。大金を積まれ渋々シャーロットを預かったものの最初は彼女を疎ましく思っていたメアリーだったが、共同生活の中で徐々に2人は惹かれ合い始める。


胸に迫る寒々しい空気感描写

 登場人物たちの生きる世界の空気感を肌で感じられるような映画が個人的に好きなのだが、その点でこの映画は非常に好みの映画である。舞台がイギリスの港町ということもあり、本作では映像は常にくすんで薄暗く、イギリスの曇った寒々しい空気が映画全編にみなぎっている。この重苦しい風景描写を通して、労働者階級として貧しい暮らしを余儀なくされ、化石発掘者としての功績も裕福な男性たちに搾取されている主人公メアリーの閉塞感のある心情に、観客はスッと入り込むことができる。本作の舞台の大半は化石店を兼ねたメアリーの自宅と、化石発掘現場である家の近くの海の2ヶ所なのだが、特にこの海がメアリーの心情を雄弁に物語っている。吹き付ける冷たい潮風、ゴツゴツとした岩だらけの足場の悪い浜辺、多くの化石が眠る泥まみれの崖、その全てが彼女の生き様そのものである。そして、苦しい暮らしの中で鬱屈としていたメアリーが、シャーロットと出会い惹かれ合っていくつれて、寒い潮風の吹く薄暗かった海も、暖かく光の射す海へと次第に姿を変えていく。

全編を通して描かれるメアリーという人物の魅力

 本作の大ききな魅力はメアリーという人物が確かな実在感を持って描かれている点であるように思う。作中ずっと、家事、内職、化石仕事、書き物ととにかくパタパタと働く続けるメアリーであるが、その中でも化石のクリーニングを行う姿が特に印象に残る。メアリー役のケイト・ウィンスレットが撮影の数ヶ月前から発掘作業について学んだというだけあって、自宅の仕事場で化石を削り磨き上げるメアリーの姿は実に堂に入っている。化石を研磨する手付きや石が削れる小気味良い音が映像的に心地よく、メアリーのプロフェッショナルとしての凄みが豊かに伝わる。爪に泥がつまって黒ずんでいたり、濡れた手をスカートで雑に拭く癖があったりといった、細かなリアリティのある描写や演技が丹念に積み重ねられており、メアリーの泥臭い生き方がしっかりとした現実味を持って迫ってくる。かたや、シャーロットの儚く消えてしまいそうな雰囲気をシアーシャ・ローナンがこちらもまた熱演しており、メアリーとシャーロットの2人が並び立つことで、互いが互いの魅力を引き出し合っている。

【ネタバレあり】 本作の肝が凝縮されたラストカット

 共同生活を通してゆっくりと惹かれ合い、精神的にも肉体的にも結ばれたメアリーとシャーロットだったが、シャーロットが独断でメアリーをロンドンの自宅の一室に囲おうとしたことによって、2人の間に決定的な亀裂が入り、その関係は終焉を迎える。傷心のメアリーは大英博物館に趣き、そこで自身が発掘したにも関わらず、化石所有者の名前のみが記されたイクチオサウルスの全身化石を眺める。ふと目を上げると展示ケースの向こうにはシャーロットの姿があり、二人はケースを挟んでお互いを見つめ合う。このお互いが見つめ合う姿が本作のラストカットなのだが、このカットがまず絵的に美しく、そして本作の全てがこのカットに凝縮されており、とにかく完璧なラストカットと言わざるを得ない。
 女性であるがゆえに自身の功績が評価されないメアリーの内面に最も近づくことができたのは、自分の意思を差し挟む余地のない夫のお飾りとしての人生を送る、形は違えど同じく男性社会に抑圧されたシャーロットであった。メアリーとシャーロットの二人で発掘した価値ある化石を値切ろうとする男性客に対して、シャーロットが化石の学術的価値とメアリーの研究者としての有能さを、立て板に水を流すように語る場面は非常に象徴的だ。シャーロットはメアリーが人生で出会った人の中で、最も彼女のことを理解できた人物であったのは間違いない。しかし、自分自身の足を使い、手を動かして化石を見つけ出す、化石発掘家としての矜持というメアリーの人生の最も大事な部分を、シャーロットは最後まで理解することができなかった。もう一歩のところまで精神的に歩み寄れたにも関わらず、最も重要な最後の一歩が遠かったメアリーとシャーロットの二人が、その象徴であるイクチオサウルスの化石を挟んで見つめあうラストカット。繰り返しになるが、本作の全てが凝縮されたため息が出るほど完璧なラストカットだ。

総括

 本作はセリフの数も少なく、それぞれのキャラクターのバックボーンについての説明もかなり抑えられているため、理解するためには相当気合いを入れて鑑賞する必要がある作品だ。ぜひ、寒々しい海辺の街の空気感に浸りながら、細部に凝らされた豊かな演出の機微を読み解き、鑑賞後はラストカットの先の2人の未来に思いを馳せてもらいたい。

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