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電子帳簿保存法の迷走を考える

最近にわかに電子帳簿保存法の話を耳にすることが多くなった。電子保存関係でさまざまな動きがあったということなのだが、やっと話が大きくなったか、という印象だ。
一体何が問題なのか、考えてみたい。

そもそも電子帳簿保存法とは

この言葉を知ったのは6、7年前だっただろうか。以下、電帳法ということにする。

端的にいうと、税務関係の帳票や帳簿は、原則紙で保存しなくてはならないが、どうしても電子的に保存したい場合は、この法律に基づけば保存してもよいよ、というものだ。

当初はとにかく要件が厳しかったので、会計担当者は会計システムで作った帳簿や帳票をジャカジャカ印刷して倉庫に保存することを選ばざるを得なかった。

しかし、近年政府がデジタル化を推進しているのに、税務書類を電子的に保存するハードルが高いのはけしからんということなのか、要件が緩和されてきた。
また、おそらく、デジタル関連の技術の発達とそれに伴う業界からの要望もそれを後押ししたのだろう。
そういうわけで、緩和された電帳法の要件を満たすシステムが次々に作られていて、その証拠にテレビでも経理業務の電子化を謳うCMがよく流れている。

これでデジタル化が推進され、国も民間企業も万々歳と思いきや、大変厄介な変更が含まれていた。

電子取引のデータは電子保存せよ

先ほど、税務書類は紙で保存するのが原則で、電子保存は電帳法に定めた要件を満たせば可能と説明した。
それとは別に、電子的に受領した取引データは、原則電子保存すべしという要件がある。

例えば、ネット通販で物を買ったとすると、領収書や請求書は、そのサイトからダウンロードすることが多いが、そのデータを定められた方法で電子的に保存しなくてはならなくなる。
また、取引先から受領する請求書、見積書、発注書なども、メールで送られたものが正本であれば、それは電子的に保存しなければならない。

ただ、この要件が今まで話題になっていなかったのは、紙に出力して保存することが例外的に可能だったからだ。
つまり、全部書類を紙で保存さえしておけば、特に電帳法を意識しなくて済んでいた。

しかし、2022年1月からは、その紙出力の例外がなくなることとなった。
それなら電子保存すればよい、と思うかもしれないが、ただ保存すればよいというわけではなく、特定の項目により検索可能な状況にしたり、改竄不可能性を担保しなくてはならない。

これは現場からすればたまったものではない。
これまで電帳法を意識せずに、長年紙で保存している企業も多く、その企業にとっては、今回の改正によって紙と電子の二系統の保存方法を強いられることになる。
負担が大きいことは目に見えている。

じゃあ全部電子化するか、と企業が決断することを国は望んでいた。
ところが、逆に電子的な書類の受領をやめる企業が出てきたという。これまでPDFでもらってましたが、法律が変わったのでこれからは紙でください、というわけだ。
電子化推進とは真逆の紙回帰が一部で起こってしまった。

トーンダウン

これがだんだんと問題視されてきたのか、誰かが圧力をかけたのか、きちんと記帳されていれば、電子データが電子保存されていなかったからといって、すぐに青色申告の承認を取り消したり、経費を認めないということはしませんよ、と国税庁がサイト上で11月に見解を示すこととなった。

https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/sonota/jirei/pdf/0021010-200.pdf
お問合せの多いご質問 10ページ 補4

国税庁ホームページ


7月のQ&Aでは、電子保存されていなければ、青色申告の承認取消対象となりうるし、有効な書類として認めませんよ、と強気な記載していたにも関わらず、だ。実は書いてある内容は変わらないのだが、11月の方は明らかにトーンを落としてある。

https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/sonota/jirei/pdf/0021006-031_03.pdf
電子帳簿保存法一問一答 【電子取引関係】28ページ 問42

国税庁ホームページ


そうして、冷たい北風とともに税制大綱の季節がやってくると、この電子取引の紙保存廃止の適用は2年延期されることが決まった。
見事なトーンダウンである。

そういえば、春ごろ会社に財務省が説明に来てくれたのだが、その時、電子取引の紙保存廃止は本当に1月から適用されるのか税務担当が確認していたのを思い出す。改正まであまりに時間がなく、対応が難しいと考えていたため、移行期間や準備期間が設けられるのではないかと期待していたのだが、その時の回答ではその予定はないとのことだった。そういう回答があったとはいえ、今回のことはやっぱりね、という感じだ。

無理のある構成

電帳法は、電子保存を検討する企業にとっては馴染みのあるものかもしれないが、そうでない企業がいちいち内容を確認するようなものではない。そもそもこれまでは、紙で保存しておけば税務当局から文句も言われないし、余計なことを考えずに済んでいたからだ。

そして、電子取引の紙出力廃止のインパクトの大きさに比べて、条文の変更は、一つのただし書を削除しただけにすぎず、なかなか注目を浴びなかった。

所得税(源泉徴収に係る所得税を除く。)及び法人税に係る保存義務者は、電子取引を行った場合には、財務省令で定めるところにより、当該電子取引の取引情報に係る電磁的記録を保存しなければならない。ただし、財務省令で定めるところにより、当該電磁的記録を出力することにより作成した書面又は電子計算機出力マイクロフィルムを保存する場合は、この限りでない。

改正前の電帳法第10条

これまで意識しなくてもよかった法律の改正が、マイナーチェンジに見えて、実は大きなインパクトがある。
今となっては遅いが、こういうときは国がより注意深くフォローを行うべきなのではないかと感じる。
結局なかなか問題点が世間に認識されず、土壇場になって二転三転することになってしまった。

それに加えて、まずは、紙か電子かを自由に選べる状況にするのが本来あるべき姿ではないだろうか。
実際に、電子化するための仕組みは民間に任せきりで、共通の規格※すら検討が始まったばかりの状態だ。
そのような中で電子保存の要件のみが先走る形で、中途半端に二系統の保存方法を強制するのは現場の負担を増大させるだけだ。
もしそれでもやってほしいというのであれば、移行期間や準備期間をしっかりと設ける必要があったと思う。

※電子インボイス標準仕様peppolの日本版ドラフトがやっとできたらしい。

もちろん、税務関係書類の電子化によって効率化が図れることは理解しているし、今後の社会のあり方としては、電子化した方がよいことも理解している。自身も電子化によって恩恵を受けているところだ。

しかし、こうした二転三転に世の経理担当者が振り回わされるのはあんまりなので、改正時の丁寧なフォローと、先走ることのない法改正、十分な準備期間を設けることを政府にはお願いしたいところだ。

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