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魂たちのものがたり~地球に生まれて

【プロローグ】
ほとんど灯りのない真っ暗な空間に映し出されたのは、あまねく星々が放つ輝きだった。
そこに集うことのできるのは、三国の「神」と名の付く存在のみなので、なぜ、若き彼がその場に参加していたのか、私にはわからない。
ただ、その日、特別な通信を受けとったことで、四神と若き彼の五名が、その通信を送ってきた星の位置を確認していたのだ。
通信の内容はこうだ。「このメッセージを受けとった方へ、どうかお力をお貸しください。われらの神の光が奪われました。わたくし達は、今、見知らぬ脅威にさらされています。決して破られることのないよう張られた結界が破られ、禍々しい波が入り込んできております。これが、奥の神殿、次なる神に立たれる方のもとへ届いてしまう前に、どうぞお力をお貸しください。われらの場は・・・・」
途切れ途切れの声は、美しい天女を思わせるが、あまりにも逼迫しているのか、語っている内容が、あちらこちらへと飛んでいる。ただ、伝えたいことは、どうやらどこかの大きな光持つ神の光が突如として奪われてしまったということと、見えない脅威によって、その星が破壊されていく様子を語っているように思われた。
その通信が終わると、突然、青く輝く美しいまあるい星が映し出された。
「なんて綺麗な星・・・」と、若い彼が声をあげたその瞬間、黒いマントを被ったような男が両手を広げ、その星を覆っていく姿があらわれた。
「な・・・」絶句した彼の目が大きく見開かれた。何か言いたげな彼の様子が気になりながら、私たちは、その通信の内容の真偽と解析を急いでいた。
数日後より、私は、定例の神事のために、神殿奥の水晶の間にこもりきりになった。
明けて奥より表に戻ってきた時には、若き彼らが、あの美しき青き星「地球」へと向かうことが決まっていた。
すべての説明を聞き終えた後、私は言った。「なぜ?こんな大事な話を、私の居ないところで決めてしまったの?納得がいきませぬ。なぜ、そのような見知らぬ地へと、われらが神までもご一緒されるのか。」

私たちは双子神であり、対となって存在している。性別はないが、日美の神は男神の要素が多少強く、日見の神は女神の要素が強い。
日美の神は、知られし宇宙の中で、最も美しく賢き神として知られ、光のネットワークの調整役としての役目を担っていた。日見神は、法と神理の源となるひかりを護る存在として、神事を旨としていた。役割は違うが、この星の二つ神として存在し、三国の柱となっている。永き年月の中に於いて、二つ神が分かれて過ごすことはほとんどないと言っていい。

「誰かが行かねばならぬでしょう?あの者たちは、まだ若い。まだ未踏の星に行き、帰って来られぬようになることもある。その時、われらの内の誰かがあちらにおらねば、道をつけることすらかなわぬ。それ程に、あの青き星は、この場より遠いのだ。」
美しい笛の音を思わせるような穏やかに優しい声で、日美の神は語った。
わかっている。わが星は二つ神がいる。一つ神が残っておれば、どうにかなる。そういうおつもりだろう。でも、首を縦に振りたくない。良い予感など何一つない。いや、この神が降りられることは、大きな光と導きをもたらすであろうから、あちらの星にとっては、大きなチャンスだ。なれど、私は納得がいかなかった。
「地球」という星がある辺りと、私たちの星では、時間の流れが違う。様々な分子の組成が違い、波動も違う。「悪」「闇」「魔」というもの達が蔓延るという地球と助けを求めてきた高天原という場は、あまりにも遠いのだから。

(一条の君)
「一条は、いついかなる時も、日美様のおそばを離れませんね。」
「日美様がご不在の折には、いつも日見さまの奥の間へお越しですよ。ずっと問答をされていらっしゃるご様子で。」
「一条は、とにかく学ぶことがお好きなのでしょう。ほら、今日も日見さまのお部屋においでです。」

日見の神は、神事の時以外、奥の間にて過ごされている。その奥の間には、長く続く渡り廊下を渡っていかねばならず、日見の神の許可がない者は通ることがかなわない。
無理矢理に入ったならば、特殊なセンサーのようなものに触れることとなり、そうなると、別の空間へと飛ばされてしまうことになる。
一条の君は、許可を取ることもなく、当たり前のように渡り廊下を渡っていく。
それを咎める者は、ここにはいなかった。
一条の君は、まだ年若く、時折見せる笑顔は、まだ幼ささえ残っているような青年だった。
誰よりも好奇心に溢れ、向学心いっぱいの若者は、特別研鑽のため、日美様付きで公事に携わるようになってまだ日が浅い。
彼らの年代の魂たちは、互いに学び合い、磨き合う3人のグループを組み、様々な課題を渡されていた。
一条の君には、紀の国の不動(ふどう)と、実の国の清(せい)実(じつ)の二名の仲間がいた。
とかく若者というものは、好奇心に溢れているものだ。また、そういう者ほど、自信過剰にもなりやすい。
「清実、不動、聞いてほしいことがある。これは、ここだけの秘密だが、先日、日美様のご公務に同行し、眺望の間にてみてきたものがあるのだ。
私はどうしても、あの時に見た青い星が忘れられない。まだ若く見える美しく煌めく青い星。その星に、大きな魔の手がかかっている。私はどうしてもあの魔から、あの星を護りたい。救いたいのだ。」一条は熱っぽく語った。
「なんて星だい?」いたずらっぽい目が輝く、不動である。
「よく知らない星だよ。かなり遠いのだ。その星の近くにある神の星よりSOSが届いたんだ。そのメッセージによると、青い星は地球と名付けられていたよ。」
「知らない星だね。一体、どんな星なんですか?それに、SOSって‥‥。何が起こっているんでしょうか?」丁寧な語り口は、清実である。三者三様、まるで質も性格も違う。
それでも、互いの違いを理解し、尊び合い、補助し合う関係性が出来上がっている。
「一緒に、行ってみないか?」一条は二人を誘った。「三人で一緒に・・・。次のグループ課題に、他星の神々のもとにて研鑽を積む話があっただろう。それにこの星を充てることはできないだろうか?」
「いいよ。」即答したのは不動である。
清実は言った。「地球という星を対象にしてよいのか、三神に伺ってみたのですか?そもそもSOSを出している星に、いきなりわれら三名が行って、何ができるのでしょうか?」
二人の答えはわかっていた気がする。
「わかった。三神に話をつけてくる。」そう言うと、一条は、急ぎ足で、日美の神のおられる正殿の間へと向かった。

「やはり来たか。」日美の神は、軽やかな仕草で、ここにお座りと一条を誘った(いざなった)。
「ゆっくりと、そなたの思いを聞いてしんぜるゆえに、そう逸らず(はやらず)に。」
何を語らずとも、日美の神はすべてを理解している。それでも、自らの口で語れと仰るのは、言葉にすることで考えを調え、気付きが生まれ、覚悟が生まれるからに他ならない。
一条は、ゆっくりと腰を下ろし、大きく深呼吸をしてから、背筋を伸ばし、まっすぐに日美の神を見た。あまりにも美しく、優しい微笑みを湛える神に、一瞬、言葉を失いかける。
日美様のおそばを離れることになる・・・その衝撃が一条の心に、初めての不安を投げかけた。
それでも、あの青い星は、「ここへきて」と、強い思いで、自分を呼んでいるように感じて仕方ないのだ。
一条は、もう一度、呼吸を調え、日美様のお顔をまっすぐに見つめなおし、一言一言、丁寧に言葉を紡いだ。

「あの星に、あの青い星、地球という星に、行きたいのです。」言葉を繋げようと思ったものの声が詰まって先が続かない。
「なにゆえに?」優しい口調はそのままに、けれど、端的すぎる質問に、一条は余計に言葉に詰まった。何をどう話せば伝わるものか、こんな思いをするのは初めてのことである。
当然、日美様は一条の気持ちなどすべてわかっている。何を伝えたいのかもわかっている。
そして、一条の方も、日美様がすべてお見通しであることを知っているはずである。けれど、こんなにも言葉を紡ぐことに緊張が伴うなどなかったことなので、自分自身に困惑しているかのようだった。再び、深呼吸をして、話しはじめる。
「あの黒いものを祓いたいのです。青き地球が、あの黒いものに覆われていく。それはあってはならないことだと、強く感じるのです。日美様、あれは一体、なんだったのでしょう?文献でしか知り得てはおりませんが、あれが闇というものなのでしょうか?禍々しいとは、ああいうもののことを言うのでしょうか?悪しきもの、禍々しきもの、魔というものは、あのようなものを言うのでしょうか?あれは一体、なんのために、地球という星を覆うように黒いマントを広げていたのでしょう?私は、知りたいのです。そして、あの闇を祓いたい。祓いたいのです。」思いの丈がはじけた。自分で語った言葉に驚いた様子で、一条は茫然としていた。
ふっ…と、日美の神の口元がほころぶ。一条はそのお姿を目にして、我にかえった。
「やはり、そういうと思っておったのだ。正義感と好奇心の塊のようなそなたが、あれを見て知らぬふりは出来ぬだろう…と。」しばしの静寂の後、日美の神は一条に問うた。
「それで、そなたがあちらに乗り込んだとして、一人でなにができようぞ?」
「皆とともに参りたく存じます。」
「皆…とは?」
「わが友の二名と。」
「三名で乗り込むと?それで勝算があるのか?」
「うっ…。え、いえ。えと・・・」
日美の神は立ち上がり、やわらかな光の入る窓辺に立ち、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「一条、そなたにしては、考えが浅はかだな。もっと冷静に物事を見つめ、何をどのようにすべきかの算段が必要な案件じゃ。なにぶん、地球という星のことを、われらはさほど理解しておらぬ。地球へ向かう直接のルートも今はない。あの黒いものの正体もわからぬし、そもそも、そなたら三名が行ったところで、何もできぬどころか、還って来られぬようになるやもしれぬ。気持ちはわかるが、逸りすぎておるのではないか?」
一条は、珍しく唇をかみしめた。
「その通りでございました。ただ…ただ、日美様、ここにこうしているうちに、あの美しき青き星は、どんどん、どんどんあの黒いものに浸食されてはいかぬのでしょうか?
私は…私は居ても立っても居られない気持ちにございます。なにか、なにかできることはないのでしょうか?」
日美の神は、一条に背を向け、窓辺に射し込む光を見つめながら、小さな声で「わかっておる。」とだけ答えた。

不動と清実は、一条が戻ってくるのを、緑豊けき丘の上で静かに待ち続けていた。
「一条殿のあのようなお姿は、初めて見ますね。」清実が口をついた。
「うむ。なにを見たのであろうな。あの一条が、あんなにも心動かされるとは、妙なこともあるものだ。それほどまでの衝撃的な出来事が、広き宇宙には散らばっているということか?」
「それほどのことであれば、神々が簡単にはお許しになることはないように思いますね。」
「清実は行きたくないのか?」不動が驚いたように尋ねた。
「私は、今は、実の神様のおそばにて、学ぶべきことがたくさんありますから。実の神様の教えを一つ一つ学び積み上げて、宇宙の法の真髄を感じとうございます。」
「そうか。清実は、賢者の道を歩む者だものな。私は、野山を駆け巡り、大自然と一つとなりて、この身の内に移りゆくそのものを感じたい。それがどこでもよいのだ。見知らぬ土地であれ、そこに野山があり、自然があるならば、そこの自然と戯る。そこに真理があるように感じるのだ。」不動は目をキラキラさせながら語った。
「なるほどですね。不動殿は、その見知らぬ地球という星に、どのような自然が宿っているのかを、自分の身で感じとりたいのですね。」
「単なる好奇心というやつか!?わたしも一条とさほど変わらぬのかな。」不動は笑いながら答えた。
清実は、ふと物思いにふけったような表情となって告げた。
「でも、なんでしょう…一条殿に、不動殿のような明るさはなかったように思うのですが。好奇心というよりも、なんというのでしょうか…切羽詰まったような。どこか苦し気に見えたのですが、気のせいでしょうか?」
「ふむ。たしかにな。しかしまあ、賢き彼のことゆえ、そこまで思い込んでもおらぬと思うが・・・。」

しかし、一条は思い込んでいたのである。自分でもわけがわからぬ程に、思いが青き星に捉われ離れない。この三国の中にあって、そのような思いに駆られることなど、他の者にはあり得ないことだろう。一条自身もそう思う。
逸りたって、日美の神の前に歩み出たものの、考えてみれば当たり前の如く追い返されてような結果になってしまった。
「当たり前じゃないか。」一条は、待たせている二人のところに戻れずにいた。
「何を血迷ったことを考えているのだ、私は。」そう独り言ちると、自分の膝を叩いた。
「けれど、あの星に行かねばならない。そんな気がして仕方がないのだ。誰が私を呼んでいるのだ?これは錯覚なのか?いや、そんなはずはない。誰かが私を呼んでいるんだ。
あの遠い星で?知らない星にいる誰かが?まさか!」自問自答の時が過ぎていく。
「まさか、あの黒いマントの男が私を呼んでいるのだったら?・・・そんなことがあるだろうか。わからない。けれど知りたいのだ。そして、青い星を救いたい。あの星に住まう神々を私は救いたいのだ。どうしたらいい?私に何ができるのだ?」

日美の神の部屋を出てから、どれくらいの時が経ったのだろう。この星の時の流れは曖昧で、空といわれる上空の色合いは、優しい光を帯びて、ふんわりを色を変えていく。
常に、まばゆい白い光を纏うこの星は、どこにいても美しい香りが漂い、自然の奏でる音すらも美しい音楽の響きのように聞えてくる。

「あ!しまった!」一条は、二人を待たせていたことに、ようやく気付いた。
一体、どれくらいの時が過ぎていたのかはわからないが、地球上の時間でいえば、2時間はゆうに超えていたであろう。
さすがにもう居ないだろうと思いながら、二人と会っていた丘へと向かう。空間に歪みが生まれやすいため、星の中での瞬間移動は禁じられているため、飛行の術を使う。
まさかと思ったが、二人は一条の戻りをずっと待ってくれていた。
二人の姿が目に入ったとき、一条の目からは知らず知らずのうちに涙がこぼれていた。
「すまない。私としたことが。」
清実はにっこりと、不動は大仰に笑ってくれた。

事の次第を話したところで、まあそんなところだろうと思っていた二人は、驚く様子も落胆する様子も見せず、それよりも、なにがそんなにもそなたの心を激しく揺れすのか、それが知りたいと伝えてきた。
一条は、自分にもわからない…としか答えることができなかった。
「あれを、見てくれたらわかると思うのだ。きっと、二人にも‥」そう呟いただけで、あとは静かな時間が流れていった。

(紀の星にて)
不動は不思議でならなかった。もともと、そんなに物事を深く考えるタイプではない。思ったら、即行動する。それが、周りを巻き込む問題に発展したとしても、自分の信念を曲げないところがある。それでも、この世界では、それを問題視するような者もなく、たとえ誰かの行動によって、自分に何らかの問題が降りかかってきても、それはとても大切な学びの機会とありがたく受けとめられる精神が宿っている。光の世界といえど、ひたすらにぬくぬくと、ただ歌ったり踊ったり、自由に好きなことをしているわけではない。光の世界であっても様々な出来事は生まれるし、問題も起こる。ただ、地球と違うのは、問題を、問題を捉えぬこと。常に、語り合い、学び合い、互いを理解し合い、感謝が生まれる。違いがあっても、争いにはならず、その違いを、自分にはなかったものと、初めて触れる知見に感動を憶え、素晴らしいと讃えるのだ。
そこには、絶対的な信頼と赦しがある。そのおおもとには、誰一人漏らすことなく、愛と慈しみを注ぎ続けている祖神がいるという安心感があるのだ。
不動の祖神は、日美の神と日見の神の兄弟神、紀日の神である。きい様と呼ばれ、若き者たちの人気者である。日美の神が聡明で美しく、遠くにいる大スターを羨望のまなざしでみよう存在ならば、紀日の神は、みなと円陣を組んで語り合い、ともに野山を駆け巡り、ともに汗を流す、大先輩、コーチのような存在である。
不動は、思い立ち、紀の神のもとへやってきた。
「きい様。最近、一条の様子が変なのです。今まで、このようなことはありませんでした。この前、四神とともに、どこかの星から送られてきたというメッセージを聞いて戻ってきて以降からずっと。地球という星に行きたいと、われらも一緒に行ってくれぬかと誘ってくれました。もちろん、一条がそう言うのなら、私はともに行ってみたいと思いますが、当然、お許しが出ないとのことで、一条はずっと塞ぎ込んでいるように見ゆるのです。一条自身も、わけがわからぬと申しておりました。一体、彼に何が起こっているのでしょう?地球という星は、一体どのような星なのでしょう?きい様は、ご覧になっていらっしゃるので、お話を伺いたいのです。」
紀の神は、いきなり自らの口元に手を持っていき、口角をあげて微笑みながら、不動に話し始めた。「不動よ。にっこりにっこりじゃ。」
はたと、不動は自分に力が入っていたことに気付く。
「そうじゃ、そうじゃ。要らぬ力を抜いてな。そうしてゆ~っくりと息を吐いて、自身の奥の智慧を呼び覚ますんじゃよ。」
「はい」と一言だけ返事をして、不動は自身の内に意識を向ける。
「よいか、不動よ。地球という星に関しては、われらも今、調査中じゃ。地球は惑星としての位置づけで、恒星の太陽と衛星の月というものがあり、その三つの存在によって生命の基本が成りたっておる。三という数が基本となるところは、われらが星と同じくであるが、その仕組みはまるで違う。今の段階でわかっておることは、あちらの時間軸とこちらでは相当な差があるということ。気の流れが不安定でな、地球に存在する人という、われらとよく似た者たちだが、それらにも大きな影響を与えておるということ。また、どうやら、様々な星からの魂たちが集える場になっておって、光を湛える者も多いが、闇を大きく持つ者も多い。光の者たちがずっと光のままでいられるかというとそうでもなく、また、闇からの存在がずっと暗きものを発しているかというとそうでもない。魂の修行場としての位置付けが大きいように思うが、なんと流刑地として使っておる星もあるようなのだ。ということは、相当に、様々な価値観が発生しておる星だろう。実に、面白き場じゃな。受容の星ともいうべきかのう。」

不動は目をまんまるくした。「そんな星が、この宇宙にはあるのですか!別の魂にとっては流刑地であるのに、別の魂には修行の場であると?それらの存在は、交じり合うことなく、まったく触れ合うことなく別の場に存在しているということですよね?」
「それがのう、違うようなのじゃ。みなが入り交じり、暮らしを営んでおるそうな。
こちらとは違う組成にて存在できる場とのことで、肉体というものを持たねなならぬらしい。」
「肉体?なんですか、それは?」
「なんと言うたらいいのだろうのう。姿形は似ておるのだけれどのう、変化もできぬし、短い生をしか生きられぬ。魂の容れ物となるものだが、そこには魂とは別の感情が生まれついておるそうな。わしも生まれてないのでな、ようわからんが。」
「すみません。まるでわかりませんでした。。。」
「はっはっは。そりゃあそうじゃ。わしとてもわからんのだから。しかし、これは事実じゃよ。日美の神が、あの方の多大なるネットワークを通して、手にいれた情報じゃけ。
しかしのう、われらが星からは地球へはいかれなんだ。その道が作られてないのでな。」
「はあ・・・。そんなところへ・・・。」
「しかし、一条は諦めがつかぬのであろうのう。まあ、わかっておらなかったことでもないがの。」
「それにしても、諦めがつかぬというのは一条らしくもないと思うのですが…。なにがそんなにも彼を逸り立てることがあるのでしょう?」
「あれも若いからのう。送られてきた映像に宿る地球の気に触れて、少し気あたりでも起こしたのかもしれないな。まあ、少し待て。今、日美の神と実の神が動いておられるから。近いうちに何か事が運ぶやもしれんからの。その時まで、さらに自らを磨き調えてあれ。よいか、そなたこそ、気持ちが逸り、動かずにはいられんようになる気質が強い。動きすぎるゆえに、動かざるの不動の気を名に持たせたのじゃ。時には、俯瞰して物事をしっかりと見つめる訓練をしておきなさい。」

(感情の星~地球~)

三国の一日は長い。というか一日という概念がないので、時間の感覚は地球とは違う。
一条が、日美の神のもとへと急いだ日から数日しか経っておらぬようにも思えるし、もう数十年、数百年の時が経っているようにも感じられる。

その間、日美の神と実の神は、広大なネットワークを駆使して、遠く青き星地球の詳細な情報を収集し、解析していた。まるで縁のない星と思っていた地球であったかが、旧き昔々に、祖神がまだ若かりし時代、地球に住まう大きな神へと智慧の宝珠を渡していたことがわかった。
「地球にも、われらの祖神の光の種は残っているということですね。であれば、この星に人として誕生したとして、なんらかの手立てがあるやもしれませんね。」実の神が静かに語る。
「それであっても難題であることには変わりなさそうだが…。高天原のアマテラス殿との通信は途絶えたままですか?」
「はい。これでは送られてきた通信の内容の真偽が問えませんが、少なくとも、語っている内容に嘘はないであろうとのことを、オオモノヌシノ神より賜ってございます。
一度、こちらに来てみてはいかがか…との申し伝えもございました。」
「さようか。祖神サクマナの神の旧き友であられる方ゆえ、こちらより丁重にご挨拶申し上げるのが筋であろうな。まいるか。」
そのように話すと、二神はその場からすっと姿を消した。見たことのないたくさんのコンピューターのようなものが立ち並んでいたはずの部屋も一瞬で消滅し、そこは、星々が煌めく宇宙空間のような場に変わっていた。

一条の心は揺れていた。自分でも到底、理解できない。なにがこんなにも苦しく、悲しいのか。そもそも、この星にいて、苦しみや悲しみなど感じることはあり得ない。
「私は一体どうしてしまったのだ。あの星は、私にとって一体なんだというのだ。知りたい。行って感じてみたい。そして、どうしてもあの黒いものを祓いたい。しかし、私に何ができる?」自問自答を繰り返し、すっかり自分の世界にはまっていた。ふと、顔を上げると、紀の神が目の前に立っていた。
「のう、一条よ。少し、わしと話をせぬか。」
一条は驚いた様子で、「はい」」とのみ答えた。
「そなた、地球に行きたいと思いが募っておるようじゃが、地球に行って、何を為したいのだ?」
「私は、地球を覆っているあの黒い闇を祓いたいのです。そして、どうしても知りたい。なぜ、こんなにも自分の心があの星に捉われてしまったのか。行って感じてみたいのです。間違っているのでしょうか?」
「何も、間違いなどはありゃせんよ。すべて思いが生まれるには道理がある。そこに、正否があるわけではないのさ。問題があるとするならば、われらが星は、どこの星に対しても干渉せぬという慣わしがあることくらいかの。所詮、慣わしゆえに、そうと決まれば変えるだけじゃがな。ただな、自我の思いに捉われとるなら、それはいかん。今、そなたが感じとるものは、己のものと違う。自らの意思で律すること、調うることができぬようになるもの、それをのう『感情』というのだ。あんたさんは、この前見た、地球からのメッセージに乗っかった波動を受けて、地球の人々の持つ感情というものの大波に呑まれとるんじゃよ。この感情から離れぬばならぬ。では、どのようにこの感情とやらを切り離せるのか、そもそも、なんのためにあの星に参るのか、参らねばならぬのか、われらを説得する智慧を自らの中より手繰り寄せてまいれ。さすれば、そなたの話を聴いてしんぜるゆえにのう。」それだけ語ったと思うと、全身に笑みを湛え、紀の神はすっと姿を消した。

「感情・・・」なんだそれはと思いつつ、今の自分の心の揺れをじっくりと覗いてみる。
今まで知らなかった思いに翻弄されながらも、一条は、神々を説得する智慧を探し始めていた。

(青(せい)河(が)竜王(りゅうおう)との再会)
日美の神と実の神は、オオモノヌシノ神との接見を終え、帰路につくところだった。
「なるほど、今の高天原は、かなり大変な痛手を受けたということにございますね。
そして、目に見えぬ攻撃によって壊された結界を張り巡らすのに、相当な時間がかかるということで、その間、次の御代に立つアマテラス様を別の場に・・・」言い終える前に、
日美の神が実の神の言葉を遮った。気配がある。隠しても隠し切れぬ大きな気配である。
「どなた様かお越しでしょうか?」静かに声を掛けると、天空を切り裂いたかのように、大きな青い龍が顕われた。龍は、かなりのスピードで、日美の神の前に降り立ったかと思うと、人の形へと変化した。
「久しいのう。日美の神。」
「やはり、そなた様でしたか。青河龍王」
「聞いたぞ。今回のこと。高天原と地球に禍事が降りかかっていると。しかし、そなたらの出番ではなさそうに思うのだが、なにゆえ、ヌシ様のところへ?」
「わが星の若者が、地球からのメッセージに塗りこまれていた禍事の刻印に触れたようなのです。」ほら、この通り。日美の神は、その時の映像を取り出したかのように、青河龍王の目の前に展開して見せた。
「なるほど。これは厄介な。」
「随分と手の込んだメッセージでしたよ。単なる音声データのようなもので、厳重なセキュリティーにもかかることなく拾えたようなのですがね。高天原と違って、こちらの情報は、一切、流れることはありませんし、このようなものを拾ったからといって、われらが星はなにも影響を受けることはありませぬが・・・。」
「が、まさかの若者が摑まってしまったというわけか。で、おぬしはどうするおつもりなのだ?」
ふふ…と、静かな笑みをこぼし日美の神は答えた。
「行かぬばならなくなるでしょうね。そう、その時には、オオモノヌシノさまのお達しで、そなた様の場に間借りをさせてもらわねばならぬ時間があるやもしれませぬ。
その際には、よしなにお願い申し上げます。」しなやかに、丁寧に頭を下げる日美の神の姿を見て、青河龍王はこぼした。「そなたが女神であったならのう・・・。この美しさには、誰も敵わぬわ!わかった引き受けよう。そなたらの星のどなたがここを通過することとなっても、快くお迎えしんぜよう。」
「ご快諾に感謝いたします。加えて、申し訳ありませぬが、高天原のこと、地球のこと、なにか新しき情報などございますればお知らせください。」
「承知いたした。まずは、われらが精鋭情報部隊に調査させましょう。」

こうして、日美の神、実の神は、オオモノヌシノの神と青河龍王の手を借りて、地球へ向けて出立することになるであろう未来への足掛かりを掴んだのである。

一方、紀の神と語った後の一条は、ひたすらに己の真に問い続けていた。
次々と湧いてのぼる感情という魔物を手放し、ひたすらに己の智慧のみに合わせていく。
何も考えない、何も思わない、ただ、そこに在ることにのみ在る。そうしていくうちに、
日見の神へと日参していた自身の姿が浮かんできた。ただ、知らぬを知ることが喜びであったことを。

(地球へ)
自星に戻ってからの日美の神の動きは速かった。もともとすべての動きに無駄はないが、この時期の日美の神の動きは目に見張るものがあった。
一条を地球に送るために必要なことをすべて取り揃え、自らが地球に向かった場合の算段をつけた。今、対となる日見の神は神事のため、奥の神殿に籠ったままである。日見の神が奥の間より公の場に戻ってきた時、この状況を知ってどのように思い、どのような態度をとるか、日美の神には手に取るようにわかる。逆の立場なら、当然、彼女を止めるであろう。
常に、二神で立ちてきた星である。ここに一つ神を残し、遠き星に行くことになんの感傷もわかぬわけがない。
「われらは痛みというものを感じたことも、悲しみを感じたこともないからな・・・。
闇というものがあり、その闇がどうして生まれたものか、地球に行けばわかるであろう。
すべて、自らを通してしか、真を知ることはできぬ。それを日見月に理解できるものであるか・・・。一番の難儀は、日見月ということになるであろうな。」独り言ちながら、日美の神は、次の間へと急いだ。日見の神が戻ってくる前に、すべての準備を整えておかねばならぬ。私がいなくとも、この星が廻っていられるように。
「私の代わりを務めることのでき、日見月を支えることのできる者を、二、三、選りすぐっておかねばならぬな。春(しゅん)蕾(らい)、晃(こう)実(じつ)の二名か。賢者の星より源(げん)水(すい)様にもお越しいただこう。」
そうして、日見の神が神事を終えて戻る前にすべての準備が整えられた。

(三神の会合)
「そこまでしても行かねばならぬと、日美の神が考えておられるなら、わしに異存はありゃせんよ。しかし、この一件は、そう簡単に解決できる話ではなかろう。永の別れになるやもしれぬのではないか。アルティランスの神代の時代から、地球暦で1万数千年経つという。かの時代の地球とはかなりかけ離れ、文明も人間も退化の歴史を辿っておるとのこと。今はまだ、われらは人としてしか、かの星に行くしか手立てがない。ということは、闇も抱えりゃ、蛆も湧くということさ。日美の神がわざわざ行く必要のある星とは到底思えぬが、まあ、何を言うてもせんないことよの。そなた様がお決めになられたのなら。」紀の神は、快諾とは言えない面持ちで、承知した。

「今回の件は、高天原と地球という場の話だけにとどまりませぬ。たまたま漏れ出てきたのが、この二つの場というだけでしょう。高天原の結界を破ったということは、かなり広大な場に次元の歪みが生まれておるはず。たぶん、ここだけでは済むまいぞ。かの地へ行って確かめてまいらねば、正しくはわからぬはず。今の地球にどれだけの神が関わり、
どこからの星の魂を受け容れておるのか、それもまた、あちらに行かねばわかりません。
一条たち若者だけで、それらを調査することは、到底、無理な話です。しかし、彼のあの募る思いを無碍にしてはならないように思うのですよ。私が共に行けば、すべてまるく納まるでしょう。」日美の神は相変わらず、美しい笑みを湛えて、静かに語った。

紀の神は、苦虫をつぶしたような表情で言った。「まるくなど納まらぬよ。日見月がどのように思われるか。あれの嘆きを思うと、すでにいたたまれなくなるわ。しかし、まあ、どうにかせんわけにはいかぬ。まさか、このようなことが起こるとは、夢にも思わんかったが、これもまた、この宇宙の大きな流れの一つであろう。」

「さて、では、日美さまがおられぬ間、日見月が政に関わらねばなるまいが、まさか、あの奥の状態で表に立つわけにはまいりませんでしょう?」
「さようさよう。あれがあのまま表に立たば、それこそが大きな問題を生んでしまうであろう。日美の神が男神であるならば、あれは女神だからの。」

日美の神は、涼やかに笑いながら、「わかっております。たしかに日見月は女神の要素が強いが、われらはもともと性別は持たぬ者。気質を変化させて表に立つよう進言しておきます。それでも、定期的な神事を空けるわけにはまいりませぬから、春蕾と晃実に私の後を任せてまいります。そして源水様にお越しいただく算段も整いました。
日見月の拠り所としてのお役も兼ねてもらわねばなりませんから、彼女が安心して頼ることのできる存在をと考えての人選です。」
「さすが手際のよいことじゃな。たしかにこの三方であれば、安心も安心。特に、源水様がおられるならば、日美の神も大船に乗った心持ちで出立できるであろう。」

「それでも、私がおらぬことに変わりはありませんので、どうぞお二方には、日見月の支えになって差し上げてください。」

「承知つかまつりました、日美さま。三国といっても、われらは一つの星と言っても過言ではありません。この地の平和を保ちながら、遠く地球へと向かう方々の任務が滞りなく遂行できるよう、こちらからもお力添えしてまいります。」実の神は、日美の神に強く誓いをたてた。

(決心)
一条が、日美の神に呼び出されたのは、それから数刻経った夕景の空の時であった。
「さて、一条よ。地球に向かう前に、われらは一度、オオモノヌシノの神の地場に入り、地球に入る時期を図らねばならぬ。」
鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている一条を横目に話を続ける。
「その間、青河龍王の領域に、腰を据えることになるゆえ、そなたも心しておくように。それで、そなたの他に、地球に参りたいと申す者はいるのですか?」
「え、いえ、まだ。あ、不動殿は共にと申してくださいました。」
「そなたがあれほどに強く進言したことです。あなたが先導して募わねばね。」
「は、はい。あの、日美様。地球へ向かうことをお許しいただけるのですか?」
日美の神は静かな笑みを湛えながら「何が起こるか、私とてわかりませんよ。それでも、そなたが行きたいと申すなら…の話です。」
「行きます!地球へ。かの星へ参り、必ず、あの黒きものを祓います。もとの青く清らかな星へと戻れるように。」
「そのために、何が必要であるか、そなたはわかっておりますか?」
「まだ断言はできません。けれど、あれが何者であるのか、なんのために地球に触手を広げているのか、高天原からのメッセージと見せられたビジョンの関連を調べねばなりません。私はまだ、地球のことは何一つ知らない。ですので、今から、出来得る限りの情報を集めます。そして、一つ一つ検証し、それらが事実であるならば、一つ一つ対処法を編み出していきたいと思います。日美様方は、すでにお調べになっていらっしゃるのでしょう。私が行きたいと申したならば、それらはすべて私がやらねばならぬことでした。感情というものに呑まれてしまった一条があさはかでした。お許しください。即刻、動きます。」
「そうですね。そうなさい。この旅は、相当に長くなるでしょうから、諸々、配慮も忘れずに。」

それからの一条の動きは速かった。元来、賢さと行動力は長けている。自身の持ちうるネットワークを駆使し、地球と高天原の詳細で情報を集積、データ化したものを基にして、地球星への調査探索隊の仲間を募った。
一条(いちじょう)の他、不動(ふどう)、照(しょう)染(せん)、応凌(おうりょう)…計7名が名乗りをあげた。まだ若き魂人たちである。
彼らだけを地球に向かわせるわけにはいかないので、日美の神の同行が決まっているが、さすがに神の名を持つ方を送り出すのに、お付きの者がおらぬわけにはいかぬと、周りの者たちが騒ぎ立て、賢者の星の源水の妹背となられた媛をはじめ、数名を配し総勢18名のチームが出来上がった。

一条は、この課題を終えたら、双子のように育ってきた慈明と、新たな場に赴き、その星を司る役を仰せつかっている。
神とは、そもそも、何もないところから新たに生み出すことのできるエネルギーを持つ者である。0からすべてを創りだす作用を持つと言い換えるとわかりやすいだろうか。
神の質を持つ者は、初めから神として生み出される。それは単なる役割である。
神と言っても、様々な質があり、同系統の新しい魂という「子」を生み出す存在もあれば、地球上でいうところの動物のような存在を生み出す神、植物を生み出す神など、さまざまである。また、神々の世界は常に美しい音やかぐわしい香りで満たされているが、それも、その星の神によって創り出されている光である。
「子」生みに関しては、二つ神で子の魂を創り出す場合と、一つ神で子を創り出す場合とでは創り方が違う。また、神として生み出されても、すぐに神になるわけでもなく、稚児から青年期を経て、時期が来て、統べる星が用意されると、新たな星に向かい、神として立つのである。ところによれば、同じ星にて、神の代替わりが行われるところもあるという。
三国に近いあたりでは、永く長い時を経て旧き星が消滅する頃になると、新しい星が誕生し、そこに新たな神を立てることになっている。
次は、一条と慈明がその任に就くことになる予定だが、もちろん、本人の意思が尊重されるため、無理強いされることは一切ない。

魂の世界というものは、神という存在が誰にとっても近しく、慕わしい存在である。
神の姿を目にすれば、それだけで心が弾む。自身のすべてが清らかになり、力がみなぎり、どのようなことでもできる気がする。自身を生み出し、力を与え続けてくれる神のために、神の意志とともに、われも在りたいと思うのが普通である。
また、誰しも、自身の祖神への尊敬と感謝の念が当たり前に強くあり、自らの神こそが一番素晴らしいと思っている。そうは言っても、比較をする心があるわけではないので、そこに対立や分断は起こり得ない。たとえ、別の星同士の者たちが、それぞれの神自慢をしたとして、互いに「そうなのか~」と思うだけである。「とは言っても、私にとっては、わが神が一番」と、それぞれが思うにとどまるので、常に会話も平和的である。
互いの価値観を侵害しない。相手の思いや考えを尊重する。けれど、自身の思いも大切にする。それが当然の世界である。

話を戻すと、一条はこの課題を終えた後、慈明とともに、新たな星に行くことを望んでいたし、彼にとって、彼女の存在は、日美の神、日見の神に抱く思いとはまったく別の、特別な愛に満ちていた。愛しい、可愛い、すべてをかけて守りたい存在である。彼にとって、慈明は太陽の光そのものだった。
地球に行くことを決めた彼は、慈明のもとへ行き、事のすべてを話し、必ず戻ってくるから、帰ってきたらともに新たな星に行ってほしいと、自身の思いを告げた。
双子のように育ってきた彼らであるから、慈明の返事はすぐにOKかと思いきや、
「お戻りになるまでに答えを出しておきます。ですから、必ず、帰ってきてくださいね。」とのみ告げたのだ。思ったような返事がこなかったことを、少し残念に思ったが、
まだ若い彼女の心を思うと、そのような返事がくることも致し方ないと思う。
「慈明は、月さま(日見の神)のお傍付になったばかりだし、彼女は月さまのことをとても慕っておるゆえ、すぐに返答できないのは当然のことだ。それよりも私は、地球に行き、やるべきことをやって、必ず、慈明の元に戻ってくることだ。」そう自身に言い聞かせると、地球へ向かう準備のため、足早に自身の宮に戻っていった。

(神事明け)
日見の神の神事が明ける。この神事が明けると、三国の場は、いつにも増して、清浄な気に満ち満ちて、光輝く。
常に、花や緑は栄えているが、この神事が明けると、花々も木々の緑は一斉に色を変え、その年回りの色と光に包まれる。
「日見の神さまお戻りです。」奥の間にその声が響くと、静まりかえっていた奥の間は、神々しき神を迎える準備に心ときめかせる女御たちの華々しさでむせかえるようである。
しかし、この年は、少し違っていた。奥の間には、日美の神がすでに戻りを待っていたからだ。
日見の神は、奥の間の自室に入り驚いた。「日美さま。どうなされました?珍しきことがございますこと。」これだけ言って、日見の神の表情は、一気にこわばった。
何を伝えずとも、すべてが手に取るようにわかる。他の誰よりも、その心の内の機微
を分かり合えてしまう。けれど、どうしても言わずにはいられなかった。
「なぜ?こんな大事な話を、私の居ないところで決めてしまったの?納得がいきませぬ。
なぜ、そのような見知らぬ地へと、われらが神までもご一緒されるのか。」
言葉にせずとも伝わっている、そんなことはわかっているのに・・・。
納得できぬと言ったところで、状況が変わるわけでなし、ここは自分が受けとめるしかない。そんな日見の神の思いも、すべて日美の神には伝わっている。
日美の神は、「ここが一番難儀なところ」と語った紀の神のその言葉を思い浮かべながら、自身の思いを見つめていた。二つで一つということは、片方がいなくなれば、半身を奪われたかのような身の置き所のない感覚に陥るのだ。もちろん、神の身であれば、身悶えするほどの感情に流されることはない。それでも、神であったとして、悲しみは生まれるし、寂しさも募る。神や魂に感情がないのではない。その感情に呑まれたり、負の思いに捉われ、流されてしまうことがないだけだ。その感情はすべて自らの中で処理をする。
すべてを光のもと神理のもとに照らし、愛と慈しみへと変えていく、それが高次の神の本能である。裏切りや憎しみがこの地球にあるように、実は、宇宙の中にあっても、このようなことは起こっている。そこに捉われるか、赦しへと向かえるか、それだけの違いである。ようは、なにがあっても、そこに光を見出し、神理・法という光の源へと繋げていくことができるかどうかだ。神にもそれぞれ質がある。その役割があるように、それぞれの個性がある。日見の神の質は、絶対的な赦しと祈りである。それこそが、奥にあって神事を司る者の役目となるに必要な役質である。この赦しこそ、『神という初めの光』が誕生してより、脈々と受け継がれている、唯一絶対の感覚であり、光の源なるエネルギーである。
日見の神が、こちらに残っておらねばならぬ。日美の神はそう思っていた。
たぶん、地球に人として誕生するとなれば、こちらの世界では思ってもみない出来事に遭遇する。もしやすると、地球に向かう一行の中の誰かが、闇に囚われてしまうかもしれぬ。思わしくないことが起こるだろう。そのようなことが起こったとしても、何があっても赦しの中にあり、救い続ける手を差し伸べ続けるのは、奥に繋がる日見の神をおいて他にはおらぬ。万が一にも私が戻れぬことがあっても、その赦しの光、光の源なる力さえあれば、どうにでもなる。日美の神のその思いは、また、すぐに日見の神に届けられる。
納得をしないわけにはいかない。日見の神は深く長い息をつき、日美の神にまっすぐ向き直った。「承知つかまつりました。では、日美さまのご算段をお聞かせくださいまし。」
「ありがとう、日見月。そなたに重責をかけることとなる。なれど、そなたにのみ、背負うていただくわけではない。長い神事のあと、暇もあたえず、このような話を告げにまいったこと申し訳なかった。だが、刻限が近づいておるため、急ぎでやらねばならぬことがある。それと、そなたと春蕾にのみ話しておかねばならぬことがある。お疲れのところ申し訳ないが、仕度を調え、正殿の日継の間へ参ってほしい。」それを伝えると、日美の神はすっと姿を消し、日見の神だけが残った。

正殿とは、政を行うための場であり、公の場として、星の内外より、様々な存在が行き交う場でもある。公の場に上る際、日見の神は、奥にいる時の姿とはまるで別の様相となる。この姿になると、日美の神と日見の神の区別がほとんどつかない。少し、日見の神の方が小さく華奢に見えるくらいだ。日見の神の髪色は、輝くようなプラチナの色に変化しており、長い髪は上の方でぎゅっとしばれている。奥の間で着ているやわらかな薄絹の薄桃色だのの美しく気品あふれるものとはまるで違う、動きやすい薄い黄緑色の袴のようなものを履いている。纏う気も、顔つきもまるで別人である。
日継の間には、先に、日美の神と春蕾の神が待っていた。春蕾の神もまた美しく聡明で名の通った神であり、日美の神と比べると、背の高さが際立って大きく見える。すべて白色を纏う春蕾の神は髪の色も純白で、常に、日美の神の隣に座っている純白の猫様の伽羅神と揃うと、圧巻の様を呈する。
「お待たせいたしました。」と告げ、日継の間に入ると、にこやかに春蕾の神が招きいれてくれた。「お久しぶりです。日見の神。ご神事明け早々に、お目にかかれますること、光栄にございます。お疲れではございませんか?」
「春蕾の神、ありがとうございます。私は大丈夫。此度のことで、春蕾光明にお力添えを賜るとのこと、感謝申し上げます。」
「さて、本題に入りたいのだが、私は、春蕾と日見のお二方に、どうしてもやっていただかねばならぬことがあり、こうしてお呼びつけした次第です。」
今、地球という星に起こっていること。高天原に起こっていること。それは表面に浮かんでいる問題にすぎません。たぶん、この件は相当、厄介な話になっておるはず。われらが準備を調えている間に、青河龍王が地球に降り立ちて、調査をなさっておいでです。
また、オオモノヌシノの神の話では、時空の歪みと次元の歪みが、その界隈で広がっているとのこと。地球上におられる神々で直接にコンタクトのとれる神が少なくなっており、その原因がよくわからぬとのこと。また、地球神の大神のお一方である富士の大神の波動が見えぬようになっているとのこと。この時空の歪み、次元の歪みについては、どこにどう起きるかわからず、万が一にも、われらが通るべき道が途絶えることもあるやもしれぬとのこと。あちらに行かねば、詳細がわからぬゆえ、こちらには常にあちらの情報を伝えるようにいたしますので、秘儀の間の奥にあるネットワークシステムを、常に注視しておくようお願いいたます。この星の政については、源水の神にお任せし、その補佐を晃実に依頼してあります。なれど、全権は日見の神、そなたにありますので、決め事に関しては、よくよく話し合って、決めてください。」
「承知つかまつりました。基本的に、ここの星は存在する当初より、すべて源水様が調えてくださったものですから、源水さまにお任せするのに異存はございません。また、晃実様がお手伝いくださるなら百人力でしょう。私は、日美さまのご意志に沿って、春蕾様とともに、事を遂行できるよう心しておきます。」
「日美さまのご推察が間違っておらぬなら…いえ、間違っているわけはございますまい。そうなると、かなり問題は広範囲に渡っているのでしょうし、複雑に絡んでいるように感じられます。私は地球も人も知りません。今は、様々なネットワークより、数多くの情報が入ってまいりますが、真偽の程がわかりませぬ。日美様からの情報をお待ち申し上げ、何事も日見月様とお力を合わせて、事を進めてまいりますので、こちらのことはご案じなく。」最初の一手を打つ準備が、三名の神により進められた。

つづく https://note.com/nekokichi22/n/ndabbf96b1159

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